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「開幕まで半年 車いすバスケ除外!? ~浮き彫りになったパラの課題~」(時論公論)

竹内 哲哉  解説委員

パラリンピックの開幕まで半年。大会への準備が進むなか、先月31日、パラリンピックのなかで最も人気のある競技のひとつ、車いすバスケットボールを除外する可能性がある、と国際パラリンピック委員会(IPC)が発表しました。

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なぜ、この時期に警告が出されたのか。実は、この問題にはパラリンピックの根幹を揺るがしかねない課題が潜んでいます。

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解説のポイントです。
① 何を「警告」したのか
② “障害の定義”の難しさ
③ パラリンピック発展に必要なこと です。

<ルール違反が招いた「警告」>
IPCはなぜ国際車いすバスケットボール連盟(IWBF)に警告を出したのでしょうか。一言で言えば、車いすバスケの選手のなかにIPCが定めるパラリンピック出場要件の基準と一致しない選手がいる、つまりIWBFがIPCのルールを守っていないというのが理由です。

<パラリンピックには参加資格がある>
パラリンピックは障害者スポーツの祭典といわれますが、すべての障害者が参加できる訳ではありません。参加資格の基準があります。

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難しい用語が並びますが、1~8は運動機能、9は視覚、10は知的障害となっています。この10種類の障害の基準に当てはまらなければ、体に障害があっても参加は認められません。IWBFの選手のなかには、この基準を満たしていない、例えば関節炎などが含まれているとされています。

<国際車いすバスケットボール連盟の対応>
この基準は2015年、IPC総会で各国際競技団体の出席のもと承認され、2017年1月に施行されます。しかし、IWBFは競技の普及が重要と、対応しませんでした。

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2018年9月にはIPCはIWBFが基準を順守していないことを公表し、強く基準を守るよう迫ります。その後、何度も話し合いが行われましたが、合意には至りませんでした。結果「ほかの競技との公平性が保てない」と、“除外”を見据えた厳しい警告を発したのです。

<クラス分けにも抵触>
障害の基準は「クラス分け」、パラリンピック特有のルールで、選手を障害の種類や程度に応じ分類し、公平に競い合うための仕組みにも影響します。そのため、IPCは基準と一致しない可能性のある選手の「クラス分け」の再審査と客観的に障害が分かる資料の提出を求めています。

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このクラス分けですが、車いすバスケでは持ち点となります。障害の程度に応じて1.0から4.5まで0.5刻みで持ち点が設定されています。数字が小さいほど障害の程度が重く、大きいほど障害の程度が軽くなります。プレーする5人の持ち点の合計は14.0以内となっています。

<クラス分け見直しの影響>
再審査の対象は4と4.5のクラスの選手。しかし、この再審査、簡単な話ではありません。まず、基準に一致しなかった場合、IPCのクレイグ・スペンス広報部長は「参加できない」と述べています。

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また、参加資格を失わなくても持ち点が変わることも考えられます。仮に4.0の選手が4.5になるとチームの合計持ち点は14.5となりチーム編成を見直さなければなりません。そうなると、該当選手だけでなく他の選手がパラリンピックに出場できないといったこともあり得ます。「審査が必要なのは各国代表あわせて50人から75人」とされており、その影響は現時点では計り知れません。

<参加できるかは不透明>

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現在IWBFはIPCの要請に全面的に従い、各国の競技団体に資料の提出を求めています。ただ、「どの選手もIPCの基準に一致すると信じている」という姿勢のため、IPCのルールを本当に理解しているかは疑問です。
除外を免れられるか、除外は免れても出場できない選手が出た場合どう説明責任を果たすのか。いずれにしても、選手たちを不安に陥れているIWBFの責任は重いと言わざるを得ません。

<参加資格の拡大と障害の定義>
今回の問題は「障害の定義」の違いから生じた問題です。そこで、ここからは障害を定義する意味と、そのあり方を考えます。

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パラリンピックはもともと脊髄損傷者、車いすだけの大会でした。その後、障害者スポーツの発展を目指し、参加できる障害の範囲を広げてきました。まずは視覚障害者と切断者。その後、脳性まひが加わり、1996年には知的障害者の参加も認めます。

