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「河井前法相夫妻逮捕 背景と影響は」(時論公論)

清永 聡  解説委員
梶原 崇幹  解説委員

河井案里参議院議員の陣営による選挙違反事件で、東京地検特捜部は18日、夫の河井克行前法務大臣と、案里議員を逮捕しました。選挙違反事件で前の法務大臣が逮捕されるという前例のない事態です。事件の背景と影響について考えます。

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【容疑と受け止め】
(清永)
逮捕されたのはいずれも自民党を離党した▽前の法務大臣の河井克行容疑者(57)と、▽妻で参議院議員の河井案里容疑者(46)です。
東京地検特捜部などの調べによりますと、河井前大臣は去年7月の参議院選挙をめぐり、票の取りまとめを依頼した報酬として、91人に合わせておよそ2400万円を配ったとして公職選挙法違反の買収の疑いがもたれています。
また、案里議員も河井前大臣と共謀し、5人に対して170万円を配った疑いが持たれています。
関係者によりますと、夫妻は違法な行為はしていないなどとして、議員辞職はしない意向を示しているということです。

Q:梶原さん、国会では2人の逮捕はどのように受け止められているでしょうか。

(梶原)
安倍総理大臣は、18日夕方の記者会見で、「大変遺憾であり、法務大臣に任命した者として、責任を痛感している。国民の皆さまに深くおわび申し上げる」と述べました。野党側からは、すみやかに議員辞職すべきだという声が出ているほか、与党内からは極めて厳しい事態だという見方が出ています。

【事件はなぜ起きたのか】

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(清永)
今回の買収事件ですが、関係者によると、検察当局は夫妻の自宅から、現金の配布先とみられる100人以上が記載されたリストを押収していました。このリストは前大臣のパソコンでも管理されていたということです。
記載されていたのは地方議員や後援会幹部などで、大半が現金を受け取ったことを認めているということです。

Q:捜査は続くわけですが、これだけ多くの人に現金を配って回るということが、また繰り返されたのかという印象も受けます。
今の時点で背景としては、どういう事情が考えられるでしょうか。

(梶原)
去年の参議院選挙の構図と案里議員の立候補の遅れが影響を与えたという見方があります。

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去年の参議院選挙では、定員が2人の広島選挙区は、現職で参議院自民党の幹部であった溝手顕正氏が6期目を目指していましたが、選挙まで4か月ほどとなった3月になって、自民党本部が、地元県連の反対を押し切るかたちで、2人目の候補者として、案里議員の擁立を決めました。
地元県連では、かつて溝手氏が、安倍総理大臣を「過去の人」などと発言したことから、安倍総理大臣と溝手氏の間の確執が背景にあるのではとささやかれました。
事実上の保守分裂選挙となり、溝手氏が県連の全面的な支援を受ける中、案里議員の陣営は、溝手陣営の票を切り崩す必要に迫られました。
こうした中、党本部から1億5000万円の資金が振り込まれます。今回、買収に使われた原資は捜査の進展を待たなければなりませんが、豊富な資金を持つ案里議員の陣営が、短期間で支持を集める必要に迫られたところに、事件の背景があるという見方が出ています。

【階段を登った捜査】

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(清永)
一連の事件で最初の捜査は、車上運動員14人に法律の規定を超える違法な報酬が支払われたというものです。
広島地裁が16日、案里議員の公設秘書に執行猶予のついた懲役刑を言い渡したばかりです。この刑が確定した場合、検察は連座制の適用を求める行政訴訟を起こす方針で、案里議員の当選も無効になる可能性が出てきました。

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検察当局はこの事件をきっかけに捜査の階段を1つずつ登って、金額・人数ともに、さらに大きい今回の買収容疑に至ったという形です。では今後はどうなるか。特に事件に使われた多額の資金は、どこから捻出したのか。こうした金の流れの解明が次の焦点の1つです。

