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「新型コロナウイルス どう持ちこたえる日本経済」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

新型コロナウィルスの感染拡大による経済への影響がいっそう深刻化しています。様々なイベントの自粛は消費を落ち込ませ、先行きを悲観した株式市場では、日経平均株価が2万円台を割り込みました。急激な円高が企業の経営にさらなる打撃を与えるおそれもでてきました。
こうした中で政府はきょう、第二段の緊急対応策を決定しました。感染拡大がもたらす経済的な影響をとりわけ状況が深刻な中小企業を中心にみていきます。

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解説のポイントは3つです。

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1)広がる影響で資金繰り難 
2)苦境の企業に様々な目配りを
3)経済対策の難しさ 今すべきこと 

1)広がる影響で資金繰り難

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まず対策の経済に関わる主な内容とその背景についてみていきます。
対策には学校の臨時休校で仕事を休む保護者のために、新たな助成金制度をつくり休業補償を行うことに加え、中小企業の資金繰りを支援するための様々な対策が盛り込まれています。具体的には日本政策金融公庫などを通じて、売り上げが急減している中小・小規模の事業者を対象に、実質的に無利子・無担保の融資を行ったり、売り上げが15%以上減少した中小企業が民間の金融機関から融資を受ける際に、各地の信用保証協会が100%保証する仕組みを初めて適用するなどします。こうした対策の背景には、観光関連を中心に様々な業種で売り上げが激減し、資金難に陥っていることがあります。

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いくつか具体例をみてゆきます。
宿泊業では、京都のホテルから、先月の売り上げが去年の半分、今月の予約は去年の2割にまで落ち込んでいる現状。また北海道のホテルからは、もともと利用客の8割が本州などからの日本人客でしたが、今後の予約がほぼなくなったという苦境が報告されているといいます。海外からの旅行客のみならず外出の自粛で国内旅行客も落ち込んでいることを示しています。
次に飲食業では東京のオフィス街にあるレストランから、感染防止のためにテレワークをしたり、学校が休みとなった子供の面倒をみるため会社に来ない人が増えたため、来店客が激減したという相談が寄せられています。

学校の臨時休校をめぐっては、このほかにも、給食用にパンや牛乳をおさめる企業や、卒業式シーズンにかきいれ時をむかえる生花店や袴のレンタル業者などからも、あてにしていた貴重な収入を失ったという悲痛な声が聞かれます。
さらにイベントの自粛の影響は製造業にも及んでいるといいます。
愛媛県にあるタオルメーカーは、イベントで販売するグッズのタオルを製造していますが、今後はライブなどの自粛で販売が減少しそうだという懸念が寄せられています。
こうした中小企業への影響は時がたつとともに広がっています。

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こちらのグラフは、全国の515の商工会議所の相談窓口に寄せられた相談件数の累計の推移です。政府が、大規模なイベントなどについて中止か延期、または規模を縮小するよう要請した先月26日以降、相談が一段と増えるようになったといいます。
数十人単位の小規模な企業で、短期間のうちに数百万円から一千万円規模にも及ぶ売り上げの減少が起きているケースも聞かれます。苦境に陥ったバス会社が、保有するバスを売って社員の給料を工面するなどギリギリの状況に追い込まれるところもでていると聞きます。
日本政策金融公庫には、新規融資の申し入れや、既存の融資の返済猶予などの相談が、1月末からおとといまでに13000件近くも寄せられています。資金繰り支援には、新型コロナウィルスの感染拡大に苦しむ中小企業の存続とそこで働く人々の雇用の維持がかかっているのです。

2)苦境の企業に様々な目配りを

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次にこうした政府の対策の一方で、民間の金融機関や大手企業にも中小企業の事業の継続が可能となるような様々な目配りが求められています。
これから年度末にかけて、企業の資金需要が増える季節です。金融庁は、金融機関に対して中小企業からの経営相談にきめ細かく応じることや、返済の期限を延ばすとか、融資の条件をゆるやかにして欲しいという要望があった場合には、柔軟に応じるよう要請しました。もちろん民間の金融機関にとって、経営の悪化した企業への融資は慎重な判断が求められます。しかし、宿泊や交通・飲食などいまは一時的に苦境に陥っていても、こうした業種は将来インバウンド需要が復活した際には欠かせない受け皿であり、収益の回復がみこめることも考慮に入れて、長期的な視点から対応してもらいたいと思います。

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さらに中小企業をめぐっては資金繰り以外にも注意しなければならない問題があります。
神奈川県の金属加工を行う中小企業では、新型コロナウィルスの影響で、中国から調達していた部品が手に入らなくなり、納期に間に合わなくなったり、製造コストがあがってしまうことになりました。ところが、取引先の大手企業からは、あくまで納期を守るように、そしてあがった分のコストは自分たちで負担するよう求められたため、監督当局に「下請けいじめ」ではないかと訴えたといいます。もとより下請け事業者の利益は、発注した大手企業が適正なコストを負担するなど、公正な取引を通じて保護されるよう法律で定められています。大手企業による下請けいじめが行われていないかどうか当局が厳しく監視の目を光らせていくことも必要でしょう。

3)経済対策の難しさ 今すべきこと 

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さてここからは、日本経済全体への影響と対策の課題について考えていきたいと思います。
日本経済は、きのう発表された去年10月から12月までの経済成長率の改定値が、年率でマイナス7.1%に下方修正されるなど、ただでさえ弱含みの状況です。そこに新型コロナウィルスが打撃を与え、さらに急激な円高が進んだことで、景気の一段の落ち込みが懸念されています。こうした中政府は下振れリスクに対応しあらゆる適切な政策手段を用いる方針を示しています。ただ今回の問題の対応で難しいのは、人々が感染拡大を防ぐために外へ出歩かないようにしたり、人の集まるところへ行かないように努めている中で、これまでとられてきたような景気対策による効果が疑われていることです。財政出動を通じて消費を刺激しようとしても思ったような効果をあげられないおそれもありますし、企業も感染拡大の収束が見通せない状況のままでは、たとえ金利が下がったとしても、新たな投資に踏み切ることにはならないかもしれません。こう考えると、ただちに日本経済を好転させる対策を打ち出すのは容易ではなさそうです。

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それでも経済が持ちこたえるためにいまやるべきことがあります。
ひとつは、今回打ち出した対策を着実に実施し、とりわけ体力の弱い中小企業が経営破たんに陥るのを防いで雇用を守り、将来への不安を少しでもとりのぞいていくこと。そしてもうひとつは、新型コロナウィルスがもたらす市場の不安定な動きにつけこんで利益を得ようと企てる投機的な取引への対応です。急激な株安や円高が進めば、それがまた消費者や企業経営者の心理を冷え込ませるという悪循環に陥ってしまいます。政府と日銀は強力な市場介入を通じて、相場の行き過ぎた動きを最小限に抑えることが求められています。さらに、今後感染の拡大が長期化することを見据えたより大掛かりな対策についても、いまのうちから検討を進めておく必要があります。

未知の部分の多いウィルスの感染拡大で、この先一体どうなるのかという心配が社会に広がる中、経済面での不安については、過去の経験も生かしながら適切な対策の実行を通じて解消をはかっていく。その着実な実行こそが、国民を励ます強力なメッセージとなるよう期待したいと思います。

(神子田 章博 解説委員)


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