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「中国全人代開幕~『大国』の威信と経済の行方」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員
神子田 章博  解説委員

中国の重要政策を決める全人代・全国人民代表大会が、きょう開幕しました。未知のウイルスとの戦いの中で、習近平指導部は、大国の威信の回復と経済の立て直しにどう取り組むのか。今夜は中国政治が担当の加藤専門解説委員とともにお伝えしていきます。
加藤さん 異例ずくめの全人代となりましたね。

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(加藤)
習近平指導部としては、今回の全人代は開催を2か月半も遅らせたのですから、本当は、新型コロナウイルスを克服したという完全な勝利宣言を行う場にしたかったはずです。

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しかしその後の新たな感染も確認され、きょうの政府活動報告でも感染拡大防止に「戦略的大きな成果を上げた」としつつも「まだ収束していない」と厳しい実態を認めざるを得ませんでした。このため今回の全人代は異例ずくめの形になりました。政府活動報告の長さが去年の半分程度になったほか、会期も一週間と例年より3日ほど短縮されました。

(神子田)
政府活動報告も異例の内容となりました。

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例年この場で示される経済成長率の目標が今年は提示されませんでした。新型コロナウイルスの感染状況など予測困難な要因があるから、というのがその理由です。
では中国経済の現状はというと、今年1月から3月が6.8%のマイナス成長に陥った後、工場の生産活動は正常化しましたが、不要不急の家電製品などの販売や飲食など、消費の大幅な落ち込みが続いています。

こうした事態を受けて、中国政府は今回巨額の経済対策を打ち出しました。

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財政赤字の拡大や特別国債の発行であわせて2兆元の財源を捻出し、地方の経済対策に支出する他、公共投資の財源を調達するために地方政府が発行できる債券の枠を3兆7500億元にまで拡大し、5Gなど次世代の情報ネットワークを整備するなど新型のインフラ投資を行なうとしています。さらに飲食や宿泊など落ち込みの激しい業種や、小規模・零細企業を対象に、税金を免除したり、所得税の支払いを来年まで猶予するとしており、企業の年間の負担の軽減額は2兆5000億元以上にのぼるとしています。こうした対策をあわせると、事業規模で8兆元=日本円で120兆円を超える大掛かりなものとなります。ただGDPに対する比率でみますと、リーマンショック直後の対策を下回っており、過度な投資が招く副作用にも配慮した様子がうかがえます。

加藤さん、きょうは香港の問題にも注目が集まりましたね?

(加藤)
今回の全人代で、香港の治安維持を強化する法律を審議することになったことは見逃せません。

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李克強首相は、政府活動報告の中で香港について「国家の安全を守るための法制度と執行メカニズムを確立しなければならない」と述べ、新たな法整備によって、1年前から続く香港のデモを力で抑え込む方針を打ち出したのです。

しかしこれに対しては、これまで一国二制度のもとで香港に保障されてきた言論の自由が封殺されるという反発や警戒の声が香港では広がっています。

(神子田)
香港問題に加え中国では、新型コロナウイスの感染拡大を防げなかったことで共産党指導部の信認が揺らいでいます。そうした中、今回の活動報告で力点が置かれたのが、雇用対策と貧富の格差の解消でした。

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中国政府は今年、GDPの規模を2010年に比べて2倍にする一方で、貧困層をゼロにし、小康社会=少しゆとりのある社会を完成するという目標を掲げてきました。このため国内には、あくまで6%程度の経済成長を求める「保六」派とよばれる勢力があったのですが、コロナの影響で倍増目標は断念せざるをなくなりました。

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代わりに共産党が掲げたのが保六をひっくり返して六保=つまり、雇用、民生、企業など6つの分野を守り抜くという方針です。

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貧富の格差解消はこの中の民生分野の重点項目で、一連の政府の報告では、貧困層に公共事業を通じて働く機会を提供する事業の拡大などが盛り込まれました。さらに企業を守ることが雇用の維持につながるとして、小企業・零細企業の資金繰りを助けるため、銀行からの融資の規模を去年より40%増やす数値目標を定めました。高成長はならずとも、雇用の確保と脱貧困を達成することで、国民の理解をなんとか得ようとしています。    

さて、ここからは中国と国際社会という視点で、きょうの李首相の発言を読み解いていきたいと思います。加藤さん、外交関係で李首相はどのようなメッセージを発したのでしょうか?

