NHK 解説委員室

これまでの解説記事

新型コロナウイルス 緊急経済対策 狙いと課題

神子田 章博  解説委員

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて政府がまとめた緊急経済対策。東京など7都府県に「緊急事態宣言」が行われ、経済の状況が一段と厳しくなる中、GDP国内総生産の二割に相当する事業規模をもつ巨額の経済対策は、何を狙い、どのような課題を残したのか。この問題について考えます。

j200408_1.jpg

解説のポイントは三つです。

1)“緊急支援”はスピード重視で

2)“V字回復”事態の長期化が阻むか

3)感染防止と経済 両立を図るには

二段階に分かれる今回の対策。第一段階は、収入を失い日々の生活に困っている人たちや、苦境に陥った中小企業を支えるための緊急支援です。具体的にみていきます。

j200408_2.jpg

まず、世帯主の収入が大幅に減って住民税が非課税の対象となるなどの一定の水準まで落ち込んだ場合、一世帯あたり30万円を給付する制度が新たに設けられることになりました。およそ1300万世帯が対象となり給付は自己申告に基づいて行われますが、いまの生活を乗り切るのも困難という人の手に、すみやかにお金が渡るよう、申請の手続きや必要な書類を簡略化するなど、何よりもスピードが求められています。

さらに雇用を守るため、一人の従業員も解雇しない企業に対し、従業員への休業手当を補助する比率を、大企業の場合は、2分の1から4分の3に、中小企業の場合は3分の2から10分の9まで引き上げます。こうした補助の対象は非正規雇用の労働者にも広げられることになりました。

また今回の対策には、中小企業の事業の継続を支援するための新たな対策も盛り込まれました。

j200408_3.jpg

政府は、先月、苦境に陥った中小企業に政府系の金融機関が無利子で融資をする支援策を始めましたが、窓口には申し込みが殺到し、なかなか融資を受けられないという不満の声が強まっています。このため、民間の金融機関の融資にも利子分を補助して、実質的に金利をゼロにする措置を新たに導入します。これによって融資の申し込み先が分散し、これまでよりすみやかに融資が受けられることが期待されています。

しかし、借金はいつかは返さなければなりません。当面の間業績の回復が見込めない中で、借金を膨らませたくない経営者、あるいは、銀行から融資を認めてもらえない企業がでてくることも考えられます。そこで今回、収入が前の年に比べて半分以下に落ち込んだ中小企業に最大200万円、フリーランスを含む個人事業主に最大で100万円の給付金を支給する政策も導入されました。さらに、当面の出費を抑えるため、国税や地方税の納付を1年間猶予したり、固定資産税などを減額するなど、収支の悪化を少しでも緩和しようという政策も打ち出されています。

ただ当面の資金繰りは乗り切れても、事態が長引けば、もたなくなる企業も出てきます。さらに自粛を要請した企業に政府が経済的な補償をするべきだという声も根強く、いずれさらなる対策が必要になるという声が早くもあがっています。

2)V字回復事態の長期化が阻むか

次に、対策の第二段階。感染拡大収束した後に経済をV字回復させるための政策についてです。

j200408_4.jpg

j200408_5.jpg

対策には、打撃が大きかった観光関連やイベント関連の業界向けに、旅行の代金を半額補助したり、土産の購入や飲食、チケット購入に使える割引クーポンを発行することなどが盛り込まれました。通常であれば、ただちに実施して経済を支えたいところですが、人々の活動を活発化させれば感染拡大の防止に逆行するため、今はできません。それでも、中小企業の経営者からは、たとえさきの話だとしても、トンネルのむこうに明かりが見えれば、まだ頑張れるという声も聞こえてきます。ただ問題はトンネルがどれだけ長いものになるかわからないことです。

日本経済の見通しはとても楽観できる状況ではありません。緊急事態宣言を受けて、国内需要は一段と落ち込むことが予想されます。さらに外需=海外への輸出も激しい落ち込みが予想されます。

j200408_6.jpg

世界最大の経済大国アメリカでは、感染拡大を食い止めるために思い切った措置をとったおかげで、先月の農業以外の就業者の数が前の月より70万人あまりも減少。今後失業率が15%に達するという見方も出ており、消費の冷え込みが続きそうです。中国では、新たな感染者が減る中で経済活動が徐々に回復してきていますが、人の往来に制約が残るなど本格的な正常化はいまだ遠い状況です。こうした中で、米中を大きな市場としてもつ日本の輸出の落ち込みが懸念されます。実際に、自動車産業では、すべてのメーカーが一時的な生産停止を余儀なくされ、自動車工場に部品を供給する中小企業の経営にも影響が及んでいます。このように内需も外需も総崩れとなる中で、トンネルは長く、闇も深いものとなりそうです。

また、将来の経済のV字回復は、感染拡大の収束に時間がかかれば、それだけ難しくなります。

j200408_7.jpg

企業業績の悪化が長引けば、最悪の場合経営破たんに追い込まれ失業者が増えることが懸念されます。そうなれば、将来の復活が期待されるインバウンドの受け皿となる宿泊や飲食などV字回復のために必要な基盤となる企業や人材を失うことになります。さらに企業が経営破たんすれば、その企業に融資をしていた金融機関の不良債権も膨らんで、貸し渋り、つまり企業への融資に消極的になる。そうなれば、企業の資金繰りが一層苦しくなって倒産してしまうという悪循環に陥りかねません。V字回復を可能にする最大の対策は、やはり感染拡大の早期収束ということになります。

3)感染防止と経済 両立を図るには

では、感染拡大が収束するまでの間、経済活動はどう維持していけばよいでしょう。ここからは、この問題を考えてゆきたいと思います。

j200408_8.jpg

新型コロナウイルスの感染状況は地域ごとに異なっています。緊急事態宣言の対象となった都府県では、業態や施設を指定して休業を要請するところもあるなど、経済活動が厳しく抑制されます。その一方で、政府の専門家会議は、イベントや集会などの実施の是非は地域の感染拡大の実情に応じて判断するよう求めています。こうした中、日本商工会議所は、感染が収まったり確認されていない地域では、リスクの低い活動から再開し、経済活動の正常化をめざすべきだと提言しています。その上で、どういう条件であればイベントを開けるのかなど主催者側が判断しやすいよう地域ごとのきめ細かなガイドラインを設けるよう求めています。感染拡大防止を大前提としながらも、経営への打撃を少しでも和らげたいという悲壮な思いがうかがえます。

j200408_9.jpg

ただ気を付けなければならないのは、経済活動を活発化させれば、感染の拡大がぶりかえすおそれがあるといことです。その結果景気が再び落ち込めば元も子もありません。このため、感染拡大が収まったり確認されていない地域でも、密閉、密集、密接の三密を防ぐことが大前提となります。

例えば飲食店では座席と座席の間に一定の距離をとる、会食の予約は少人数に限る、また屋外のイベント観戦では、一列おきに、また隣とも距離をとって座るようにする、そして入退場時の密集を避けるために、並ぶ人の距離をとったり、時間差をもうける、さらに感染が拡大する地域からイベントに参加することのないようにするなど、科学的な知見にもとづいた厳しいルールを設ける必要があると思います。

ウイルスとの戦いが長期化する中で、感染が収束する日まで、日本経済全体を落ち込ませたままでいるのか。それとも、感染の防止と両立する経済活動の在り方を見いだしていくのか。

決して簡単ではないこの問いの答えを見つけていくことが、長いトンネルの先に希望を見出すための大きなカギとなりそうです。

(神子田 章博 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

神子田 章博  解説委員

こちらもオススメ!