<“スペイン替え玉事件”の教訓>
しかし、この流れに歯止めをかける事件が起こります。シドニー大会での、いわゆる“スペイン替え玉事件”。これはスペインの知的障害者のバスケットボールチームの12人のうち10人が知的障害者だと偽装し金メダルを獲得したというもので、事件は内部告発により発覚。処分は金メダル剥奪に留まらず、知的障害の選手全員に及び、参加資格の基準が整備されるロンドン大会まで出場ができなくなりました。

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事件当時、知的障害の参加基準がなかった訳ではありません。ただ、知能指数などの調査方法は各国に委ねられており、そこにはばらつきがありました。判定の仕方を一律化することは必須でしたが、整備が追い付かなかったのです。

この苦い経験もあり、IPCの障害の認定は医師の診断書に加え、公認の資格を持つ専門家が練習や試合のプレーを観察し、どのくらい身体機能が使えるかを評価する、二重チェックでなされます。出場資格の認定とクラス分けを厳格に行うことは、競技の公平性を保ち、パラリンピックの価値を守る最重要事項となっています。

<なくならない「障害の偽装」疑い>
それでもメダルに直結するクラス分けでは「障害の偽装」の疑いは常に指摘され、私も取材で頻繁に耳にします。実際、2018年のアジアパラでは視覚障害者柔道でメダルを獲得した韓国選手に「偽装」の疑いがかけられ審査もされました。しかし、立証はできませんでした。「偽装」が立証されることは少なく、最近では2018年のアイルランドの車いすラグビーの選手が自分の持つ運動機能を低く見せたケースのみです。

<障害の偽装を防ぐためには>

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“蔓延する疑い”を払拭するには、クラス分けを行う専門家の質・量をともに充実させ、いま以上に透明性のある審査を確立させることが必要です。また、メダルの価値があがりメダル獲得が多額の報奨金の獲得や生活保障につながることが出てきたため、選手の倫理観の向上も求められていると思います。オーストラリアでは偽装をドーピング同様の行為と見なし、国による「偽装」に対しての教育が始まっています。

<パラリンピック発展にむけて>
競技の公平性と選手たちを守るためには、障害の定義の基準を明確化することは欠かせません。では、その基準を守りながら、どうすればパラリンピックは発展することができるのか。ここからが3つ目の解説のポイントです。

これまで参加資格の基準を守ることは大事だと述べてきましたが、パラリンピックの歴史をみると、少しずつ参加資格の枠を広げることで発展してきた経緯があります。

<参加資格拡大への取り組み>

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実際、参加資格の枠を広げることを試みている団体があります。知的障害者の国際スポーツ団体のひとつ「virtus」です。知的障害者は“替え玉事件”の影響でパラリンピックでは陸上、競泳、卓球の3つの競技にしか参加できず、クラスも一つずつしかありません。そのため障害の程度が軽い選手たちが出場する傾向があります。なかでもダウン症候群の人は知的障害のほか、身体にも障害がある人が多くいます。そこでダウン症候群の新たなカテゴリーを作ろうとしているのです。もちろん一筋縄ではいきませんが、もしIPCに採用されれば、ダウン症候群の人たちにとって可能性が広がります。それはパラリンピックの価値のひとつ、「公平:多様性を認め、相違工夫をすれば誰もが同じスタートラインに立てることを気づかせる力」にもつながるのではないでしょうか。

もちろんこうした取り組みはほかの団体にも求められますが、新たな障害に門戸を開くときに大事なのは誰にでも分かる透明性をもった基準を提示し、IPCはもちろん各競技団体から賛同を得ることです。

<まとめ>
パラリンピックには一般の大会と違い“障害”というルールがあります。逆に言えば“障害”というルールがあるから、唯一無二の大会になっているともいえます。私たちは “障害”というルールを、大会を通してどのように捉え、どう考えるか。その作業を繰り返すことが、パラリンピックの発展につながり、意義を深めることになるのではないでしょうか。

(竹内 哲哉 解説委員)

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