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「2020日本経済 政策課題の焦点」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

中東情勢の緊迫化で株価が乱高下するなど波乱含みで始まった今年の日本経済。安定した成長を続けるためには何が必要か。内政と通商面での課題を考えていきます。

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解説のポイントは三つです。
1)改善と弱気が交錯する経済の基調
2)景気対策の効果と新たな危機への余力
3)貿易拡大にむけた通商政策の課題

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最初に今年の日本経済の基調についてみてみます。

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まず去年との大きな違いは、世界経済に影を落としてきた米中の対立が緩和したことです。まもなく署名される貿易協議の第一段階の合意は、アメリカから中国への輸出拡大などが主な内容で、中国政府による事実上の補助金といった構造問題は手つかずです。このため、トランプ政権は、第二段階の交渉に入る構えで、今後も懸念は残ります。ただ一方的な関税の引き上げに歯止めがかかったことで、企業にとっては先行きの不透明感が和らぎ、中国向けの製品を生産するための機械など、これまで控えていた設備投資が上向くのではないかという期待感が高まっています。

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その一方で引き続き警戒が必要なのが、消費税引き上げの影響です。
先週発表された政府の統計によりますと、去年11月に家計が消費に使ったお金は前の年を2%下回り、二か月連続のマイナスとなりました。これについて政府は、前回消費税が引き上げられた後の同じ時期には8%も減少していたことを踏まえ、落ち込みは限定的だとしています。ただ百貨店や飲食店の従業員に景気の実感を訪ねる内閣府の調査では「婦人服の低迷が続いている」とか「財布のひもが固くなっている」など弱気な声も聞かれます。
 さらに今後中東情勢の緊迫化で原油の供給が滞れば、ガソリンや灯油が値上がりし財布を直撃するおそれもあります。当面は、海外の情勢にも目を配りながら、消費の動向を注意深く見ていく必要があるでしょう。

2)景気対策の効果と新たな危機への余力

こうした状況のもとで、政府は事業規模で26兆円の経済対策で、景気の下支えをはかろうとしています。ここからはこの対策の効果と、その先の危機への備えについて考えていきます。

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景気対策の柱となる公共事業は、建設現場で人手不足が続く中、巨額の予算を計上しても十分に執行できない恐れが指摘されています。
またキャッシュレス決済のポイント還元制度に替わって9月から導入される消費の下支え策。これはマイナンバーカードを持つ人が、キャッシュレスでの決済や入金をすると、一人当たり最大2万円分に対し5000円分のポイントが付与されるものですがマイナンバーカード自体の普及があまり進んでいない中で、どれだけ利用されるかは未知数です。
もう一つ私が気にしているのは、日本経済がより大きなショックに見舞われた際に、対応する余力がどれだけ残されているかです。

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 政府は今回の消費税対策のための臨時特別の措置として、今年度およそ2兆円、4月からの来年度にはおよそ1兆7800億円を通常の予算に加えて積み増しています。いわば景気を支えるためのつっかい棒を用意しているわけです。

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さらに今年度は補正予算案でも4兆4700億円の追加の歳出が盛り込まれ、つっかい棒が補強されました。その反面4月からの年度は、前の年に比べつっかい棒が弱くなってしまうことになり、しかも、来年4月からは臨時特別な措置はもうとられないことになっています。その間にオリンピックパラリンピックの経済効果で消費税引き上げの影響が吸収出来れば良いのですが、そうならなければ、支えを失った景気が一気に落ち込む恐れもあります。そこで政府内からは、景気の行方次第でこの秋も補正予算を検討することもありうる、という声が早くも聴こえてきます。

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ただこうしたつっかい棒の財源は、政府の国債発行つまり借金によって賄われています。

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国債の発行総額は来年度末には906兆円、国民の頭数でわると723万円に膨らむ予定です。

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通常は、借金が増えれば、利息の支払いも膨らむという痛みを感じることになりますが、日銀が国債を市場から大量に買い入れて金利を低く抑えているため、痛みをあまり感じずに借金を増やせる状況が続いています。

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しかし、金利を極めて低く抑えたことで、銀行の収益が悪化したり、年金生活の人の暮らしが苦しくなるといった副作用も大きくなっています。政府が借金をして景気を支える財政政策、その財政政策を可能にする金融政策。「いずれも限界に近づいてきている、見直す必要があるのではないか」と多くの専門家が指摘しています。

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その一方で世界では各国の金融緩和政策が巨額の余剰資金を生み、その資金がリスクの高い融資や投資にむかっています。今後景気が悪化した場合に、不良債権が一気に膨らみ、リーマンショックのような金融危機が起きる恐れも指摘されています。その時日本は、どのような対応策をとれるのか。そのための余力を残すには何をすればよいのか。経済状況が比較的安定しているいまのうちに、財政・金融当局が一体となって検討し、備えておく必要があるのではないでしょうか。

3)貿易拡大にむけた通商政策の課題

さて、ここからは、世界経済の悪化を防ぐために日本が果たすべき役割。具体的には貿易の拡大に向けた通商政策の課題を考えていきます。

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トランプ大統領が国際的なルールを軽視して保護主義的な姿勢を打ち出す中で、自由貿易を守る砦としてのWTO・世界貿易機関の重要性が再認識されています。またWTOには貿易紛争の解決を担う裁判所のような制度がありますが、上級審にあたる上級委員会は、アメリカの反対で裁判官にあたる委員の任命が滞り、機能不全に陥っています。国際ルールがないがしろにされ、中立的な審判の機能が失われたままとなれば、今後様々な国の間で、米中摩擦のような関税引き上げの報復合戦が起こり、世界的な貿易の縮小を招くことになりかねません。こうした中で日本としては、上級委員会の機能の回復や、WTOのルールそのものを強化する改革にむけてヨーロッパの主要国などとともに積極的な役割を果たさなければなりません。アメリカが不満を強める中国に対しルールの順守を求めると同時に、アメリカに対しても国際的な自由貿易の枠組みにとどまるよう説得していくことが求められています。

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もう一つの課題は、地域の自由貿易の枠組みを広げていくことです。
なかでも今年最大の焦点は、中国やインド、東南アジアの各国など16の国が参加するRCEP 東アジア地域包括的経済連携の交渉の行方です。加盟国同士の関税の引き下げや、投資のルールの共通化をめざすものですが、中国からの輸入拡大をおそれるインドが合意に難色を示しています。
しかし、やがて人口で中国を超えるインドは、日本経済の成長にむけて是非ともとりこみたい存在です。このため日本政府はインドの産業競争力強化につながるデジタル分野での協力などを通じて、RCEPへの加盟を促そうとしています。インドも含めた協定が実現すればその経済規模は世界のGDPの3割にも達するだけに、アメリカの保護主義に再考を促す強力なメッセージともなるでしょう。日本には重い役割が期待されているのです。

今年はねずみ年、ねずみは子だくさんということで繁栄の象徴とも言われますが、12年前のねずみ年には何が起こったでしょうか。・・・・ リーマンショックです!
経済の不確実性が増し、思わぬところからリスクが生まれてくる恐れがある中で、国内経済にせよ通商外交にせよ、いま行うべき政策の課題に着実に取り組み、有事に備えて余力をつける。
今年がそんな一年になることを期待したいと思います。

(神子田 章博 解説委員)

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