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「ポストプーチンへの年次教書演説」(時論公論)

石川 一洋  解説委員

プーチン大統領自身がポストプーチンの幕を開けました。
プーチン大統領の年次教書演説、ほぼ内政に集中する異例の演説となり、その中で自らの三選の可能性を排除し、議会の権限を強化するなどの憲法改正を国民投票にかけることを提案しました。そしてメドベージェフ内閣が総辞職、次期首相が指名されました。
ポストプーチンにおいても主役はプーチン大統領か、ロシア政局について考えてみます。

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1月15日という年次教書演説の日付も異例です。新年はロシア最大の休日で14日の旧正月までの二週間は通常世の中は眠っています。政府閣僚、地方知事、上下両院の議員など指導部に眠りを覚ませといわばカツを入れたのです。
「新年に年次教書演説をするのは初めてだ。大きな社会的、経済的、技術的な課題の前に休んでいる暇はない」

  解説のポイントです。

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 ▼憲法改正と内閣総辞職
 ▼厳しさ増す国民の視線。
 ▼外交への影響

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まず憲法改正と内閣総辞職です。プーチン大統領は大統領は年末の恒例の内外記者会見で大統領任期について「大統領は連続二期に限る」という憲法の規定から「連続」という言葉を削除すると述べました。そして年次教書演説でも再び大統領任期について改正に同意すると述べました。
プーチン大統領は現在、連続二期目、通算4期目、任期は2024年までです。私は大統領の一連の発言は、憲法改正して2024年に三選を目指す可能性を除外するとともに、その後の大統領復帰の可能性も排除したものとみています。
ロシアは93年制定された憲法によって大統領権限が議会に優越する大統領制をとっています。プーチン大統領はこの憲法を活かして垂直統治システムといわれる中央集権体制を築きました。今回プーチン大統領は、ロシアは大統領国家に留まるとしながらもむしろ議会の権限を強化し、大統領権限を若干縮小する方向の改正を提案しました。
一つは下院が首相と政府の指名、任命に大きく関与することです。正式な改正案がまだですのではっきりとは断定できませんが、下院の多数派が首相と政府を選び大統領が承認する形、いわばフランス型に近い形に移行する可能性があります。そしてもう一つは、地方の知事をメンバーとする国家評議会の地位や権限を憲法で規定するとしたことです。上院も権限強化が図られます。垂直統治システムから議会の権限を強化する憲法改正は、ポストプーチンにおいて、プーチン氏がどのような地位を占めて影響力を維持するのか、その思惑が隠されています。首相か、国家評議会を握るか、与党党首か、プーチン氏に様々な可能性を開く憲法改正と言えます。
また大統領は憲法改正を国民投票に問うことも表明しました。ポストプーチンに向けた変化を大統領主導で国民も巻き込んで動かすというプーチン特有の政治勘があるように思われます。

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そしてこの年次教書演説の直後、長年の側近メドベージェフ首相と内閣が総辞職しました。大統領はメドベージェフ氏を安全保障会議の副議長に任命、事実上更迭と見られます。メドベージェフ首相は2008年プーチン後継として大統領に就任、一期務めた後、プーチン氏が大統領に復帰に伴い、首相となりました。プーチン氏は2011年に大統領職に執着するメドベージェフ氏に「お前が大統領では国は亡びる」と言い渡して大統領に復帰した経緯があり、後継の可能性はかなり低くなったとみています。
プーチン大統領が次期首相に任命したのは政治的には全く無名のミシュスチン連邦税務庁長官でした。プーチン大統領は2008年メドベージェフ氏を後継とする過程で、つなぎの首相を任命してきました。これまでの経歴からは技術的なつなぎの首相である可能性もありますが、デジタル技術に精通した有能な官僚として大統領が高く評価しており、’つなぎ‘か、’後継候補‘か、大統領の真意はまだ分かりません。新内閣では若手中堅を重要役職に抜擢し、後継候補としての能力を試していく可能性もあるでしょう。
政治日程では今年の憲法改正の国民投票そして来年の下院議会選挙が大変重要な意味を持つことになります。その中でプーチン大統領が24年を待たずに早期退任、後継指名というさらなる大激変を考えているのではないかという憶測もささやかれています。

