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「新型肺炎感染拡大 中国指導部の試練」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

中国の湖北省武漢で発生したとみられる新型コロナウイルスによる肺炎。感染者は世界27か国地域に及び、中国ではこれまでに4万4653人が感染し、1113人が死亡しました。そこで、感染がなぜ中国で急速に広まったのか。中国の対応に問題がなかったのかについて考えてみたいと思います。

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感染が拡大した中国ならではの理由として、私はざっと次の3つの要因があると思います。

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(VTR:野生動物を売る中国の市場)
まず、野生動物を好んで食べる食文化。特に南部や山間部の地方を中心に、野生動物を好んで食べる習慣や文化があり、地方の市場に行きますと、どんなウイルスに感染しているかわからない野生動物が生きたまま小さなオリに入れられ山積みになっているのをよく見かけます。今回も、新型コロナウイルスは、野生動物を売っていた武漢の市場からヒトに感染したとされています。

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また大勢で食卓を囲んで食べる食習慣も、リスクが大きいと考えられます。大きな皿に盛られたおかず並べ、皆が顔を突き合わせる形で、時には「じかバシ」でとって食べるケースまであり、ウイルスが伝染しやすい環境になります。北京では今月、飲食店などでのグループでの会食を禁じる通達を出しました。

もうひとつの要因は、全国を網羅する高速鉄道や高速道路の急速な整備で、ヒトの移動がここ10数年来、劇的に増えたことも挙げられます。どこかで伝染病が発生すると、たちまち中国各地に拡大するリスクが高まったのです。
そして、3つ目の要因は政治面のリスク。つまり中国共産党に都合の悪いことは、見ざる、言わざる、聞かざるという隠蔽体質が染みついてしまったことです。
なかでも今回、重要な問題として指摘したいのは、3つ目の問題です。まずこのグラフをご覧ください。

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武漢で最初に患者がみつかったのは去年12月8日。その後、患者数は徐々に増えてはいますが、習近平国家主席が、情報を公開し、徹底的に取り組むよう重要指示をおこなった先月20日以降、幾何級数的に上昇していることがわかります。

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この指示の中で習近平国家主席は、▽疾病まん延の勢いを断固食い止めなければならない。▽患者の治療に全力を挙げなくてはならない。▽疾病に関する情報を遅滞なく発表し、国際協力を深化させなくてはならない、と強調しました。
つまり「情報を隠すな」という指示を出したのです。そうしたら発表される患者の数がどんどん増えだした。当然、それまでは感染拡大を隠していたのではないかという疑いの声もネット上に広まりました。

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実は、中国の雑誌「中国新聞週刊」の電子版は先月末、武漢市内の協和医院の医師の話として、今回の新型コロナウイルスの感染拡大について、発生当初の12月には、SNSで発信したり、メディアの取材を受けたりしないように医療関係者に武漢当局がかん口令を敷いていたと伝えています。

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実際、自らも感染して今月7日、33歳の若さで亡くなった武漢市中心病院の李文亮医師は、去年12月末、「武漢市内でSARSのような病例が複数確認された」と仲間の医師らにSNSを通じて発信し、注意を促しました。するとネットを監視していた当局が、1月初めに李文亮医師をデマを流したとして訓戒処分にしたのです。

しかし、武漢市は、事態の深刻さを本当は十分わかっていたと思われます。発生源とみられた市内の市場は去年末をもってはやばやと閉鎖しました。患者数を隠しているのではないかという批判がネット上で高まる中、武漢市の周先旺市長は、先月27日記者会見で次のように述べました。

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「発表がタイムリーでなかったことについて、地方政府として情報を得た後、権限を授けられて初めて発表ができるということを理解してほしい」
これは中央が許可しなかったので地方が勝手に発表することはできなかった、という地元政府の言い訳であると同時に、そうした仕組みを構築してきた習近平指導部の中央集権体制と言論統制の弊害を物語るものといえるでしょう。
ここでもういちど感染患者のグラフを見ていただきましょう。

