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「届かなかった 横田滋さんの願い」(時論公論)

出石 直  解説委員

北朝鮮に拉致された娘との再会を心待ちにしていた横田滋さんが、5日、亡くなり、きょう近親者らによって葬儀が営まれました。新潟市の中学生だった横田めぐみさんが下校途中に拉致されてから43年、「娘をこの手で抱きしめたい」という滋さんの願いは叶えられることはありませんでした。

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【高齢化する被害者家族】

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拉致問題の解決に生涯を捧げた横田滋さんの死。私は家族会代表の飯塚繁雄さんの言葉に強い衝撃を受けました。

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「こういう状態になるのは当たり前で、何もしないでほったらかしにしたら、日にちがどんどんたっていく。こうならないようにどうするか考えていかなければ今後とも同じ状況が繰り返される」

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北朝鮮による拉致事件から40年あまり、政府が認定している12人の拉致被害者は、もっとも若かった横田めぐみさんを除いて全員が60歳を超えています。被害者家族の高齢化も進み、ことし2月には有本恵子さんの母親の嘉代子(かよこ)さんが94歳で亡くなっています。「何もしないで待っているだけでは、我が子や兄弟と再会できないままこの世を去ってしまうという悲劇が繰り返されるだけだ」
飯塚さんの言葉からは、いっこうに進展しない現状への強い憤りが感じられました。

【翻弄され続けた43年間】

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▽新潟市の中学生だった横田めぐみさんが行方不明になったのは1977年の11月。
43年前のことです。以降、様々な情報に翻弄される不安な日々が続きます。
▽北朝鮮の工作員によって拉致されたことがわかったのは1997年、行方がわからなくなってからすでに20年近くが経っていました。
▽2002年。事態は大きく動き出します。ピョンヤンを訪問した小泉総理大臣に対してキム・ジョンイル総書記が初めて日本人拉致を認め謝罪したのです。
曽我ひとみさんら5人の帰国が実現します。
しかし、滋さんに伝えられたのは「めぐみさんはすでに死亡している」という思いもよらない知らせでした。家族会の代表として首脳会談の結果を見守っていた滋さんはこみ上げてくる感情を抑えることができませんでした。
▽2004年、北朝鮮は“めぐみさんの遺骨“とする骨を日本側に提出します。
しかし鑑定の結果、めぐみさんとは異なるDNAが検出されました。死亡したとする日付についても、当初は1993年と説明していたのを後になって94年と訂正しました。
日本政府は「めぐみさんが死亡したとする北朝鮮側の主張には合理的な根拠がなく受け入れることはできない」と結論づけます。かけがいのない命が、あまりに軽々しく扱われていることに、怒りを感じざるを得ません。娘の生還を心待ちにしていた滋さんの心中はいかばかりだったことでしょうか。

膠着状態が続いていた日朝協議は2014年になって再び動き出します。

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▽3月、横田さん夫婦は訪問先のモンゴルで孫娘のウンギョンさんと対面、ひ孫も交えて水入らずの時を過ごします。
▽5月、ストックホルムで行われた日朝協議で北朝鮮は、拉致被害者を含むすべての日本人の全面的な再調査を行うことを約束します。7月には特別調査委員会が設置され再調査が始まりました。
「ようやく解決に向けて動き出したのではないか」、そんな期待が膨らみました。
▽しかし核実験や弾道ミサイルの発射を受けて日本政府が再び独自制裁を強化すると、
▽北朝鮮は2016年2月、調査の全面中止と特別調査委員会の解体を一方的に通告してきたのです。以降、実質的な進展はストップしたままです。

めぐみさんと再び会える日が来ることを信じて拉致問題の解決を訴え続けた横田滋さん。しかしその願いを叶えることなく、87年の生涯を閉じたのです。

【揺れる対北朝鮮政策】
滋さんが亡くなったことを受けて安倍総理大臣は「断腸の思いだ。本当に申し訳ない思いでいっぱいだ」と述べました。

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拉致問題を「最重要課題」と位置付けてきただけに、悔しさもひとしおだったことと思います。
北朝鮮が頑なに「解決済み」としている拉致問題を動かすのはもちろん簡単ではありません。ただ安倍政権の対応も国際情勢の変化を受けて揺れ動いてきたこともまた事実です。

国連総会での安倍総理大臣の演説です。

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▽2017年の演説ではその大半が北朝鮮問題に充てられました。
「核・弾道ミサイル計画を放棄させるために必要なのは、対話ではない、圧力だ。拉致、核、ミサイル問題の解決なしに、北朝鮮に未来はない」
強い調子で北朝鮮を批判したのです。

▽しかしこの後、南北の融和が進み史上初めての米朝首脳会談が実現すると、トーンは大きく変わります。
▽2018年の演説です。
「北朝鮮がもつ潜在性を解き放つため助力を惜しまない。拉致問題を解決するため、私も北朝鮮との相互不信の殻を破り、キム・ジョンウン委員長と直接向き合う用意がある」
うって変わって、キム委員長と直接対話する考えを示したのです。

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▽2019年になると「私自身がキム委員長と条件を付けずに向き合わねばならないと考えている」と述べ、前提条件をつけずにキム委員長との首脳会談の実現を目指す考えを示しました。注目されるのは「条件を付けずに」という部分です。
「キム委員長と首脳会談をするからには、拉致問題の進展を前提にしたものでなければならない」というこれまでの立場を転換したとも受け取れます。

こうした働きかけにも関わらず、「拉致問題は解決済み」という北朝鮮の頑なな態度を変えることはできませんでした。首脳会談はいまだに実現していません。

【横田滋さんの無念に応える】
冒頭、「このままでは同じことが繰り返される」という飯塚繁雄さんの言葉をご紹介しました。「全力で」「一日も早く」といった決意表明だけでは現状を打開することはできません。
もちろん何の罪もない人達を強引に拉致し連れ去った北朝鮮の側にすべての責任があることは明らかです。しかし相手がある以上、交渉によってしか問題を解決できないことも認めざるを得ません。しかもその相手は、これまで何度も欺き不誠実な態度を繰り返してきた北朝鮮です。安倍総理大臣も言及しているように「あらゆるチャンスを逃すことなく果敢に行動していく」必要があります。これまでも、制裁の解除や国交正常化をチラつかせて北朝鮮を動かそうとしたことがありました。こうした駆け引き、政治外交上の交渉も必要でしょう。そして何より重要なのは、横田滋さんが生涯を掛けて訴え続けてきた「この問題は人の命に関わる人権・人道上の問題なのだ」ということを北朝鮮にわからせることだと思います。北朝鮮側はまた不誠実な対応を示してくるかも知れません。それに屈することなく、拉致被害者の帰国という大きな目標に向かってひとつひとつ努力を重ねていく。それが横田滋さんの無念に応えることではないでしょうか。」

(出石 直 解説委員)

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