新型コロナウイルスの脅威が依然続く中でも、世界各国は冷え込んだ経済活動の再開に舵を切り、ウイルスと共存する「ウィズ(with)コロナ」とも言われる時代へ動き出しています。
言うまでもなく、第二波を防ぎそれに備えるための対策が大前提ですが、その上で今、注目されているのが、「グリーン・リカバリー」あるいは「持続可能な復興」と呼ばれる、感染症の経済的ダメージと環境問題などの同時解決をめざす取り組みです。
こうした「グリーン・リカバリー」あるいは「持続可能な復興」が求められる背景には、経済の再開に伴って再び環境が悪化することへの懸念があります。
例えばアジアでは、今年2月頃から中国の経済活動の落ち込みを機に、日本を含む周辺地域の大気汚染物質が一時的に減った状況がありましたが、これが既にコロナ前の水準まで戻っているとされます。
こちらは、工場や自動車の排ガスなどに由来する「窒素酸化物」の量が、どれぐらい変わったか欧米の人工衛星の観測から分析したものです。
赤っぽい色は今年2月から5月にかけて排出量が増加したことを、青は減少したことを示し、全体で大幅に増えています。5月には既にほぼ例年の水準になったとされています。
気候変動に関する懸念も再び増しています。IEA(国際エネルギー機関)は、今年の世界の二酸化炭素排出量は前年比8%減るとの見通しを出しましたが、同時に、経済を再開する際によりクリーンな投資をしなければ、むしろ排出量は増えてしまうおそれもあると警鐘をならしています。
さらにこれは、世界経済が未曾有の大打撃を受けるほど抑制されても、CO2は一時的に数%減るに過ぎず、温暖化を食い止めるために求められている「2050年までに実質排出ゼロ」に向かうには、化石燃料に依存する現在の社会構造そのものを変えなければならないことを、あらためて示したとも言えます。
そして、グリーン・リカバリーが重視されるもう一つの背景に、環境問題が感染症と密接に関わり合っていることがあります。
新型コロナウイルスをはじめ、近年次々に世界を襲っているエボラ出血熱やSARS、SFTS、ジカ熱などは、いずれも野生生物の持つウイルスが人に感染するようになったものと考えられています。
そして、気候変動が進めば、熱帯性の感染症が広がったり、生態系や土地利用の変化によって新たなウイルスと人との接触が起きやすくなるなど、感染症のリスクがさらに増すとも報告されています。
また、感染症と気候変動はどちらも災害に対する社会の脆弱さにもつながります。
例えば、新型コロナの感染が拡大する中で集中豪雨や土砂災害などが起きれば、「三密」が懸念される避難所に、体調の悪い人も含め大勢が集中することになります。そして、気候変動は台風や高潮など気象災害を激甚化させることもわかっています。逆に、新型コロナ感染症の蔓延によって、今年イギリスで予定されていた気候変動対策の国連の会議COP26は1年延期され、待ったなしの対策が遅れてしまうことが懸念されています。
このように、感染症と気候変動などの環境問題、そして災害は、互いに深く関わり合う問題です。しかも、これらはいずれも社会的弱者により大きな被害をもたらし、格差を拡大する要因となることでも共通しています。だからこそ、これらの問題を俯瞰した統合的な対策が求められているのです。
こうした中、今、世界的な流れにもなりつつあるのが、新型コロナの経済的ダメージからの「グリーン・リカバリー」あるいは「持続可能な復興」などと呼ばれる考え方です。
国連のグテーレス事務総長は4月のアース・デーに「新型コロナからの経済復興は環境や気候変動に配慮した新しい雇用やビジネスを生み、持続可能な成長につながるものであるべきだ」と訴えています。
ビジネス界も声を挙げています。先月、世界の大企業155社のCEOが連名で「人間が健康であるには地球が健康でなければならない」として、各国政府にCO2の実質排出ゼロにつながるような「グリーン・リカバリー」による復興政策を求める声明を出しました。
こうした声に応えるように、EU欧州委員会は先週27日、「次世代のEU」と名付けた新型コロナからの復興基金の案を打ち出しました。総額7500億ユーロ、およそ90兆円に上るこの基金は単なる経済対策ではなく、「グリーン」つまり環境と「デジタル」に集中的に資金を投入します。
個別の政策では、例えばフランスでは大手航空会社を政府が支援する条件として、大規模な脱炭素化を求めています。欧州以外でも、カナダはコロナ対策で政府が大企業を支援する際に、気候変動が事業に及ぼすリスクや対策への取り組みについて情報開示を求める方針です。韓国でもムン大統領が、経済対策に、環境関連産業で新たな雇用を生み出す「グリーン・ニューディール」を盛り込むと表明しています。
かつて無い規模の経済対策が打ち出される今だからこそ、それを将来に渡り持続可能な社会につなげる起爆剤とする狙いが読み取れます。
では日本は「ウィズコロナ」の時代に、どんな社会をめざすのでしょうか?
新型コロナ対策で広まったテレワークやオンライン診療など、いわゆるデジタル化を新たなビジネスにつなげようという動きは見られます。しかし、持続可能な社会へ向けての大きなビジョンは未だ描かれていないように思います。
だとすれば、例えばテレワークであれば単に都会の自宅で行うための支援ではなく、大都市集中の人口構造を地方に分散させ地域活性化につなげるような枠組みを強化することも一案ではないでしょうか。また、現在都市部を中心に普及が進むオンライン診療を、地域医療を支えるため重点的に後押しすることも考えられます。大都市圏の密集と、人口減少が進む地方のぜい弱な医療体制は、どちらも感染症に対する大きなリスクだからです。
防災面では今、新型コロナ対策で三密を避けるため、従来より多くの避難所を確保し人を分散させる方針を国が示していますが、これも一時的な避難所の改善に終わらせず、災害に強い地域分散型の社会に向けた、対策強化のきっかけにできないでしょうか。
これらはあくまで一例ですが、人の集中を避ける感染症対策と、環境問題、防災などを 統合的に考えることで、社会的な弱者も取り残さず、新たな雇用や産業を創出していく機会にできるかもしれません。
百年に一度とも言われるパンデミックで、深刻な被害を受けている今だからこそ、広く 知恵を出し合い、百年後にもつながる持続可能な復興を考えるべきではないでしょうか。
(土屋 敏之 解説委員)
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