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「出生率1.36 少子化対策に今 必要なこと」(時論公論)

藤野 優子  解説委員

日本の出生率がまた大きく低下しました。
去年の出生率は1.36。前の年より0.06ポイント下がり、4年連続の低下です。
今後、新型コロナウイルスの感染拡大による経済の落ち込みが長引き、若い世代の所得や雇用への影響が大きくなれば、さらに少子化が加速するのではないかという懸念も出ています。

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【解説のポイント】
「加速する少子化」の現状
実現への道筋が見えない「少子化大綱」と「コロナの影」
そして「働き方・暮らし方の変化への期待」です。

【加速する少子化】

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まず、少子化の現状です。
一人の女性が産む子どもの数の指標になる「合計特殊出生率」。
去年は1.36。前年を0.06ポイントも下回りました。去年一年間に生まれた子どもの数、出生数も、出産可能な年齢の女性の急速な減少もあり、過去最も少ないおよそ86万5000人。推計より早いスピードで減少しています。

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少子化の背景には、晩婚化、未婚化など様々な要因がありますが、今回の低下について政府は「去年は改元まで結婚を待った人が多く、前の年の婚姻数が減少したため出生数の減少につながった」と説明しています。しかし、人口問題の専門家からは「改元の影響はあっても、1.36は下がりすぎだ」として、少子化がより加速しているのではと指摘が出ています。

【少子化大綱のポイント】

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では、この現状に政府はどう対応するのか。
5月下旬、政府が、今後5年間の対策としてまとめた、新たな少子化大綱の内容を見ていきます。
柱は、子育て世帯への「経済的な支援の拡充」。子育てにかかる経済的な負担が重いことが、出産を諦める理由の中で多くなっているためです。
具体的には、▽中学生までの子どもに支給されている児童手当の見直し。子どもの多い世帯への支給額を増やすことや、低所得世帯などの高校生にも対象を広げることを念頭に検討を進めるとしています。
また、▽今は低所得世帯に限定されている、大学生などに対する給付型奨学金や授業料の免除などの支援制度を、中間所得層にまで広げることを検討するとしています。
このほか▼若者の雇用環境の改善、正規で働く人を増やすことや▼待機児童の解消、▼男性の育児休暇の取得を進めるための給付金の引き上げ、▼不妊治療の費用の支援の拡充などが盛り込まれた他、およそ70項目にわたる数値目標を設定しています。
そして、これらの支援策を進めることで、「希望出生率1.8」、これは若い世代で子どもが欲しいと望む人たちの希望がかなった場合の出生率と政府が試算している数字ですが、この1.8の出生率の実現を目標に掲げています。

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幅広い支援策を盛り込んだ今回の大綱。
しかし、高い数値目標だけが先行し、財源の確保や実現への道筋は見えません。
新型コロナウイルスによる経済への打撃を抑えるための巨額の財政出動が続き、新たな財政支出につながる議論は難しいという事情はあります。
勿論、今の雇用、生活を守ることは最優先の課題です。
しかし、少子化は今も静かに、ですが確実に進んでいます。
加えて、新型コロナの影響で若い世代の所得の減少や雇用の不安定化が長期化すれば、結婚や出産に計り知れない影響が出てしまう、という見方も広がっており、新型コロナが少子化にも影を落としているのです。

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また、今、子育て世帯への支援が弱い部分が浮き彫りになり、若い世代に「子育ては“人生のリスク”」という強い印象を残しかねないとの指摘も専門家から出ています。
親の収入が大幅に減って生活費が足りなくなり、学業の継続を諦めざるをえないという高校生や大学生。学校の休校などで、子どもの多い世帯ほど食費や光熱費が増えて家計が苦しくなっています。この先、若い世代や子育て世帯の経済格差、教育格差の拡大や世代間の連鎖も懸念されています。これでは、若い世代の子育てへの不安が大きくなってしまいます。
今、民間の支援団体がこうした子どもたちを支える取り組みを懸命に進めていますが、政府も一時的な対策だけでなく、将来に向けて財源を確保し、若い世代や子育て家庭を守るための継続的な支援や、子どもを守るというメッセージを打ち出していく必要があるのではないでしょうか。

【優先順位の見直しを】

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また、財源の制約もある中で、政策の優先順位をどうするかという問題もあります。
例えば「待機児童対策」。当初は2017年度までの解消を目指していましたが、今も目途は立たず。去年10月に幼児教育・保育の無償化が始まって利用を希望する人が増えた地域もあり、「子どもの預け先がなければ働けない。無償化より、保育士の確保や施設の整備を優先してほしい」という声が保護者から出ています。また、いわゆる”ワンオペ育児“と言われる、多くは母親一人の育児で、うつ病や虐待につながるケースも社会問題になっています。しかし、専業主婦が子どもをひと時預かってもらうための施設も目標の4割しか届いていません。前回、5年前の大綱に盛り込んだ対策もまだ多くが目標に達しておらず、これまでの少子化対策をすべて検証して財源配分を見直し、必要度の高い対策から実行していくことも求められていると思います。

【働き方の変化への期待】

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一方で、今回、テレワークや時差出勤など働き方が変化したことを契機に、男女共に育児や家事を担う若い世代の増加に期待する声も出ています。
あるシンクタンクが今年3月実施した調査では、新型コロナの感染拡大以降テレワークなどが進み、共働き世帯の30代・40代の男性のうち『「家事」「育児」の量や頻度が増えた』と答えた人がそれぞれ20%を超えました。 
これまで日本は、女性の家事・育児の時間が先進国で突出して長く、女性に家事や子育ての負担が偏っていることが長年少子化の原因の一つと言われてきました。
いまは子育て世帯の母親の70%は仕事を持っています。

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2年前の内閣府の調査では、男性も「家事育児は妻も夫も同様に行う」と考える人が最も多く4割を超えています。また、独身の女性が結婚相手に望む条件も、1位の「人柄」に次いで、2位が「家事、育児の能力」。「経済力」と挙げた人を上回っているというデータが出ています。
そうした若い世代の生き方の希望が叶うように、▼テレワークなどをより柔軟に活用し、▼時間を軸とした人事評価も見直していく、そして、これまでの働き方や暮らし方を大きく転換していくことが、これからの少子化の行方を左右すると思います。

【まとめ】
結婚や出産は個人の自由な選択で決められるもので、誰からも強制されるものではありません。しかし、出生率はよく「社会を映す鏡」と言われます。

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人口問題に詳しい明治大学の金子隆一(かねこ・りゅういち)特任教授は、「出生率の低さは、家族を形成する若い世代の「生きづらさ」や「子どもの育てにくさ」が改善されていないことの現れだといえる。これまでの少子化対策は、経済の維持の観点から語られることが多かったが、今回の新型コロナをきっかけに、もっと子育て世代や子どもたち自身を主役にした支援のあり方と、将来世代を育むことへの社会全体のまなざしについて、考え直す時期にきている」と話しています。
少子化対策には長い時間がかかり、安定的な取り組みが国民に信頼されて初めて出生率に結びつくと言われています。出生率の低下が始まって以降、私たちの社会は、若い世代や子どもの声と十分に向き合ってきたのか。今回の新型コロナをきっかけに、若い世代が望む新しい社会のあり方をつくることが今の少子化対策に必要な視点なのだと思います。

(藤野 優子 解説委員)

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