NHK 解説委員室

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『新しい日常』と日本経済の再生

今村 啓一  解説委員 竹田 忠  解説委員
神子田 章博 解説委員

(今村)
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、追加の経済対策を盛り込んだ第2次補正予算案がきょう閣議決定されました。日本経済は引き続き感染の防止に取り組みつつ経済活動を徐々に動かしていく、手探りの状況が続くことになります。今夜は、厳しい状況にある経済の現状、中小企業の支援と雇用維持へのさらなる取り組みなどが盛り込まれた追加の経済対策、そして新しい生活様式がもたらす変化と課題について、竹田委員と神子田委員とともに考えます。

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これまでの外出の自粛によって経済の現状は深刻さを増しているのではないでしょうか。

(竹田)
まず、雇用情勢が急速に悪化しています。

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厚生労働省の集計では、今回の感染拡大によって、解雇や雇い止めにあった人が月を追うごとに増えています。特に、今月は、22日までで、既に8000人を超えています。2月からの合計で、1万2000人近い人が、仕事を失い、生活が追い詰められています。
また、企業の倒産も増えていまして、帝国データバンクでは、このままいけば、年間の倒産件数が、7年ぶりに1万件を超すおそれがあると指摘しています。緊急事態宣言は解除されても、経済は、今後も厳しい状況が続く、ということは避けられないと思います。

(今村)
こうした厳しい現状に対応するため閣議決定された閣議決定した第二次補正予算案ですが、まず力点の一つに置かれたのが中小企業への支援ですね。

(神子田)
 そうですね。中小企業は日本の雇用の7割を占めていますが、大企業に比べて経営基盤が弱く、事業の継続をどう支えていくかが重要な課題です。そこで家賃の補助などに加え、今回新たに打ち出されたのが、資本注入による経営基盤の抜本的な強化策です。

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具体的には政府系金融機関による「劣後ローン」と呼ばれる返済順位が低い融資の供給、これは資本増強と同じ効果が見込まれるのですが、この劣後ローンの供給に加えて、官民ファンドによる出資を通じて、財務基盤の強化をはかるとしています。その対策に2兆3000億円あまりの予算が投じられることになりました。
一方、日銀も先週、中小企業に資金を貸し出す金融機関に対し、新たに30兆円をこえる資金を供給することを決めました。これは民間の金融機関が政府の補助を受けて、無利子無担保で行っている融資が対象となるものです。日銀は、金融機関が融資を行う額に応じて、各金融機関が日銀に預けている当座預金に対し、0.1%の利息を支払うとし、金融機関が中小企業に積極的に融資を行うよう促しています。

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こうした対策の背景にあるのは、地方経済の衰退への危機感です。
地方経済はもともと人口減少が続く中で成長力をどう維持するかが課題でした。そうした中、将来の成長産業として期待されていたのがインバウンド関連産業だったのですが、先月日本を訪れた外国人旅行客は、わずか2900人、去年の同じ月に比べてマイナス99.9%の記録的な落ち込みとなりました。世界で感染が収束しない間は、今後も低迷が続くとみられ、放っておけば宿泊や飲食など感染収束後の復活をめざす産業の基盤が損なわれていくことになります。

(今村)
地域経済の悪化は資金繰りを支える金融機関の経営にも影響してきますね?

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(神子田)
地方銀行の経営は今年3月期の決算で、全体の7割あまりが減益でそのうち三社が赤字となるなど、苦しい状況が続いています。このうえ、地元の企業の経営破たんがあいつげば、不良債権が増え、貸し渋りが始まって、企業が資金繰りに窮するという悪循環に陥ります。

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さらに銀行にとっては、有望な貸出先が減り、貴重な収益源を失ってしまうことになります。つまり、共倒れの構図となるのです。こうした中地銀の中には、独自に、劣後ローンの供給する動きも出始めています。企業の経営基盤が強化されれば、融資をしやすくなり、共存共栄が図れるというわけです。政府や日銀が今回打ち出した政策もこうした動きを後押ししようというものです。肝心の資金が間に合わずに、経営破たんを招くことのないよう迅速な政策の遂行が求められています。

