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「東京五輪・パラ 開催延期の波紋」(時論公論)

小澤 正修  解説委員

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が続く中、24日、東京オリンピック・パラリンピックの開催が1年程度延期されることになりました。前例のないオリンピックの延期が決まった背景はなにか、そして今後の課題はなにか、考えます。

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解説のポイントは3つです。

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1、急展開で合意した「1年程度の延期」。
2、延期によるアスリートへの影響。
3、東京大会の再スタートに向けて。

▼急展開「1年程度の延期」に

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東京オリンピック・パラリンピックの開催をめぐり、この1週間で状況が一気に変わりました。世界的な感染拡大を受けて、開催決定権のあるIOC・国際オリンピック委員会のバッハ会長は、国際競技団体や、選手を派遣する各国・地域のオリンピック委員会と相次いで会議を実施。そして今月17日、「まだ4か月ある。抜本的な見直しをする時期ではない」として、予定通り開催する方針を明らかにしました。国内でも安倍総理大臣や大会組織委員会から同じ趣旨の発言が続きましたが、わずか5日後の22日にIOCは開催の延期を検討すると表明し、24日夜、バッハ会長は安倍総理大臣との電話会談で、提案された1年程度の延期について全面的に同意する意向を示し、遅くとも来年夏までに開催することで合意。直後のIOC臨時理事会で了承されました。IOCは、オリンピックがスポーツを通じて若者の育成と交流をはかり、平和の実現を目指す運動として4年に1回行ってきたという理念だけでなく、巨大なスポーツビジネスという側面もあって、「予定通りの開催」を強調してきたと見られますが、この1週間で、態度が大きく変わったのです。

▼延期合意の背景には選手らの反発が
その背景には世界各国の選手や関係者の反発の声がありました。

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予定通り開催の方針を明らかにして以降、ノルウェーとブラジルが開催延期を求める声明を発表。世界陸連のコー会長が「オリンピックを延期することは可能だ」と発言したほか、アメリカの陸上競技連盟や水泳連盟が開催延期を要望するなど、競技団体から、慎重な判断を求める声が相次ぎました。また、選手からは、練習すらできない状況では不公平が生じてしまうと反発の声があがり、リオデジャネイロ大会女子棒高跳びの金メダリスト、ギリシャのステファニディ選手は、「IOCは練習しなければならない私たちや家族の健康を脅かしたいのか。私たちを危険にさらしている」と主張。IOCが延期の検討を明らかにした後も、カナダが選手の派遣を取りやめると発表するなど、開催時期の再考を求める声が収まることはありませんでした。オリンピックを開催したくとも、その主役である選手が不在では、大会を開催することはできません。感染拡大がヨーロッパやアメリカ、そしてアフリカへと広がり、世界各国で外出や渡航の制限が続く中では、「今はオリンピックの開催を考えられる状況ではない」というアスリートたちの共通した思いを、IOCも受け入れざるを得なかったのです。

▼アスリートはどうなる?
ではそのアスリートたちにとって、延期はどう影響するのでしょうか。

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感染拡大の影響で選考会などの中止や延期が相次ぎ、世界でもオリンピックに出場予定のおよそ1万1000人のうち、まだ40%以上が決まっていません。国内でもオリンピック・パラリンピックの55の競技のうち、67%に当たる37の競技で代表選考に影響が出ていました。ウイルスとの戦いは長期化も予想され、選手は、様々な不安を抱えていましたので、オリンピックを1年程度延期するとなったことは、選手の不安をある程度、払拭することにつながったのではないかと思います。

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ただ、アスリートにとって、1年という期間は決して短くはありません。選手の年齢や実績、経験によって違いもありますが、果たして来年まで今の力を維持できるのか。今大会を競技生活の集大成にしたいと考えていたベテラン選手にとっては、大きな影響があると思います。私が話を聞いたオリンピック出場経験のある選手は、「体をもう一度大会にあわせていくことは可能だと思うが、気持ちを再びあげていくのは難しいと思う」と話していました。卓球や空手など少なくとも8つの競技は25日の時点で、すでに代表に内定した選手を変更しない方針を明らかにしましたが、多くの競技では今後の代表選考は決まっておらず、不透明な状況です。4年に1回しかない大会に向けて努力を重ねる選手の姿は、感動を与えてきましたが、選手にとっては、肉体的、精神的に、自らを限界まで追い込んで迎えるはずの大会でした。延期による影響をいかに少なくし、再び来年の大会にピークをもっていくか。選手には、延期を、中止という最悪の事態は避けられたと少しでも前向きにとらえて、再スタートしてもらえたらと思います。

▼団体競技は「チームが変わる」?
ただ、延期によって、団体競技では、チームのあり方を根本的に見直さざるを得ないケースが出てくることが予想されます。

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サッカー男子は、原則23歳以下のメンバーで戦います。この年齢制限が維持された場合、ことし1月のアジア選手権の日本代表23人のうち、ジュビロ磐田の小川航基選手ら3分の1以上にあたる9人が、出場資格を失うことになってしまいます。FIFA・国際サッカー連盟は、ことしの開催を前提に、23歳以下の選手を「1997年1月1日以降に生まれた選手」と規定していますが、その規定を年齢制限にあわせて1年遅らせた1998年に変更するのか、それとも、規定を変えずに前例のない24歳以下の大会とするのか。オリンピック代表の中心を担うはずの選手がそろって出場できなくなる恐れがあるだけに、FIFAの対応が注目されます。また、悲願の金メダル目指してオールプロで臨む野球には、大リーグの各チームで出場登録されている26人の選手は、オリンピックに出場できません。稲葉監督はこの7月開幕に照準をあわせて国際大会に選手を招集するなどチーム編成を行ってきましたが、ことしのオフにフリーエージェントなどを利用して大リーグに移籍する選手が出た場合、代わりの選手の選考を、改めて進めなければなりません。各競技で延期による影響を考慮して戦略を練り直す必要があると思います。

▼東京大会の再スタートに向けて
では具体的に、東京オリンピック・パラリンピックはいつ開催されるのでしょうか。開催には世界的な感染拡大の収束が大前提ですので、当然、その見極めが必要になり、またすでに決まっている来年の各競技の国際大会と、複雑な日程調整を行わなければなりません。

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ただ、24日、世界陸連は来年8月に予定されている世界選手権の日程変更について検討を始めたことを明らかにしました。単独競技として世界最大規模となる世界選手権の日程が変更できれば、ほかの競技団体にも影響を与え、大会期間の再調整を前に進める可能性はあると思います。また、大会運営の仕切り直しには複雑な作業が必要です。競技会場やスポンサーとの調整、新たに増える経費の試算、11万人のボランティアの確保やチケットの払い戻しをどうするかなど、開催決定から7年かけて準備を進めてきた内容を、一気に行わなければならず、開催まではどうしても時間が必要になると思います。今回、スポーツは日常生活が成り立っている前提があるからこそ行えるという、当たり前のことを痛感させられました。その上で、スポーツが社会にどのような価値を与えることができるのか、改めて考えながら、来年の東京大会へ、歩みを進めて欲しいと思います。

(小澤 正修 解説委員)

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