(加藤)
中国の特色ある大国外交が多くの成果を生んだと自画自賛しつつも、詳細な言及は避け、簡素な表現になりました。アメリカなど欧米からの批判をかわす狙いがあるものとみられます。

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中国に対しては、特に新型コロナウイルスの感染で9万人以上の死者がでているアメリカから、初期対応のまずさや情報隠蔽があったのではないかとして、その責任を問う声が高まっています。また中国国内でも、習近平指導部の言論統制や強権体制が国際社会での孤立を招いたと一部の知識人たちが批判の声を上げています。
しかし自らの正当性を主張する習近平政権は強く反発し、国内では全人代を前に、言論統制を強めるなど批判封じ込めの圧力をますます強めています。また、対外的には強気の外交姿勢を打ち出してきました。

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それは、中国映画のタイトルにもなった戦う狼、「戦狼外交」とも呼ばれてきました。つまり強気の姿勢をとることで、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の責任を追及しようという国際社会の動きに対抗しようとする狙いと見られてきました。
例えば、▽感染が拡大した国々に大量のマスクや医療機器などを支援することで、中国への感謝を表明させようとしてきたこと。▽オーストラリアなど中国に批判的な国には経済制裁などで報復。さらには▽周辺国との摩擦が続く南シナ海や東シナ海で中国の軍艦や公船が威圧的な行動をとる動きも目立つようになり、今年の国防予算が6.6%の伸びとなったことも、アメリカを刺激する形になっています。

(神子田)
アメリカは経済分野でも中国に厳しくあたっています。

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トランプ政権は先週、中国の通信機器大手「ファーウェイ」に対し、アメリカ製の半導体製造装置で作られた製品は、それがアメリカ国外で作られたものであってもファーウェイに販売することは認めないとする追加の制裁措置を発表。これに対しきょうの活動報告では、対決色が打ち出されることはなく、内外の企業の公正な競争環境の確保や、輸入の積極的な拡大などアメリカなどが望む改革に引き続き取り組むとしています。外国企業が進出しやすい環境を整え、投資を呼び込み技術を取りこむことで、経済回復を急ぎたい思惑がうかがえます。しかし中国が新たな経済対策で、最先端の技術を国家主導で育成しようとしていることは、アメリカから批判を浴びたハイテク産業の育成策=「中国製造2025」の焼き直しとも受け取られかねません。回復を急ぐためだとして経済分野での共産党の統制色が一段と強まれば、アメリカとの関係改善は今以上に難しくなるかもしれません。

(加藤)
中国が進めている国内の思想の引き締めや香港に対する締め付け強化は、そうしなければ自らの求心力を失いかねないという習近平政権の強い危機感を反映したものであるように思います。しかしそうした強硬姿勢を取り続けることで、新型コロナの問題や台湾問題、安全保障の問題で対立するアメリカとの摩擦がさらにエスカレートする恐れがある。それは結果的に中国自身の首を絞めることにもつながりかねないように思います。

(神子田)
感染防止対策で人の動きが制限され、国境を越えた経済活動が難しくなる中、グローバライゼーションの恩恵を受けてきた発展を遂げてきた中国が、諸外国との関係修復を積極的にはかり分断を避けることができるのか。そのかじ取りは、日本を含む各国の経済や国際関係の行方をも大きく左右することになりそうです。

(加藤 青延 専門解説委員 / 神子田 章博 解説委員)

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