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新型コロナウイルス 危機のアメリカ

髙橋 祐介  解説委員

世界で猛威をふるう新型コロナウイルス。いま感染拡大の真只中にあるのがアメリカです。トランプ大統領が国家非常事態を宣言して1か月あまり。今回の危機は、なぜここまで拡大し、今後どのような影響をもたらすかを考えてみます。

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ポイントは3つ。▼アメリカ国内の感染の現状。▼外出制限を解除するタイミング。▼そしてトランプ大統領がWHO=世界保健機関への資金拠出を一時的に停止する考えを明らかにした背景を探ります。

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まず感染の現状からです。ジョンズ・ホプキンス大学のまとめによりますと、これまでにアメリカ国内で確認された感染者は609,685人。亡くなった人は26,059人。いずれも世界の国・地域別で最も多くなっています。

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感染の分布を全米50の州ごとに地図で色分けするとこうなります。赤色が濃い州ほど感染者が多いことを示しています。
状況が最も深刻なのは、感染者が爆発的に増えて20万人を超えた東部ニューヨーク州。また、中西部ミシガン州のデトロイト、イリノイ州のシカゴ、南部ルイジアナ州のニューオーリンズといった都市部では、低所得層や人種別ではアフリカ系住民に感染が集中し、アメリカの“格差社会”を直撃しています。
すでに42の州と首都ワシントンには地元当局によって外出を制限する措置が出されています。その一方で、トランプ大統領は「感染者が増加するペースが緩やかになりつつある」として、連邦政府として経済活動の再開に向けた指針を近く策定する考えを明らかにしています。

しかし、ニューヨークの現状は予断を許しません。新たに入院する重症の患者数が初めて減少傾向を見せ始めているものの、州内では依然として連日700人以上もの命が失われています。(14日現在 感染者203,377人 死者10,834人)

ニューヨーク州のクオモ知事は、「経済活動の再開が早すぎると思わぬ影響が出る」として、トランプ大統領がまとめる指針の如何にかかわらず、外出制限を解除するタイミングは、近隣の州知事らと協議して、慎重に判断する考えを示しました。

クオモ知事の発言「いま最悪なのは政治的な党派争いを始めることだ/最良だったのはここまで44日間を皆で協力してきたことだった」

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アメリカの感染症対策は、連邦政府とは別にそれぞれの州に強い権限があるのが特徴です。東西両岸で並び称されることが多いニューヨークとカリフォルニアを比較してみましょう。

カリフォルニア州の人口は全米で最も多く、ニューヨーク州のおよそ2倍ありますが、これまでに確認された感染者はニューヨーク州のおよそ8分の1にとどまっています。
実は当初、感染拡大が心配されたのは、アメリカ国内で初めて感染経路のわからない患者が確認されたカリフォルニアの方でした。しかし、州政府が外出制限を課したのは、カリフォルニアが先月19日、ニューヨークがその3日後の先月22日。この僅かな初動の遅れが影響したという見方があるのです。
“車社会”のカリフォルニアに対し、ニューヨークはヒトが密集しやすい地下鉄など、公共交通機関が頼りという違いも指摘されています。
カリフォルニアは、アジアと密接なつながりがあり、中国・武漢での感染爆発を受けて、2月初旬以降、中国から入国が規制されたのに対し、ニューヨークは、密接なつながりがあるヨーロッパからの入国停止が先月半ばからだった影響もあるでしょう。

ただ、州内の自治体が感染拡大のリスクをどこまで深刻にとらえていたかも見逃せません。現に、サンフランシスコ市は、中国・武漢の惨状を“対岸の火事”とはせず、1月中から対応策の準備に入り、専門家から助言も受けて、まだ感染者が1人も確認されていなかった2月の段階で独自に“緊急事態”を宣言。その後、ベイエリア周辺に不要不急の外出制限をいち早く課しました。在宅勤務がしやすいIT企業が多いという特殊事情はあるにせよ、当初は不便な生活に市民から批判も浴びたと言いますが、ニューヨーク市が、学校の休校や公共施設の閉鎖に最後まで消極的だったのに比べて、対照的な結果となりました。
外出制限は、地域の実情を考慮した事前の周到な準備と、当局者の速やかな判断が効果に格段の違いを生むのです。

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では、トランプ大統領の対応はどう評価されているでしょうか?こちらは大統領の新型コロナウイルス対策を支持するかどうか?世論調査の平均値をグラフにしたものです。
国家非常事態を宣言した先月13日以降、緑色の支持が上昇して赤色の不支持を上まわり、先月27日、史上最大の2兆ドル規模の経済対策法に署名した日にピークに達しています。

アメリカには国家が危機に瀕した際、大統領の支持率がしばしば上昇する傾向があり、Rally Effect=(旗のもとに)結集する効果と呼ばれます。ところが、そうした効果は今月に入って剥がれ落ちてきたようにも見えます。
感染拡大の深刻化に伴って、“トランプ大統領は、当初は株価ばかりに気を取られ、専門家の意見を聞かず、楽観的な言動をくり返したことが対応の遅れを招いたのではないか”そうした批判や不信の声が、野党・民主党支持層を中心に高まってきたからです。

そんなタイミングでトランプ大統領が矛先を向けたのが、WHO=世界保健機関でした。中国・武漢からの情報でヒトからヒトへの感染を疑うべき情報があったにもかかわらず、WHOは調査を行わず、基本的な義務を怠ったなどとして、資金拠出を一時的に停止する考えを明らかにしたのです。

WHOは、中国への配慮から台湾のオブザーバー参加も認めないなど、「公衆衛生よりも政治的な利害を優先している」とする批判が、かねてからアメリカの保守層にはありました。ただ、大統領自身にも、秋の大統領選挙をにらんで、自らの政治的な利害を優先しようとする思わくがうかがえます。

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再選を目指すトランプ大統領と、民主党の大統領候補として指名獲得を確実にしたバイデン氏のどちらを支持するか?いま世論調査の平均値はバイデン氏が一歩リードしているからです。

バイデン氏は“アメリカを安全に再開するための私のプラン”と題して、▼感染者数の増大を抑えて▼検査態勢を拡充し▼医療態勢も強化する、3つを柱とする提言を出しました。自分が大統領になったら、科学に基づく専門家の意見に真摯に耳を傾けて、尊重すると言うのです。

これに対して、トランプ大統領は、感染抑止の対策はそれぞれの州に任せても、アメリカ経済の復興は、あくまでも自分が主導権を握ると主張します。感染抑止と経済は表裏一体の関係にありますが、対応が遅れた責任は各州にあり、経済復興は自分の成果にしようというかたちです。
WHOに対する資金拠出の一時的な停止にも、自らへの批判をかわすため、いわば責任転嫁の印象が拭えません。国際機関を舞台に影響力の拡大をはかる中国をけん制する狙いも見え隠れしています。
国境を越えた感染症との戦いには国際協調が欠かせません。しかし、大統領が目指すのは、あくまでも“アメリカファースト”なのでしょう。

アメリカは、保健衛生の分野で、研究レベルも資金も情報も、世界で群を抜いた能力を持っています。そうした強大な力をこの新型コロナウイルスの危機にどこまで活かせるか?足りないのは政治指導者の確固たる意思だけなのかも知れません。トランプ大統領には、リーダーに課せられた責務を果たしてもらいたいと思います。

(髙橋 祐介 解説委員)


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