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(今村)経済対策のもう一つの柱が働く人への支援ですね。

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(竹田)
その中でも、注目を集めているのが、新たな給付金です。
これは一言でいうと、休業手当を本人に直接払う、というものです。どういうことかというと、会社が休業する場合、社員に対し、休業手当を出す必要があります。また、手当の一定割合は、雇用保険から雇用調整助成金というお金が出て企業を支援することになっています。

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しかし、今回は、企業の急速な資金繰りの悪化で、助成金の利用もなかなか進まず、休業手当がもらえない人が続出して、大きな問題になっています。
そこで、もう企業を通さずに、直接、休業している人にお金を渡そう、というのが今回の給付金です。災害時に、失業していなくても、失業とみなして、失業手当をはらう、「みなし失業」という雇用保険の特例措置を参考にしたものです。

具体的には、休業手当をもらえない人が直接、ハローワークに行って申請すれば、賃金の8割が受け取れるようにします。上限は月33万円で、中小企業が対象です。今回の補正予算案や法案が早く通れば、早ければ来月中にも支給できる可能性があります。無収入で休業を余儀なくされている方にとってはとにかく、実現を急いでほしい仕組みだと思います。

(今村)
まさに今は非常事態ですから、今の生活に困っている人に手を差し伸べるための対策を実行する必要はありますが、結局、その元手は私たちや将来の世代が負担する税金になるわけですね。

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(神子田)
今回の対策に必要な予算のうちおよそ32兆円は、国債を発行して、つまり政府が借金をして確保しています。補正予算の国債発行額は、一次補正と合わせて57兆円あまりに達します。国債の累積発行額は今年3月末時点ですでに987兆円あまりに達していて、今後も追加の対策が求められれば財政がさらに悪化することになります。しかし政府は、経済の回復がなければ財政再建もないとして、経済回復を最優先に必要な予算は躊躇なく支出するとしています。
ただ政府の借金は後世に引き継がれ、いずれわたしたちの子や孫の世代が税金などで返済しなければなりません。それだけに、予算の支出はよりタイムリーに、使い道はより慎重に判断してもらいたいと思います。例えば全世帯向けに布マスクが配られるのに466億円の予算が計上されています。政府は、店頭の品薄状況の改善に効果があったとしていますが、配布の時期がもっと早ければより効果的だったとか、医療関係者用のマスクや感染防止用のガウンなどにより多く予算を振り向けるべきではという指摘もでています。貴重な財源を使うだけに、一銭たりとも無駄にしない 賢いお金の使い方を今一度肝に銘じてもらいたいと思います。

(今村)
日本より先に経済活動を再開させた海外の状況をみますと、経済の回復と感染の防止を両立させることがいかに難しいかがうかがえます。

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このグラフは、アメリカ国内での感染拡大前の今年2月からのレストランの予約状況の変化を示したものです。
都市封鎖・ロックダウンが先月後半から各州で徐々に解除され経済活動が再開されたあとも、利用者の戻りは鈍く、現時点でも、前の年に比べて90%近く低い水準に留まっています。アメリカの大学の調査でも「レストランに行くのは安全と思う」と答える人が37%に留まり、消費者の多くが依然、外で食事をとることに慎重な姿勢を続けています。感染者が多いアメリカと日本を単純に比較することはできませんが、感染防止に取り組みながらの経済活動の再開は、その回復のテンポが極めて緩やかにならざるおえないことを示しています。

(今村)
新しい生活様式での日本での経済活動の回復はどうなっていくのでしょうか。

(神子田)
 経済活動の再開とともに、感染防止も徹底しなければならないなかで、収益をどう確保するかが最大の課題です。こうした中で各企業は、業種ごとに、感染防止の為のガイドラインをまとめました。共通して力を入れているのが、人と人との距離をとる三密対策です。

