新型ウイルス 取り残される介護現場
2020年05月21日 (木)
堀家 春野 解説委員
大阪など関西2府1県で緊急事態宣言が解除されました。(5月21日)。徐々にではありますが日常を取り戻す動きが始まっています。しかし、集団感染が相次いだ介護の現場からはそうした動きから取り残されてしまうのではないか。こんな懸念が聞こえてきます。一体どういうことなのでしょうか。
(解説のポイント)
解説のポイントです。▽なぜ介護現場で感染が広がったのか、▽人手不足で追いつめられる現場、そして▽来る第2波にどう備えるのかについて考えます。
(なぜ 介護現場で感染拡大)
新型コロナウイルスによる集団感染が介護施設で相次いでいます。
NHKが全国の自治体に取材したころ、4月末までに少なくとも550人余りが感染し、このうち高齢者60人が亡くなっていました。もともと介護施設は感染症に対して脆弱です。それは主に3つの理由があるからです。ひとつは、リスクが高い人が集まっていること。高齢者は感染すると重症化しやすいとされ、その多くは持病も抱えています。一方で、特に認知症の人はマスクを着ける、手を頻繁に洗うといった予防対策を徹底する難しさもあります。2つ目の理由は介護現場ではいわゆる「3密」が避けられないということです。こうした環境の中でひとりの職員が多くの高齢者と接するため、職員を介して感染が広がるおそれもあります。加えて、医療現場に比べて感染を予防する防護服などの備蓄が少ないなど備えも不十分でした。こうした理由が重なり、介護現場で感染が広がったとみられています。
(老健施設 追いつめられる現場)
高齢者は感染が確認されると症状が無くても軽症でも、ホテルなどの療養施設ではなく、原則、病院に入院してもらうのが国の方針です。ところが、この原則が必ずしも守られず、自治体からそのまま施設での療養を求められている実態が明らかになってきました。特に、介護施設の中でも、「老人保健施設」といわれる施設でその傾向が見られます。老健施設はほかの施設と異なり医師が常駐しているため、過度な期待が寄せられているからではないか、こうした指摘もあります。ですが施設の医師は日常の医療は提供しても感染症の専門家ではありません。全国老人保健施設協会によりますと、少なくとも5つの施設でこうしたケースが確認されているということです。
このうち札幌市の老健施設ではこれまでに高齢者と職員合わせて88人が感染し、15人が亡くなりました。(5月21日現在)。入院の調整を行う札幌市保健所が施設での療養を求めた理由としてあげたのは、介護が必要な高齢者を受け入れてくれる病院が少ないということです。環境が変わることで高齢者の心身の状態が悪化することも懸念したといいます。いま、施設の2階には感染者、1階には感染していない高齢者が暮らしています。感染の拡大を防ぐため生活空間や対応にあたる職員を分けているといいます。しかし、職員にも感染が相次ぎ、ほかの地域から応援の職員を入れてもその数は十分ではなく、感染症への対応も不慣れな中、感染が広がる結果となってしまったと見られています。この施設に限らず、感染が広がった施設はどこも慢性的な人手不足で限界を迎えつつあります。本来、感染者と接触した職員は「濃厚接触者」として2週間の自宅待機をしなければなりません。ですが、関東の施設ではそうすると現場が回らなくなってしまうため、保健所と相談したうえで、働いてもらわざるを得なかったといいます。
感染の事実が周囲に知られ、現場を追いつめる事態も次々と起きています。清掃業者が入らなくなり、職員が掃除まで担わざるを得なくなった。子どもが保育園の受け入れを断られた。家族が職場から自宅待機を強いられた。こうした理不尽な差別や偏見にさらされる中、職員の使命感や善意を頼りになんとか高齢者の命をつないでいる、そんな状況だといえます。
施設任せにするのではなく介護が必要な高齢者が感染しても入院できるよう、まずは病院での受け入れ体制の整備を急ぐ、やむを得ず施設での療養を続けるのであれば応援の職員を派遣する。自治体にはこうした対策を急いでもらいたいと思います。
(介護保険制度20年の“ツケ”)
合わせて、欠かせないのが人手不足への対応です。国は、4月に成立した補正予算で、介護現場の最前線で働く職員にいわば「危険手当」が支給された際の助成を始めました。しかし現場ではまだよく知られていません。国と自治体は周知を徹底してほしいと思います。さらに長期的な視点にたった対策も必要です。感染の可能性がある濃厚接触者に働いてもらわなければ現場がまわらない。こうした事態を何とかしなければなりません。ことしは介護保険制度がスタートしてから20年になります。この間、再三、人手不足の問題は指摘されてきましたが有効な手立ては打てないまま。今回、その“ツケ”がまわってきているともいえます。今後人手不足はますます深刻になり、2025年にはさらに55万人の介護職員が必要だと言われていますが、どうやって確保していくのか。頼みにしていた外国人も世界的な感染の広がりで、日本に来ることさえ難しくなっています。ほかの産業よりも賃金が低いため介護現場には処遇の改善を求める声が根強くあります。10年ほど前から月額の平均で6万円近く賃金を改善。去年の消費増税でもベテランの介護福祉士について月額平均8万円相当にあたる処遇の改善を図りました。ここから他の職員にも分配されています。こうした効果が十分なのか検証した上で、さらに処遇を改善するのか、その場合、財源はどうするのか、議論を急がなければなりません。
(どうする第2波への備え)
賃金だけでなく、介護のあり方そのものを変え働きやすい環境を作っていく必要があります。感染の第2波に備え、あらゆる生活の場面でコロナと共存するための「新しい生活様式」が模索されています。介護の現場も例外ではありません。そのカギのひとつが情報通信技術の導入です。例えばセンサーを使って高齢者を見守り、職員のスマートフォンに異変を知らせる。頻繁に見守る必要がなくなり、高齢者と職員の接触も少なくできます。リフトを使って入浴の支援を行えば、より少ない人手での介護につながります。感染拡大を防ぐため家族との面会の制限がこれからも想定される中、次善の策として端末を通じて顔を見て話す機会を設けることも必要でしょう。新たな技術の導入がとりわけ遅れている介護現場にこうした手立てを広げていくため国はさらに後押しをしてほしいと思います。
人手不足が深刻な介護の現場は感染症に対して脆弱だということが今回改めて突き付けられました。新型コロナウイルスの問題をきっかけに「新しい介護様式」ともいえるものをつくる。そのことが、働く人を守り、高齢者を守ることにつながると強調しておきたいと思います。
(堀家 春野 解説委員)
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