何故プーチンが動いたのか、そこには国民の視線が厳しくなっていることがあります。年次教書のキーワードです。

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「人口減」「多くの家庭が貧困」「低い出生率」「保育所不足」「医師、医療機関の質への不満」「年金」「ビジネス環境」
特に強調したのが、子供を持った家庭の貧困と出生率が低迷して人口減が続いていることでした。

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プーチン大統領は、通算4期目を迎えるにあたって▼人口の自然増▼平均寿命を78歳まで▼収入の増加▼貧困人口の半減などロシア国民の収入と生活の質の向上を目的とするナショナルプロジェクトを掲げました。2018年の大統領選挙における得票率76%という圧倒的な支持は、より良い生活への変化を期待した人々の気持ちも反映しています。大統領も「ロシア国民の生活を豊かにした」大統領として歴史に残りたいと願っているのは確かです。しかしロシアの現状は大統領の思いと国民の期待の実現には程遠いものがあることが図らずも年次教書に表れています。それが内閣総辞職につながりました。
大統領はそれへの処方箋を示したのでしょうか。それぞれの不満に対して、さらなるバラマキ策で対処しようとしています。ロシアのマクロ経済は安定し、ばらまく余裕はあります。ただ経済成長3%の目標を掲げていますが、成長が加速する兆候は表れていません。このままでは経済は停滞の沼にはまり込む恐れがあります。変化への動きを大統領が主導できるかどうかは新内閣のもと国民生活が実際に向上するかどうかにかかっているでしょう。
今年の年次教書演説が異例なのは、アメリカや中国、日本を含めて外交はほとんど触れなかったことです。なぜでしょうか。国際情勢が非常に厳しい中で外国の影響を排除して、これからポストプーチンに向けての変革を始めなければならないという危機感から敢えて内政に集中したのでしょう。
しかし国民の意識は静かに変化を求めているように見えます。アメリカとヨーロッパへの感情が好転しているのです。

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ロシア大統領選挙のあった2018年3月と去年11月の最新の調査を比べますとアメリカへ肯定的見方が二倍以上に増えて、肯定的が47%、否定的が41%とウクライナ危機以来、初めて肯定的が上回りました。そしてヨーロッパへも肯定的が52%、否定的が34%とこちらも肯定が否定を上回っています。米ロ関係がさして好転しているわけではありません。この数字はロシア国内であまりに欧米との対立が続くことへの国民の閉そく感と改善してほしいという民意の表れであろうとみています。
ロシアの外交においては主権という言葉がキーワードとなるでしょう。憲法改正においても外国の影響を排除するという大統領の意思が見えました。「主権」とは自ら決定できる国という意味です。ユーラシア国家として自立した強いロシアというのがプーチン外交の基礎にあります。その中でロシアは多極化した世界の中の一極として多面的な外交を進めていくでしょう。ただこの主権路線と国民の意識のずれが今後広がる可能性はあるでしょう。

日ロ関係についていえば訪ロ中の北村NSC局長はパトルシェフ安保会議書記と会談しました。憲法改正について日本にとって気になる点が一つあります。「条約や国際取り決めよりも憲法が優先する」点を明確にすると大統領が述べたことです。平和条約交渉の基礎となっている56年日ソ共同宣言の歯舞・色丹二島の引き渡し条項に影響があるのかどうか、それぞれの国が憲法を改正して国際条約を守らなくなったら国際秩序が成り立たないと強く申し入れるべきでしょう。

異例の一月の年次教書演説と内閣総辞職、2024年に向けて自ら主導権を握ってポストプーチンに向けて政局を動かしたいというプーチン大統領の意思の表れです。ロシアは安定からポストプーチンに向かう過渡期へと大きく動き出すことになりました。
 
(石川 一洋 解説委員)

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