現在の医療で、このウイルスにどう闘っていくことができるのでしょうか。
緊急事態宣言は全面的に解除されましたが、一方で、新型コロナウイルスの感染を収束させるには、ワクチンや治療薬の開発が欠かせないと考えられています。しかし、それには時間がかかります。
今回のポイントです。
▽ワクチンや新薬の開発状況を見たうえで、
▽開発されるまでの間、進められていることの一つ、既にある 別の病気の薬を治療に応用するという方法は、どこまで効果があるのか、
▽もう一つ、重症になった患者を現在の医療で回復させる治療法の確立はどこまで進んでいるのか、こうした点を考えます。
まずは、ワクチンと治療薬の開発です。
新型コロナウイルスに感染した人は、多くが回復しますが、一部の患者は重症化します。
ワクチン接種は、感染する人を少なくする、あるいは感染しても重症になる人を減少させて死亡する人を減らすというものです。治療薬は、重症になって死亡する人を少なくします。
こうできれば、パンデミックを収束させることができると考えられます。
新型コロナウイルスのワクチンは、WHO=世界保健機関によりますと、世界ですでに、130以上の研究が進められています。このうち10種類については、安全性などを確かめるため、ヒトに接種が始まっています。(2020年6月2日現在)
例えば、NIH=アメリカ国立衛生研究所と製薬会社は、ウイルスの遺伝情報を使って製造するという新しい方法でワクチン開発を進めています。安全性などを確かめる臨床試験を始めていて、2020年7月には、多くの人に接種して効果などを確かめる最終段階に入るとしています。
イギリスでも大学が製薬会社と提携して、大量生産の準備を進めているほか、中国でも臨床試験が進められています。
一方、日本では、大阪大学や東京大学医科学研究所、それに製薬会社などで研究が進められていますが、人に接種する段階には入っていません。
ただ、いまの世界のワクチン開発について、専門家の中からは、早期の実用化を懸念する声も聞かれます。
ワクチンは健康な人に接種されます。また、地球規模の感染を収束させるために、非常の多くの人が接種の対象になることが想定されます。ワクチン開発は、急ぎたいところではありますが、深刻な健康被害が後からわかるような事態にならないよう、安全性の確認はより慎重に行わなければなりません。
また、開発されたあとには、世界各国に必要な量を供給する量産態勢が必要で、課題として指摘されています。
新薬も各国で開発が進められていますが、一から新しい薬を開発するには、通常、数年あるいはそれ以上の期間が必要です。
日本でも、国立国際医療研究センターで候補となる化合物の研究を進めているとされ、国内の製薬会社も開発を進めています。
このほか、新型コロナウイルスに感染して治った人の血液から採った、ウイルスを攻撃する成分を患者に投与するという治療の開発も進められています。
ワクチンや新薬の開発に時間がかかるという中で、「治療薬の近道になるかもしれない」と考えられているのが、既存の薬の中から、治療効果のあるものを探す方法です。
新型コロナウイルスが増殖するのを抑える可能性のある薬が、実験などから見つかり、実際に人に効果があるかどうか、患者への投与が進められています。
このうち、エボラ出血熱の薬として開発が進められてきた「レムデシビル」という薬について、日本を含む各国が協力して治験が行われています。
これまでの結果として、回復までの時間が、
▽投与した患者は11日だったのに対して、
▽投与しなかった患者が15日かかり、差があると評価できると発表されました。
2020年5月、アメリカや日本で、新型コロナウイルスの治療薬として承認されました。ただ、さらに効果の検証が続けられています。
一方、国内で開発された既存の薬の中では、商品名が「アビガン」と呼ばれる「ファビピラビル」という薬が、インフルエンザウイルスに効果があることなどから、早い段階から人への投与が行われました。しかし、これまでのところ効果は証明されず、有効性の評価は時期尚早だとして、臨床研究などが継続されています。
他にも、いくつかの薬で臨床研究などが行われていますが、2020年6月4日時点では既存の薬の中で、十分な効果が確認されたものは、まだありません。
なかなか先が見いだせない状況ではありますが、医療現場では突破口を見出そうと取り組んでいます。それは、現在の検査、診断、治療の技術を使って、重症化させない、あるいは重症になっても患者の命を救う治療法を確立できないかというものです。
新型ウイルスが見つかった当初の治療は、「対症療法」、つまり症状に応じて対応することしかできませんでした。
しかし、この数か月の間で、重症になる原因が次第に分かってきました。
一つが、「免疫の暴走」です。体を守ってくれる「免疫」が、強く反応しすぎて、かえって体に悪影響を及ぼすもので、「サイトカインストーム」と呼ばれています。もう一つが、血管の中で血液の塊「血栓」ができることです。この塊で肺の血管が詰まったり、脳に血栓が飛んで脳梗塞になったりして重症、あるいは死亡した症例が報告されています。
免疫の暴走や血栓が起こり始めていることは、検査で調べることができます。治療や予防する薬もあります。検査で診断して薬を投与すれば、多くの患者を回復させることができると考えられ、重症患者の治療法が確立に向け、研究が進められています。
重症患者の体の中で何が起きているのか。そのことは、既存の薬の投与の考え方にも影響してきています。
既存の薬の中には、ウイルスの増殖を抑えるだけでなく、免疫の暴走も抑えるもの、あるいは、血栓を抑えるものといった、いわば「2重の効果」を併せもった薬があります。上の図に示した「シクレソニド」と「ナファモスタット」という薬がそれです。
こうした薬、あるいは薬を複数「併用」するなどして、重症患者の治療効果を高められないか、臨床研究が進められています。
では今後、どのようなことが求められるのでしょうか。
一つは、重症になるメカニズムの解明です。免疫の暴走や血栓以外に重症化する原因はないのかについて、さらに詳しく明らかになれば、より的確に症状を診断でき、患者の状態に最も適した薬を投与する可能性が高まります。
もう一つは、患者が、重症になりやすいかどうかの「指標」を見つけることです。
これまでの経験から重症化しやすい人として、
▽高齢者、
▽糖尿病や心臓病や慢性呼吸器疾患などの持病のある人、
▽タバコを吸っていた人
などがあげられていますが、さらに指標はないのか調べることが重要になります。例えば、重症化と関連する「遺伝子」、あるいは「生活習慣」があるのではないかと指摘されていて、研究が進められています。
こうしたことが出来てくれば、重症化しやすい患者については、より注意深く経過を観察し、重症になった場合は、原因を見極めて治療する、あるいはそれ以前に予防するといったことができてくると考えられます。
新型コロナウイルス感染の収束に向け、ワクチンや治療薬の開発が急がれます。しかし、それには時間がかかるだけに、重症化を防ぐ治療法のレベルを高めることの重要性は非常に大きものがあります。
そのためには、日本国内の各研究機関が相互に連携し、そして海外とも協力態勢を組んで、症例の分析を重ね、研究が進むようにしなければなりません。
国には、ワクチンや治療薬の開発とともに、こうした態勢づくりを一層支援することが求められています。
(中村 幸司 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら