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「検査・治療・追跡 韓国の新型コロナ対策」(時論公論)

出石 直  解説委員

新型コロナウイルスへの韓国政府の対応が世界の関心を集めています。

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トランプ大統領の要請を受けて韓国政府はおよそ60万人分の検査キットをアメリカに提供することになりました。新たに感染が確認された人の数も今週に入ってからは1日に10人前後に留まっています。
もちろん日本との単純な比較はできません。韓国の人口は日本のおよそ4割、面積は4分の1程度です。
ただ、感染者や亡くなった人の数、感染者に占める死者の割合などは似通っていますし、両国とも都市封鎖や外出禁止命令は行っていないという共通点もあります。

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韓国の感染防止策、私達にとっても参考になる点があるのではないでしょうか。

【3つの特徴】
韓国の感染防止策には3つの大きな特徴があります。
(1) 大量の検査を可能にした事前の備えと迅速な対応
(2) 病院の負担と感染リスクを最小限に抑えるための治療態勢
(3) スマートフォンのアプリなどIT技術による感染経路の追跡

順に見ていきます。

【迅速な対応と大量検査】
こちらは新たに感染が確認された人の数を1日ごとに示したものです。

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2月中旬、南東部のテグにある宗教団体で集団感染が発覚、韓国政府は警戒レベルを最高レベルに引き上げ政府対策本部を設置します。
政権ナンバー2のチョン・セギュン首相が現地に出向き陣頭指揮に当たりました。
2月下旬には1日の感染者が900人を超えました。

しかしこれをピークに新たな感染者は徐々に減っていき、今週に入ってからは1日に10人前後に留まっています。今回の大規模な感染は概ね2か月程度で収束の方向に向かっているように見えます。
PCR検査の立ち上がりも迅速でした。感染者の総数がまだ20人にも達していなかった2月初旬、韓国政府は民間の検査会社が開発したPCR検査用の試薬を承認、かなり初期の段階からPCR検査が始まりました。採取された検体を検査する機関も民間もあわせて118か所に増え、2月上旬に1日3000件程度だった検査能力は3月中旬には1万8000件にまで引き上げられました。これまでに行われたPCR検査の総数は60万件近くに達しています。
検体の採取は、71か所のドライブスルー方式の検査所など合わせて600あまりの施設で行われています。ドライブスルー方式は、短時間で安全に検体を採取できるとして各国で採用され日本でも取り入れる自治体が出てきています。

こうした大量の検査を可能にしたのは、過去の苦い経験によるものでした。
韓国は2015年に今回とは別の種類のコロナウイルスMERSの流行を経験しています。1万7000人近くが隔離の対象となり38人が命を落としました。
これを教訓に韓国政府は感染症対策を大幅に強化しました。疾病対策予防センターが中心になって体制を整え新たな感染症に備えていたのです。

【治療態勢】
次に治療態勢を見ていきます。大量の検査をすれば感染者も増えます。医療崩壊を防ぐために、韓国では症状に応じた患者の振り分けと隔離が行なわれました。重篤、重症、中程度の患者は感染症指定病院や政府が指定する「専用の入院治療施設」へ、軽症者は原則自宅ではなく政府の研修施設などに設置された「生活治療センター」に隔離されます。「生活治療センター」では常駐する医療スタッフが経過を観察、症状が悪化すれば専用の病院へ移されます。

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「国民安心病院」は、一般の患者が呼吸器系の症状のある患者と接触しないための医療施設です。呼吸器系の患者をみるスペースが完全に分離された350の病院が「国民安心病院」に指定されています。これもMERSが流行した際に取り入れられた試みです。テグの宗教団体で集団感染が発生した際には、特定の地域の病院に患者が集中する混乱も見られましたが、感染が疑われる患者を一般の患者から遠ざけることで、病院の負担と感染リスクを最小限に抑えることができたとしています。

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これは人口1000人当たりのPCR検査数の推移を示したものです。韓国はかなり初期の段階から大量の検査を行っていたことがわかります。それにも関わらず医療崩壊を免れることができたのは、こうした感染リスクを最小限に抑えるための治療態勢が功を奏したためと見られています。

【IT技術による追跡】
最後にIT技術による感染経路の追跡について見ていきます。
これについては、多くの問題点も孕んでいることをまず始めに指摘しておきたいと思います。

海外から韓国に入国した際、入国管理事務所でインストールを求められる「自己診断アプリ」です。パスポート番号や滞在していた国などを登録し、入国から14日間、1日1回、体温のほか、咳、のどの痛み、呼吸困難の有無を入力します。データは疾病対策予防センターなどに送られ、入力を怠ると3日目には電話で警告、4日目には警察に通報される仕組みになっています。

さらに徹底した感染経路の追跡も行われています。クレジットカードの利用履歴や防犯カメラの記録、スマートフォンのGPS機能などを使って、感染者の行動履歴を遡って追跡し、匿名でホームページ上に公開しているのです。

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例えばこの人の場合、午後3時20分からカンナム地区にあるデパートを訪れ、その後、薬局に立ち寄って、夜はコーヒーショップで過ごしていたことがわかります。
こうした追跡によって、感染経路が特定できていない感染者の割合は10%程度、直近の2週間では4%以下に留まっています。

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こうした追跡は、MERSが流行した2015年の12月に改正された感染症対策法に定められています。「感染症の予防、あるいは感染の拡大を抑止する必要がある場合、保健福祉相または疾病対策予防センター長は、感染者や感染が疑われる人の個人情報の提供を通信会社などの関係機関に要請することができる」としています。

韓国政府では、データの収集は感染経路の追跡にのみ使用し、アクセスできる人を限定するとともにハッキング対策などプライバシー保護を徹底しているとしています。
しかし目的が正しければそれで良いというものではありません。判断のきわめて難しい問題だと考えます。

【まとめ】
ここまで「検査・治療・追跡」を徹底した韓国の対策について見てきました。感染拡大への対応は国によってその対処方針や医療体制も異なりますから単純な比較はできません。新型コロナウイルスの感染拡大はまだ続いています。どのような対策が正しかったのかの評価は、感染が完全に終息した後で科学的なデータに基づいて慎重に行われるべきでしょう。
最後に日本と韓国の1日ごとの感染者の推移を見てみたいと思います。

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概ね2か月程度で大規模な感染は収束の方向に向かっているように見える韓国。
そこから、参考にできるものがあれば積極的に取り入れ、日本にとってもっともふさわしい感染防止策を徹底していく。それによって一日も早く収束の方向が見えてくることを切に望みたいと思います。

(出石 直 解説委員)

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