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飲食店では、座席と座席の間を最低でも1メートル以上離す、映画館では、前後左右をあけた席の配置を求めています。またガイドラインには盛り込まれていませんが、航空会社の中には、乗客が隣どうしの座席に座らないようにしているところもあります。

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ただ、こうした対応が続いた場合、客の数はどうしても抑えられてしまい、売り上げが元のようには戻らない状況が続くことを覚悟しなければなりません。そうした中で、従来の業態の枠にとどまらず、これまでにない発想で新しいビジネスを興こすなど、収益源を開拓する努力も求められることになるでしょう。一方政府としても、経済の低迷が長期化することを前提に、今後どのような対策が必要になるか、次からはくれぐれも後手に回らぬよう早手回しに考えておく必要があります。

(今村)
経済への影響の長期化が避けられないとすれば、その間、継続的な対策が必要になるのではないでしょうか。

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(竹田)
私は、今後の焦点となるキーワードを三つあげたいと思います。
一つは、▼「再びデフレか?」神子田委員が指摘するように、このまま売り上げの低迷が続き、市場が縮小すれば、日本経済は再び、デフレに陥ることになる。実は政府もそれを大変恐れていまして、西村経済再生担当大臣は、先日の会見で記者から、デフレへの懸念が強まっているのではないか、と聞かれたのに対し、「絶対にデフレには戻さないという決意だ」と強い口調で述べて、デフレへの警戒感を露わにしました。
そうなると、そのデフレを食い止め、国民の暮らしを底支えすることが必要になる。それが、二つ目のキーワード、「給付の継続」です。
先日、コロナ対策の諮問委員会に経済の専門家として新たに加わった東京財団政策研究所の小林慶一郎研究主幹は、今年3月、他の経済学者と共に、政策提言をまとめています。具体的には、収入がなくなった人が、国から無担保で一年間、毎月15万円まで借りられる制度の創設などを求めています。
この提言について連合の神津会長はきょう行った日本記者クラブの会見の中で「大賛成。これこそ必要な対策だ」と述べて、強く支持する考えを表明しています。今後、どうやってデフレをくいとめ国民の所得を維持するか、議論が必要になってくると思います。
三つ目は、新たな働き方についてです。今回、感染拡大を防ぐためのテレワークがオフィスワークをしている人を中心にかなり広がりました。しかし、工場や売り場など、現場で働いている人はなかなかそうはいきません。

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そこで、そうした仕事でも、出勤をできるだけ減らし、感染リスクを抑える方法として注目されているのが三つ目のキーワード「週休三日制」です。
どういう仕組みかというと、たとえば、1日8時間で、週5日働いて、週40時間労働しているとします。これを単純に金曜日も休みにすると、週32時間になって、給料もその分減ります。しかし、そのかわりに、月~木の労働時間を2時間ずつ増やして、一日10時間にすれば、同じ週40時間になって、給料は変わらない、ということが可能になります。これは変形労働時間制と呼ばれる、労働基準法で認めている制度で、経団連が新たなガイドラインを作って推奨したり、大手企業で、実際に導入や検討の動きが相次いでいます。テレワークの次にくる焦点として、一定程度広がる可能性があると思います。

(今村)
今回のコロナウイルスへの対応では、便利になり、また豊かになったかにみえた社会が、姿がみえない感染症、という外敵に、いかに、もろいものであるかという現実を突きつけられました。
ただ、その一方で、感染防止に取り組む中で、在宅勤務を積極的に取り入れる企業が相次ぎ、地方への転職を希望する若者が増える、といった、働き方やライフスタイルが大きく変わる兆しも出始めています。
経済の落ち込みで苦しむ人を守りながら、コロナ後の新しい経済・社会の姿を描いていくためには暮らしや生活に対する人々の意識の変化をくみ取って、柔軟に、そして機動的に対応していくことが求められているのではないでしょうか。

(今村 啓一 解説委員長 / 竹田 忠 解説委員 / 神子田 章博 解説委員) 

(6月1日に表現を一部修正しました)


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