NHK 解説委員室

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新型コロナウイルス 医療現場の苦悩

堀家 春野  解説委員

5月6日までの緊急事態宣言が延長される見通しです。医療の専門家や全国の知事からは「感染者の減少が十分とはいえない」として延長を求める声が上がっていました。背景にあるのが依然、深刻な医療現場の現状です。

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(解説のポイント)

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解説のポイントです。医療の現場では、重症、中等症、軽症と症状によって受け入れの施設が異なります。感染者が最も多い東京のそれぞれの現場で見えてきた課題と求められる対策について考えます。まずは、中等症の患者を受け入れる一般の医療機関の現状についてです。

(3週間後の平成立石病院)
東京・葛飾区の平成立石病院です。緊急事態宣言が出された3週間前に取材した際には、受け入れの病床は7床でしたが、19床まで広げました。ひっきりなしだった患者の受け入れ要請は落ち着いてきましたが、ほぼ満床の状態が続いています。マスクや医療用のガウンなどの不足は変わっていません。マスクを複数回使うなど何とかやりくりをしているといいます。

(課題①“疑い患者”への対応)

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医療資材の不足に加え、病院はいま2つの課題を挙げています。1つは新型コロナウイルスへの感染が疑われるもののまだ診断がついていない患者への対応です。検査で陽性になっていれば患者同士同じ部屋でも構いませんが、疑い患者の場合は感染を広げないため個室が必要になります。この個室がひっ迫しています。最近、救急車で搬送されても受け入れ先がなかなか見つからないというケースが相次いでいます。背景には“疑い患者”ならではの難しさがあるのです。この病院も先日、救急から45の病院に断られた患者の受け入れを打診されましたが、個室が空いておらず断らざるを得ませんでした。では、どうすればいいのでしょうか。

(検査の拡充を)

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救急搬送に頼らなくても迅速に検査、治療が受けられるようにしなければなりません。
私たちが感染したかもしれないと思ったとき、まず各地の保健所が設置した帰国者・接触者相談センターに電話をして、そこから専門の外来を紹介してもらい検査をするという流れになっています。

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ですが、そもそも電話がつながらない、外来もほかの診療をしながらの検査ですので調整に時間がかかります。これまで保健所任せにしていたしくみが感染者の増加に追い付かなくなっているのです。保健所の数はこの20年余りの間に半数近く減りました。カバーする地域が広がり、迅速な対応が難しいという根本的な問題もありました。そこでようやく検査にもう1つのルートをつくることになったのです。

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かかりつけ医や地域の診療所に電話をして、必要があると判断されれば地域のPCRセンターで検体を採って民間の検査会社に出すというしくみです。センターでは地域の開業医が交代で対応にあたります。感染者が最も多い東京都医師会が先行して行っていて、ドライブスルー方式をとるところも出てきています。このしくみを広げるには検体を採取する際の感染を防ぐための研修を行った上で、できるだけ多くの開業医に関わってもらうこと。そして国は検査に必要な試薬などの資材や財政面での支援を行わなければなりません。

(課題② 重症者の増加)

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中等症の患者を受け入れる平成立石病院があげるもう1つの課題。それは、重症者の増加です。感染者の母数が増えているので、重症者も多くなっているというわけです。重症化したケースはより設備や人員が整ったこちらの指定医療機関に診てもらわなければなりませんが、転院がなかなかうまくいかないケースもあるといいます。全国の指定医療機関の病床は1800。すでにこちらもパンクしているからです。

(重症者受け入れの大学病院は)
いま、国が役割を担うよう求めているのが大学病院です。大学病院はがんや難病など高度な先進医療を担う施設で、新型コロナウイルスの治療との両立は難しいとしてこれまで積極的に診療に関わってこないところも少なくありませんでした。それでも受け入れは徐々に増え、緊急事態宣言が出された3週間前に比べ3倍以上になっています。受け入れの増加に伴い、課題も見えてきました。

東京医科歯科大学医学部附属病院では、31人の患者を受け入れています。(4月30日現在)。ほかの病気で治療を受けていた患者を別のフロアに移し、ICUを新型コロナウイルス専用の病棟にしました。一般の救急の受け入れや緊急性のない手術は中止。手術が無くなった医師はICUの掃除を担っています。新型コロナウイルスの患者を受け入れているため清掃業者を見つけるのが難しいといった理由もあるといいます。

(院内感染への備えと赤字)

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この病院は本来、高度な三次救急を担ういわば最後の砦です。救急の受け入れを中止してまで新型コロナウイルスの治療に舵を切ったのはこのままでは医療が崩壊してしまうという強い危機感からだといいます。ほかにも救急を受け入れる病院がある東京ならではの事情もありました。しかし、熱意だけでは解決できない課題もあります。まず、院内感染への備えです。新型コロナウイルスは症状がない人からも感染するおそれがあると指摘されています。ほかの病院では別の治療で病院を訪れた患者が実は感染していて、院内で感染を広げた「紛れ込み事例」も報告されています。これを防ぐため、この病院では新たな入院患者や手術を受ける患者に対してPCR検査を行うことにしました。合わせて新型コロナウイルスの患者に接する職員に対しても定期的に検査を実施しています。院内感染を防ぐためのこうした検査の費用はすべて病院負担です。症状が無い患者への公的保険の適用は認められていないからです。加えてほかの診療の中止で、ひと月に見込まれる赤字は12億円に上るといいます。病院には感染のリスクを考え自宅に帰らずホテルに泊まっている職員や、子どもの保育を拒否され勤務できなくなった職員もいます。国は、院内感染を防ぐため必要なPCR検査に公的保険を適用するなど柔軟な対応が必要です。そして医療スタッフや家族に対するいわれなき差別を無くさなければ医療崩壊が現実のものとなってしまう、このことを強調しておきたいと思います。

(宿泊施設の課題は)

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医療機関とともに重要性が増しているのが軽症者を受け入れるホテルなどの宿泊施設です。全国に先駆けてこうしたしくみを導入した東京都では191人を受け入れています。(4月30日現在)。ここでは医師や看護師が1日3回、体調の変化を聞き取っています。最も注意しなければならないのが容体の急変です。実際、病院に搬送されたケースもあるといいます。今後、全国で受け入れ人数の増加も想定される中、対応にあたる医師や看護師などの人材の確保を急ぐこと。そして、スマートフォンのアプリやオンラインで体調を確認するなど、新たなしくみを活用する、容体が急変した際の入院先もあらかじめ準備するなど先を見据えた対策が必要です。
新型コロナウイルスの感染はいったん収まったように見えても感染の波が繰り返し押し寄せてくる。専門家はこう指摘します。医療現場で必要な支援についてたずねると、「多くの人が家にいること」、「がまんをしてくれることがエールになる」こうした答えが返ってきます。医療崩壊を防ぐためにもわたしたちは気を緩めるわけにはいきません。

(堀家 春野 解説委員)


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