【政権に与える影響は】
Q:今回の2人の逮捕は、政権にはどのような影響を与えると考えられるでしょうか。

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(梶原)
河井前大臣は、去年10月、案里議員の公設秘書の疑惑が報じられると、ただちに大臣を辞任しました。逮捕を前に16日、自民党の二階幹事長は、「影響を及ぼすほどの大物議員ではない」と述べ、予防線を張ったほか、河井前大臣と案里議員は17日、離党届を提出していて、政府・自民党は、ダメージを最小限にとどめたいという意図がうかがえます。
これに対し、野党側は、安倍総理大臣の任命責任を追及していくとしています。

河井前大臣は、2014年、国民の間で大きな議論となった、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認することをめぐり、閣議決定の前に、アメリカを訪れ、議会の主要な議員と会談して、アメリカ側の期待を確認したり、2016年11月に、総理大臣補佐官として、大統領就任直前のトランプ氏と安倍総理大臣との初めての会談の準備にあたったりして、安倍総理大臣を支えたほか、菅官房長官にも近いとされています。
野党側は、こうした経緯に加え、法務大臣という、法規範を順守する高い意識が求められるポストに河井氏を起用した安倍総理大臣の任命責任はまぬかれないとして、追及する方針です。
安倍内閣は、感染対策と経済対策に加え、国民の信頼回復という難しい課題に直面しています。

【政治と検察の関係は】
Q:清永さん、今回検察は国会閉会を待って、逮捕に踏み切りました。国会議員を開会中に逮捕する場合には「逮捕許諾請求」という手続きが必要ですが、今回はなぜその手段を取らなかったのでしょうか。

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(清永)
以前、私は司法クラブで、衆議院議員の逮捕許諾請求を2度、取材したことがあります。
その日は、「検察首脳会議」を経て、裁判所から内閣への「逮捕許諾要求書」。そして「閣議」から国会の「本会議」など、めまぐるしく舞台を移しながら、逮捕までほぼ一日が費やされました。
今回は検察当局が、国会の審議を一時的でも中断させることを避けたい。特に新型コロナウイルスへの対応など、私たちの暮らしにもかかわる様々な課題がある中で、検察が国会の議論に影響を及ぼしたと言われることがないようにしたいと判断して、手続きが不要な国会閉会を待って逮捕したのだと思います。
また国会で事件について詳しい説明を求められることを避けたいという狙いも考えられます。
さらに、検察庁法の改正案が大きな議論になったばかりです。この改正案では「特例規定」が盛り込まれ、内閣や法務大臣が特に必要と判断すれば、検事長や検事正などは最長3年間ポストにとどまり続けることができるとされていました。しかし、政府が特定の幹部の定年を延長できることになれば、政界に躊躇なく切り込むことができるのか。
いわば、検察と政治のかかわりが問われる中で、今回、前法務大臣の逮捕に至ったわけです。

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(梶原)
検察庁法の改正案について、政府・与党は、17日に閉会した国会で継続審議の手続きをとらずに、廃案にしました。
今回の事件は、政治と検察が緊張関係になることを改めて示すもので、与党内からも、内閣が検察の人事に影響力を持つことは、検察の独立性を守る観点から、のぞましくないという意見が出ています。
政府は、次の国会で改めて法案を提出し、成立を目指す方針ですが、「特例規定」を維持するか、難しい判断を迫られています。
残る任期が1年あまりとなるなか、安倍内閣の支持率が低下傾向にあり、態勢の立て直しは容易ではないという見方が出ています。

【両者の姿勢も問われる】
今回は、検察と政治の関係が議論となる中で、互いが距離を保つことの重要性を改めて認識させる事件となりました。
今後も捜査による実態の解明が求められます。ただ、それと合わせて国民は検察と政治、双方の姿勢も、注視していることを忘れないでほしいと思います。

(清永 聡 解説委員 / 梶原 崇幹 解説委員)

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