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業績悪化 大企業に求められることは?

今井 純子  解説委員

大企業の決算発表が本格化しています。日本経済をけん引してきた大企業ですが、新型コロナウイルスの感染拡大で、一転して、業績は大幅に悪化。「リーマンショックよりインパクトが大きい」という打撃から、なんとか事業を守ろうという取り組みに追われています。ウイルスとの闘いが長期化するとみられる中、大企業は、日本経済を支えるために、何が求められるのか。この問題について考えてみたいと思います。

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【厳しい決算内容】
(異例づくめの決算発表)
大企業の決算発表。今年は、異例づくめとなっています。
会計担当者が在宅勤務になったことや海外の子会社が厳しい外出制限で休業した影響で、日程を延期する企業が相次ぎ、発表の際も、感染拡大を防ぐため、オンラインで会見する経営者の姿が目立ちます。そして、肝心の中身。これまでに発表があった企業をみると、

(厳しい決算)
トヨタ自動車は昨年度、最終利益は増益を保ちましたが、本業の儲けを示す営業利益は1%の減益。さらに、今年度は、営業利益がさらにおよそ80%減る見通しです。
その他も、日本経済を引っ張ってきた製造業。そして、デーパート大手や航空・鉄道などの非製造業でも厳しい決算が相次いでいます。

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(上場企業のまとめ)
最終利益の推移です。昨年度については、きのうまで発表があった企業のまとめで、およそ20%の減益。特に、感染が世界的に広がり始めた1月以降は、80%近い大幅な減益と、落ち込んでいます。

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(背景と今年度の見通し)
新型コロナウイルスの感染拡大で、世界、そして国内で外出や移動が制限。工場や店が閉まり、消費が落ち込んだことから、幅広い業種で、深刻な影響が広がっています。「リーマンショックよりもインパクトがはるかに大きい」「グループ発足以来最大の危機」。経営者の口からは、影響の厳しさを示す言葉が相次いでいます。先が見えない中、多くの企業が今年度の業績見通しを示すこともできない事態となっています。

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【企業の緊急対応】
こうした中、大企業の中からは、緊急対応として、資金調達で事業を守り、雇用を維持しようという姿が見えています。

(資金調達)
まず資金調達。リーマンショックの時に資金繰りにあえいだ経験から、多くの大企業は、その後、利益を内部に積み上げてきました。企業が全体で抱える現金・預金は、去年12月の時点で、過去最高水準の267兆円と、リーマンショック前の1.5倍。その上、多くの企業が、事態の長期化に備えて、銀行からおカネを借りたり、いざという時に借りられる「融資枠」を設定したりするなど、もう一段の手元資金の確保に力を入れています。日銀も、社債や国債の買い入れ枠を増やすなど、企業の資金繰りを支援する対策を次々打ち出しています。

(雇用の維持)
そして雇用。リーマンショックの時に派遣切りが社会問題になった大企業の間でも、今回は、とりあえずの手元資金と、リーマンショック後に鍛えて筋肉質になったとする体力とを頼みに、社員を一時的に休ませる「一時帰休」に踏み切りながらも、休業手当を出し、なんとか雇用を守ろうという姿勢がみられます。自動車業界では、取引先の中小企業の資金繰り、そして雇用を支援しようと、ファンドを立ち上げる動きもでています。また、居酒屋大手のワタミが、店を閉めていることで働く場がなくなった社員を、人手が不足しているスーパーに短期的に出向させて、一時的にそこで働いてもらうことを決めるなど、雇用を守ろうという動きは、非製造業でも出ています。トヨタ自動車の豊田社長も「簡単ではないが、技術と人材をなんとしても守り抜く」と強調しています。そもそも感染が広がる前は、多くの企業が人手不足にあえいでいました。そうしたこともあり、事態の終息後を見据えて、雇用を守ろうという動きが広がっているとみられます。