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中国政府は、習近平国家主席が重要指示を行う3週間前の12月末、すでに世界保健機関・WHOに感染拡大の実態を報告していました。2003年に流行したSARSの時に国際的な批判を受けたことから、今回は少なくとも海外向けには一応まともな対応が行われたといえるかもしれません。そのことは、当然、中国共産党の最高指導部にも伝えられていたはずです。しかし、最高指導部が、先月7日と16日に開いた幹部の重要会議で、新型コロナウイルスについて話し合ったという報道は伝えられませんでした。
(VTR:習近平訪問ミャンマーと雲南)
中国国内で感染拡大のリスクが増しているにもかかわらず、習近平国家主席は、その後先月17日からミャンマー訪問し、引き続き19日から3日間、隣接する雲南省を視察しています。そして情報公開を命じる先月20日の重要指示は、この雲南省の出先からあわただしく出される形になりました。
本来なら、習近平国家主席は、北京を離れず、あるいは一刻も早く北京に戻り陣頭指揮に立つべきだったのではないか。最高指導部の初動の遅れや、危機管理の甘さに対する強い批判が出ています。

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かつて「中国の傑出した若手法学家」の一人に選ばれ、中国法律学会のホープでとして知られる清華大学の許章潤教授は、今月初め、インターネット上に論文を発表し、「最初は口をつぐんで真相を隠し、その後も責任逃れに走り、感染拡大を防ぐ機会を逃した。」と当局の隠蔽体質を厳しく批判しました。そして、インターネット上の言論を当局が厳しく監視していることについて、「公に問題を討論する活力はすでに窒息させられ、社会に警鐘を鳴らす仕組みを圧殺してしまった」として習近平指導部の下で強まる言論統制こそが感染拡大を招いたとの見方を示しました。

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今月に入って、習近平指導部も、政治局常務委員の会議を開き、「中国の統治能力にとって大きな試練となり、一連の対応で至らない部分が明るみに出た」と、初動体制の遅れを自ら認める苦しい異例の発表をしました。
中国政府の衛生医療を統括する国家衛生健康委員会が初めて記者会見を開いたのは、習近平の重要指示からさらに3日後の先月23日。患者発生から7週間近くもたってからでした。しかし時すでに遅し。
(VTR:旧正月の大移動)
実は中国では、旧正月の大型連休を前に武漢から大勢の人が国内や日本など世界各国地域に移動しており、武漢市を封鎖した23日には人口1100万人のうち、すでに半数近くが武漢からいなくなっていました。
習近平主席の重要指示のタイミングがあと1週間早かったら、ここまで中国全土と世界27か国地域という広い地域に感染者が広がることはなかったのではないかという指摘も出ています。

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苦境に立たされた習近平指導部は、今月5日、懸命に戦う医師らを美談に仕立てて宣伝するため、北京から国営メディアの記者300人を武漢に送り込んだと伝えられました。共産党への負のイメージを薄め、批判を逃れようとしているように見えます。最初に感染を告白して懲戒処分を受けた故・李文亮医師は、なんと今度は一転して英雄として祭り上げられています。
はたしてそのようなプロパガンダで、人々の共産党政権への信頼は取り戻せるのでしょうか。感染拡大が続く中、来月5日に開幕する予定の中国の国会、全人代を期日通り開けるのかどうかを危ぶむ声が出始めました。加えて、国内対応のおくれから、世界27か国地域に患者が広がってしまったことへの、「大国としての責任」にどうこたえてゆくかも新たな課題になりつつあります。すべての権力を一手に握り、配下の絶対服従を求めてきた習近平政権のもろさは、新型コロナウイルスの感染拡大という新たな試練に直面して、一層鮮明に浮き彫りになったといえます。

(加藤 青延 専門解説委員)

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