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「新型コロナウイルス治療薬開発とその課題」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

「治療薬を、早く開発してほしい」、多くの方が、今そう考えていると思います。感染が広がる新型コロナウイルスに対して、私たちは治療薬もワクチンもない状態で闘っています。
日本では、2020年2月20日、クルーズ船の乗客2人が亡くなりました。国内で死亡した人は3人になりました。誰から感染したのかわからないケースが相次いで報告され、感染拡大の不安も広がっています。
そうした中、治療薬の開発状況について、WHO=世界保健機関は、2月20日、記者会見で「治療方法の臨床研究を進めていて、3週間以内に初期の結果が判明するだろう」と明らかにしました。

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今回は、感染者について中国が行った大規模な調査の結果を見たうえで、どのような治療薬の開発が進められているのか、治療に結び付ける上での課題は何か考えます。

中国の疾病予防センターのチームは、2月11日までに中国国内で感染が確認された4万4000人あまりについての分析結果を発表しました。

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全体の致死率は、2.3%です。内訳をみると、武漢を中心に感染が広がった湖北省は2.9%なのに対して、中国の他の地域は0.4%と大きく差があります。こうしたことから、日本でも致死率は、2%より低くなるとする専門家の見方があります。
また、同じコロナウイルスの感染症「MERS」や「SARS」に比べると低い値です。しかし、毎年冬に流行するインフルエンザの日本国内の致死率より高くなっていることに注意が必要です。2%台、あるいは0.4%にしても、決して油断してはいけないという数字です。

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患者は、軽症が80.9%と多くを占めています。一方で、注目される点は、重篤の人うち、ほぼ半数が死亡したということです。軽症の人を重症にしない、重症の人をいち早く軽症の状態に戻すことが重要であることがわかります。

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特に傾向が顕著なのが、年代別の致死率です。高齢者のリスクが大きいことは知られていましたが、若い人と高齢者の致死率は大きく違います。日本でも死亡した3人は、いずれも80代でした。データからは、糖尿病や高血圧などの持病があると致死率が高くなることもわかりました。高齢者、持病のある人に感染させないこと、重症化させないことが重要であることがデータで示されました。

患者を重症化させないということを難しくしている大きな要因が、治療薬がないことです。
現在、病院で行われている治療は「対症療法」、つまり、症状に合わせて全身状態を管理し、患者の回復力に期待するという方法がとられています。
では、新型コロナウイルスの治療薬の研究・開発は、どうなっているのでしょうか。いま、大きく2つの方向性で進められているとみられています。

ひとつは、新型コロナウイルスに感染して回復した人の血液の成分を使うというものです。

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回復した人は、その過程で、体の中にウイルスと闘う武器ともいうべき物質「抗体」ができます。武器がウイルスにうち勝って、回復したのです。武器は、回復した人の血液に残っています。そこで血液から その武器を取り出して、患者に投与すれば、新型ウイルスを攻撃してくれると期待できます。「回復した人の新型ウイルスに対する免疫力を借りてくる」という考え方です。

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この方法は中国で実施されています。これまでに10人以上に行われ、「回復傾向が見られた」と中国側は報告しています。
ただ、日本で行うには課題があります。中国がどのように安全性を確認したのか詳細はわかりませんが、日本で行うには独自に安全性の評価が必要です。また、回復した人1人からは、2~3人分しか血液の成分が取れないため、大量生産ができないという課題もあります。

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このため、日本では、回復した患者の体から取り出した細胞に、人工的に武器となる「抗体」を作らせるという研究をスタートさせることになっています。ただ、安全性の確認などの手続きも必要で、臨床応用には時間がかかるとみられます。

もう一つは、すでにある薬の中から、効果があるものをさがすというものです。例えば、エイズウイルス=HIV感染者の治療薬が使えないか研究が進められています。

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なぜ、エイズの治療薬が効くと考えられるのでしょうか。新型ウイルスは、ヒトの細胞に入り込んで、細胞の力を借りて増殖します。そのあと、次の細胞に入り込んで、また増殖といったことを繰り返します。

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この仕組みの基本的なところは、新型コロナウイルスもエイズウイルスも共通しています。

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エイズの治療薬で、ウイルスが細胞内で増殖するのを抑える薬があります。

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これを新型コロナウイルスの患者に投与すれば、同じように増殖を抑えられるのではないかと考えられているわけです。

この治療薬は、いくつかの国で試みられています。

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日本では、国立国際医療研究センターで、5人の患者に対して行われています。まだ、効果の確認には至っていません。国は、この薬について、「臨床試験」を進める計画です。
インフルエンザウイルスの薬でも同じように効果があるのではないかと考えられています。タイでは、インフルエンザの薬とエイズの薬を併用して投与した例もありますが、症例が少なく、効果の評価はこれからです。

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専門家の中からは、こうした薬は、ウイルスの増殖を抑えますが、肺炎の症状を抑えるものではないため、肺炎が進んでしまった患者に投与しても十分な効果があらわれないのではないかという指摘もあります。適切な投与のタイミングを見極める必要があるかもしれません。
WHOが2月20日に「3週間以内に結果が判明するだろう」と述べた臨床試験の一つは、エイズの治療薬の方法で進められています。すでに、承認された薬で、副作用もわかっていることから、安全性の評価がしやすいと考えられます。
新型コロナウイルスの治療薬ができるとすると、まずは、こうしたすでにある薬の中から見つかる可能性が高いとみられていて、WHOの今後の発表が注目されます。

そもそも、新型ウイルスの治療薬はなぜなかったのでしょうか。

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実は、同じコロナウイルスで重症の肺炎を起こす「SARS」や「MERS」にも治療薬は、ありません。2002年に発生したSARSは、2003年には「終息」が宣言され、いまでは新たな患者はいません。2012年に見つかった「MERS」は今も散発的に報告されますが、患者は多くはありません。症例が少ないことが、コロナウイルスの治療薬の開発を難しくしたと指摘されています。
今から考えれば、SARSやMERSのときに、次の新型ウイルスに備えて、コロナウイルスの治療薬の開発・研究を国際社会で、より徹底して進めておく必要があったのだと思います。
新型コロナウイルスの治療薬の開発は、現在、世界中の研究機関などで様々に進められているものとみられます。今は、世界が一丸となってこのウイルスに立ち向かうときです。WHOがリーダーシップをとって、各機関が情報をできるだけ公開できるようにし、一刻も早く治療薬の開発につなげなければなりません。

(中村 幸司 解説委員)

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