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「パラサイト 広がる格差と社会の分断」(時論公論)

出石 直  解説委員

「計画を立てると必ず、人生その通りにいかない」

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今晩はニュース解説、時論公論です。ご覧頂いたのは韓国映画「パラサイト 半地下の家族」のワンシ-ンです。韓国の格差社会を題材にしたこの映画は、外国語の映画としては初めてアカデミー賞の作品賞を受賞したほか、去年のカンヌ国際映画祭でも最高賞のパルムドールを獲得するなど国際的に高い評価を得ています。
きょうはこの映画を手掛かりに、世界中で広がる格差と社会の分断について考えていきたいと思います。

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映画「パラサイト」には、半地下の粗末な家に暮らす貧しいキム一家と、高台の邸宅に住む裕福なパク一家という対照的な2つの家族が登場します。
家族全員が失業中のキム一家。経歴を偽って言葉巧みにパク家の豊かな暮らしの中に入り込んでいきます。パラサイト=寄生していくのです。

「こんにちは奥様」「私は家政婦です こちらへどうぞ」
「素晴らしい庭園ですね」「中もいいですよ」
「あなた 新しい美術の先生よ」「イリノイのジェシカ先生 ディス イズ ドンイク」
「こんばんは」

しかし2つの家族の間には、けっして埋めることのできない大きな溝が横たわっていました。
やがて、誰も予想しえなかった悲劇が2つの家族を襲います。

【韓国の格差社会】
映画で描かれた半地下の家。日当たりも風通しも悪く居住環境は劣悪です。
映画ではスマートフォンの電波が届かない様子がユーモラスに描かれていました。
下水が逆流しないよう、トイレは一番高いところに設置されています。
こうした半地下の住宅、もともとは北朝鮮からの攻撃に備えるために作られました。家賃が安いので、住宅事情が悪く不動産価格が高騰しているソウルを中心に36万4000世帯が暮らしています。

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韓国はなぜこんなに貧富の差が激しい国になってしまったのでしょうか。韓国は貧しい農業国からハンガンの奇跡と呼ばれる経済成長を果たしました。しかし、1997年のアジア通貨危機で経済は破綻寸前に追い込まれます。企業はコストや人員の削減を迫られ、非正規労働者が急増します。グローバル化の流れの中で、外国語やIT技術に通じたエリート層と、波に乗り遅れた人達との格差はどんどん開いていったのです。
大企業中心のいびつな経済発展の結果、主な10の財閥グループだけで国内総生産の4分の3を占める一方、正規労働者と非正規、大企業と中小企業の賃金格差は2倍近くに達するまでになりました。お金持ちはいつまでも裕福で、貧しい人達はどんなに努力しても報われない。この映画で描かれているように、格差は広がるだけではなく、格差が固定してしまっているのです。

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格差社会の犠牲になっているのが高齢者です。
こちらは相対的貧困率=収入が中間値の半分にも満たない人の割合を示しています。韓国はかなり高い水準にありますが、高齢者に限って見てみますと、さらにその割合は40%を超え突出しています。子供が親の面倒を見るという伝統的な家族観が薄れてきたことに加え、公的年金制度の立ち遅れが老後の生活を厳しいものにしているのです。

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こちらは10万人あたりの自殺者の数を示しています。とりわけ高齢者の自殺はこの2倍以上と深刻です。苦しい生活と将来への不安が高齢者を自殺に追い込んでいるのです。

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日本以上に少子化が進んでいる韓国では、2060年には高齢化率=65歳以上が全人口に占める割合が40%を超え、日本を抜いて世界でもっとも高齢化が進んだ国になると推定されています。保険料の大幅な引き上げや財政出動を行わない限り、高齢者の暮らしはますます厳しくなり、格差は一層拡大すると予測されています。

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この3つのグラフを見てみますと、日本と韓国には程度の差はあるとはいえ、かなり共通する点も多いように思えます。格差が広がる韓国社会は日本の近未来の姿と言えるのかも知れません。

【世界の格差】
ここまで主に韓国国内での格差について見てきました。ここからは世界に視野を広げて国際間の格差、国と国との格差の問題について見ていきたいと思います。世界全体で見ると格差の問題はより深刻です。

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こちらは去年、国連開発計画が発表した報告書です。「健康」、「教育」、「所得」の3つ側面から算定した指数に基づいて、世界各国を4つのグループに分類しています。日本と韓国は欧米諸国とともに「最上位」のグループに属しています。中国やインドネシア、ブラジルなどは2番目の「上位グループ」、インド、ベトナム、ミャンマーなどは3番目、多くのアフリカ諸国は4番目の「下位グループ」です。

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報告書では、同じ2000年に日本など「最上位のグループ」とアフリカ諸国など「下位のグループ」に生まれた子供それぞれ100人ずつが、20年後、二十歳になった時の姿を、幼児死亡率や就学率など最新の統計データに基づいて次のように描いています。

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「最上位グループ」に生まれた子供達は全員すくすくと成長します。一方、「下位のグループ」では100人のうち17人は二十歳を迎えることすらできません。「最上位グループ」の平均寿命は78.4歳、「低位グループ」は59.4歳、実に19歳もの開きがあるのです。

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教育の面でも大きな格差が生じます。「最上位のグループ」では55人が高等教育を受けることができました。これに対して「下位のグル-プ」で高等教育を受けられたのはわずか3人に過ぎません。

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二十歳になった時、「最上位グループ」では、全員がひとつ以上の携帯電話(131.6%)を所有し、8割以上がインターネット(84.1%)を利用しています。
一方、「下位グループ」でも普及が進んでいるとはいえ、携帯電話をもっているのは3人に2人程度(67%)、インターネットは7人に1人(15%)に過ぎません。
高等教育を受ける人の割合やこれらの機器が普及するスピードは「最上位のグループ」の方が圧倒的に速いのです。つまり国と国との格差はどんどん広がっているのです。

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インターネットやコンピューターは生活を便利にするだけではありません。こうした技術へのアクセスが容易なグループはより豊かに、そうでない人達には豊かになるチャンスさえ訪れないのです。報告書は「格差は生まれる前から始まっている」と結論づけています。

国連開発計画によりますと、世界の所得上位10%の富裕層が全所得の40%の収入を得ています。国際NGOの推計では、世界でもっとも裕福な26人が下位の50%にあたる38億人と同じ額の富を得ています。他にも数多くの調査や研究が、グローバル化の進展に伴って国内での格差、そして国と国との格差がさらに広がってきていることを裏付けています。

格差は人々の将来に対する希望を奪い社会の分断を招きます。我々はこうした現実を直視し解決していかねばなりません。
韓国の格差社会を描いた「パラサイト 半地下の家族」は、日本、アメリカ、ヨーロッパでも上映され注目されています。映画の脚本も手掛けたポン・ジュノ監督の言葉です。
「格差が広がる中で富裕層と貧困層の共存や共生が難しくなりつつある」
広がる格差と社会の分断。ポン・ジュノ監督のメッセージは、韓国社会に留まらず、今、私達が生きている世界全体に向けられているのではないでしょうか。 

(出石 直 解説委員)


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