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「トランプ『和平案』でパレスチナ問題は?」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■アメリカのトランプ大統領は、イスラエルとパレスチナの長年の紛争を解決するためとして、先週、独自の中東和平案を発表しました。しかしながら、これまでの国連決議を無視し、イスラエルによる占領を追認する内容で、パレスチナ側は拒否する姿勢を明確にしています。トランプ“和平案”がパレスチナ問題の今後に与える影響を考えます。

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■解説のポイントは、▼トランプ“和平案”の問題点。▼国際社会の反応。▼パレスチナ問題の今後に与える影響の3点です。

■こちらが、トランプ大統領が、28日に発表した、イスラエルとパレスチナの新たな中東和平案です。題名は、「Peace to Prosperity」、「繁栄に至る平和」というもので、地図や表も含め181ページに及びます。
トランプ大統領自身、「世紀のディール」などと自画自賛していますが、はたして、イスラエルの建国以来70年以上にわたって、中東最大の難問とされてきたパレスチナ問題を、解決に導く土台となるのでしょうか。
答えは「NO」です。これまでの国連安保理決議や国際法、それに、歴代のアメリカ政権が示してきた和平案から大きく逸脱し、極端にイスラエル寄りの内容になっているからです。これでは、パレスチナ側が受け入れるはずがありません。

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■イスラエルとパレスチナの和平交渉は、これまで、国を持つことができなかったパレスチナの人々に国家独立の機会を与え、イスラエルと平和共存させる「2国家共存」を目標に進められてきました。

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そして、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領した、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区、それに、エルサレムの東半分=東エルサレムの全域を、将来のパレスチナ国家の領土とし、東エルサレムを首都とするというパレスチナ側の要求を、イスラエルを除く国際社会は理解し、支持してきました。

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和平交渉の主要テーマとなったのが、▼将来の「パレスチナ国家の領土の画定」。▼ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が集中する「東エルサレムの帰属」。▼イスラエルが国際法に違反して占領地に建設した「ユダヤ人入植地の扱い」。▼イスラエルの建国とその後の戦争で故郷を追われた「パレスチナ難民の扱い」です。

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■トランプ“和平案”では、将来のパレスチナ国家の領土を、この地図の薄いオレンジ色の部分としています。
▼ヨルダン川西岸地区のうち、隣のヨルダンとの国境沿いの地帯は、イスラエルの領土とされ、イスラエルが建設した130か所以上のユダヤ人入植地については、そのほとんどがイスラエルに併合されます。
これによって、パレスチナの領土は、イスラエルに取り囲まれ、あちこちで分断され、虫食い状態の、非常にいびつな形となります。代わりにイスラエル領の一部がパレスチナの領土となるものの、その大部分は砂漠です。

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▼東エルサレムについては、3つの宗教の聖地を含むその全域について、イスラエルの主権を認め、首相府や議会など政府機関が集まる西エルサレムと合わせて、「分割されることのないイスラエルの首都」と規定しています。一方、パレスチナ側は、イスラエルが一方的に建設した分離壁の外側にあるエルサレムの周辺地区を、独立国家の首都にすることができるとしています。
▼パレスチナ暫定自治区や周辺国で生活する、およそ600万人のパレスチナ難民については、イスラエル領となった故郷に帰還する権利を否定され、将来のパレスチナ国家や現在生活している国で定住するとし、和平合意の成立後、難民としての資格も失うとしています。
▼パレスチナ側がこれらの内容を全面的に受け入れることを条件に、パレスチナ国家の樹立が認められますが、軍を持つことはできず、完全な非武装化が求められます。
▼このように、イスラエル側の要求をほぼ全面的に取り入れた内容となったのは、トランプ大統領が、11月の大統領選挙を前に、宗教的な理由からイスラエルを支援する「キリスト教福音派」からの支持を一層強固なものにする狙いがあったためと見られています。

■この和平案に対する、当事者と国際社会の反応です。
▼イスラエルのネタニヤフ首相は、ホワイトハウスでの発表に同席して、トランプ大統領の和平案を称賛しました。
▼それとは対照的に、パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は、即座に拒否しました。アッバス議長は、対立してきたイスラム組織「ハマス」とも連携して、抗議活動を繰り広げる方針を示し、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区、それに東エルサレムでは、パレスチナ住民による抗議デモが連日起き、死傷者も出ています。
アッバス議長は、「アラブ連盟」と「イスラム協力機構」の臨時会合で、トランプ和平案を拒否する決議の採択をとりつけました。

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▼しかし、各国の態度には温度差があります。イランやトルコが、和平案を非難する声明を出す一方で、サウジアラビアやエジプトは、一時、和平案を歓迎する声明を出すなど、支援を受けているアメリカへの配慮も示しています。
▼国連のグテーレス事務総長は、イスラエルの占領や入植地を追認した和平案を支持しない姿勢です。
来週11日には、国連安保理で臨時の会合が開かれ、アッバス議長も出席する予定です。アメリカが拒否権を持っているだけに、この和平案を非難する決議は考えられませんが、安保理の各国が、どこまで態度を明確にするかが注目されます。

■ここから、和平案がパレスチナ問題の今後に与える影響を考えます。
▼パレスチナの指導部が、強く拒否している以上、
この和平案をベースに、イスラエルとの和平交渉が再開することはないでしょう。
パレスチナの指導部は、11月のアメリカ大統領選挙で政権が変わることを願いつつ、
国際世論を味方につけようと、平和的な抗議行動に全力を傾けるものとみられます。

こうした中、非常に懸念されることがあります。

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▼まず、ネタニヤフ首相が、ヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植地やヨルダンとの国境沿いの土地をイスラエルに併合する法案を議会に提出することが考えられます。ネタニヤフ首相は、和平案が発表された同じ日に、収賄や背任などの罪で、検察に起訴されました。来月2日には、議会選挙で国民の審判を受け、政治生命がかかっているため、極右勢力からの支持のとりつけに躍起です。仮に、入植地などの占領地がイスラエルに併合され、それが既成事実化すれば、将来、和平交渉が再開されたとしても、パレスチナ国家の樹立は事実上不可能です。
▼一方、アッバス議長は、これまで続けてきた、イスラエルとの治安協力も停止する意向を示しています。和平交渉では問題を解決できない以上、武装闘争もやむを得ないという考え方が、パレスチナ社会で支配的になれば、過激派が台頭して、イスラエルとの間で暴力の連鎖に陥る危険性が高まります。
▼加えて、世界のイスラム過激派組織がテロを活発化させる恐れもあります。過激派組織IS・イスラミックステートは、先週、トランプ和平案を失敗させるため、イスラエルとユダヤ人を攻撃するよう呼びかける声明を出しました。ISはこれまでパレスチナ問題を前面に掲げてこなかっただけに警戒が必要です。

■見てきましたように、パレスチナ問題は、今後何十年にもわたって解決できない恐れも出てきました。パレスチナ社会、とりわけ、難民の間では、絶望感やあきらめ感が充満しており、これを放置するのは、人道上も安全保障上も許されません。
日本を含む国際社会は、将来の和平実現への希望をつなぎとめておくためにも、国際法に反する既成事実の積み上げには、断固反対の意思を示すとともに、パレスチナの人々の暮らしと自立を支える取り組みを粘り強く続けてゆく責任があると考えます。

(出川 展恒 解説委員)

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