(ぎりぎりまで雇用の維持を!)
こうした取り組みもあり、3月の失業率は2.5%。前の月より0.1ポイント悪化しましたが、ぎりぎり低い水準を維持しています。それでも今の事態が長引くと、大企業でも体力が尽き、雇い止めや希望退職を募る動きが広がるのではないか。年内には失業率が、リーマンショックを超えて6%台後半まで悪化する心配があるのではないか。という試算もでています。

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大企業は、ここ数年、高い利益をあげても、いざという時に備える必要があるとして、手元の資金を増やし、賃金の引き上げを抑制してきました。それだけに、今回、ぎりぎりまで、非正規社員を含め、また、取引先の中小企業の資金繰りにも目を配り、雇用の維持に力を尽くす義務があるはずです。そして、国も、休業手当の一部を補助する雇用調整助成金の制度を拡充したり、必要な場合は資金繰りの追加の対策をとるなど、柔軟に支援策を打ち出すことが欠かせないと思います。

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【見えてきた新しいキーワード】
このように、多くの企業が、まず事業を守る取り組みを進めてきたこの間。ビジネスの新しいキーワードも、いくつか見えてきています。例えば、
▼ 在宅、あるいは遠く離れたところから事務・設計・開発などの仕事や会議をする「テレワーク」。
▼ 人工呼吸器やマスク、防護服、医薬品など「医療・衛生」用品の国産化。
▼ 手をかざすだけでエレベーターを動かしたりドアの開け閉めができたりする「タッチレス化」。
▼ 客と直接やりとりしながらの「オンラインでの販売や営業」といったキーワードです。

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【先を見据えた新たな取り組みも】
そして一部の企業の中からは、守りを固めるだけでなく、事態の長期化、そしてこの先を見据え、今できることで、競争力の強化をはかろうという取り組みも出てきています。その一例。
(人材力の強化~日本航空)
▼ まずは、人材力の強化です。日本航空は、路線の減便、休止が相次ぎ、多くのパイロットや客室乗務員、さらに、空港で航空機の誘導などを行うグループ会社のスタッフなどが在宅勤務となっています。厳しい事態ですが、会社は、これを、これまで多忙でできなかった研修を実施するチャンスと前向きに捉え、連日オンラインで、安全技術やサービス力、さらに語学などの研修に取り組んでいます。危機管理力やサービス力を磨くことで、自動化やグローバル化が進むこれからの時代に欠かせない「人ならではの競争力」の底上げを図ろうという狙いです。

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(設備投資の強化~日本電産)
▼ さらに、設備投資の強化に取り組む企業もあります。モーター大手「日本電産」の永守会長は、世界的な需要の落ち込みで、生産用の設備や資材の価格が下がっている今こそ、設備投資のチャンスと強調。今回、入手が困難になった部品があったことを踏まえ、世界の生産拠点で自ら部品をつくる内製化を進めるほか、テレワークや販売・営業のオンライン化などの広がりを見据え、データセンター向けの精密小型モーターなどへの設備投資に力を入れる考えを示しました。危機の時こそ、浮かび上がった課題の改善=サプライチェーンの見直しに取り組むとともに、伸びる事業を強化する。この先の競争力を高めるチャンスだという考えです。

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【まとめ】
今、経済活動の再開を模索する動きが、国内でも、海外でも始まっています。しかし、新型コロナウイルスとの闘いは、感染の拡大・縮小を繰り返しながら、長期的に続くとみられます。まずは、在宅勤務を基本に。そして在宅ではできない工場や事務所での仕事についても、自動化を進めたり、社員の間隔をとりカーテンで仕切ったりするなど、新たな働き方を確立することが第一です。そのうえで、日本経済と雇用を支えるためにも、新たな日常を見据えて、ビジネスを切り開くこと。そのために、今だからできる競争力の強化に取り組むこと。それが、今、大企業の経営者に、求められているのではないかと思います。

(今井 純子 解説委員) 


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