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「ゴーン元会長逃亡 衝撃と波紋」(時論公論)

清永 聡  解説委員
出川 展恒  解説委員

日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン被告が中東のレバノンに逃亡した事件は、関係者に大きな衝撃を与えました。
元会長は8日記者会見を開きました。この会見と今後についてお伝えします。

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【今回の会見について】
(清永)
出国以降、足取りが途絶えていたゴーン元会長。8日、会見で自らの潔白を強調しました。さらに日本の刑事司法に対する不満と、日産への不信の言葉を繰り返しました。

ただ、元会長に対しては、「最強」との評価もある弁護団が結集し、検察との全面対決の準備が進んでいました。今後有罪無罪はもちろん、裁判を通じて司法制度の課題も浮き彫りになるのでは、と期待の声もありましたが、途中で本人だけが土俵を出てしまい、外から批判を始めた格好です。

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Q:出川さんは今回の会見を聞いてどう思いましたか?

(出川)
質疑応答を含め、一語一語、非常に興味深く聞きました。しかし、日本の法廷で堂々と無罪を主張するのではなく、莫大な資金に物を言わせ、スパイ小説顔負けの違法なやり方で日本を出国したのはなぜだったのかという疑問に、納得できる答えは聞かれませんでした。

【ゴーン元会長との面会】
(清永)
Q:出川さんは実は、去年、保釈中のゴーン元会長に独自に面会しているんですよね。どういう話をしたのでしょうか。

(出川)
はい。元会長が日本のメディアと接触したい希望があるという情報を聞き、人を介して、去年7月半ば、東京都内のある場所で会いました。非公式の面談のため、撮影は控えました。
その時に聞いた話と、8日の会見を比較して符合したのは、
▼第1に、日本の司法制度への強い不信感。
▼第2に、日産の社内クーデターで罪を着せられ、追放されたという主張です。

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まず、司法制度への不信感です。
「日本でいったん起訴されれば、99%有罪となる。これは民主国家ではありえない。日本では、裁判官ではなく、検察官が絶対的な権力を握っている。無罪を勝ち取るのは不可能だ」と批判していました。

(清永)
ただ、検察官の権力が絶対的というわけではありませんし、弁護団が無罪を勝ち取るべく努力をしていたわけです。ゴーン元会長のこうした物言いは一方的にも感じられます。

(出川)
次に、日産の社内クーデターで追放されたという主張ですが、
「私は、日産の経営の自主性を守りぬくスタンスで、ルノーと日産の合併を目指すフランス政府からは疎まれていた。ところが、私の意向を邪推した日産の幹部らが、日本政府の関係者に働きかけ、共謀して私を追い落としたのだ」と語っていました。この時名指しした日産の幹部の名前も、8日の会見内容と一致します。
元会長は、悪びれる様子は全くなく、自信に満ちた態度が印象に残っています。

【最高裁まで争ったポイント】
(清永)
出川さんが聞いたポイントは、元会長側が、日本での保釈後、最高裁まで争っていた2つの点とも符合します。

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その1つが、保釈の条件で妻との自由な面会が許されなかったことです。元会長側はこの点で不満が強く、最高裁まで取り消しを求めて争いましたが、認められませんでした。

(出川)
キャロル夫人と会うことはおろか、電話で話すことも許されないと、私にも不満を漏らしていました。代わりにアメリカで暮らす3人の娘が交代で私を訪ねてくれると話していました。もしかすると、連絡役になっていたのかもしれません。

(清永)
もう1つは検察や日産への不満です。
弁護団によると、検察が保有する日産の電子ファイルなどの証拠の一部について、企業秘密や個人情報を理由として、検察が日産の求めに応じてデータの一部が削除されていたといいます。
弁護団は「不公正な取り扱いだ」として、証拠の保全を求め最高裁まで争いましたが、やはり退けられました。こうした裁判所の対応の積み重ねも、日本への不信を大きくしたのではないでしょうか。

ただ、不法に出国した以上、元会長の主張も説得力を持って聞くことは難しくなりました。保釈保証金15億円は没収。日本に戻らない限り、刑事裁判は開かれないまま「不動事件」と呼ばれ、いわば凍結扱いになるものとみられます。

【レバノン政府の今後は】
(清永)
Q:今回の事態、レバノン政府はどう受け止めているのですか。

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(出川)
元会長、レバノンでは、日産という世界的な企業を立て直した偉大な経営者として尊敬を集め、3年前には、切手の肖像にもなっています。今回、日本を違法な方法で出国し、レバノンに戻ってきた元会長について、レバノン政府は、対応に苦慮しています。「元会長を守りたい」という気持ちと、内戦からの復興の途上にある中、「日本政府との関係を悪化させたくない」という気持ちの板ばさみです。「入国の際、フランスのパスポートを提示し、違法なことはなかった、政府は今回の逃亡劇には一切関わっていない」と関与を否定しています。
しかし、これまでのいきさつについて、元会長を批判する声明や発言はありません。また、政府は否定していますが、入国の際、空港で政府関係者が出迎えたという目撃情報や、元会長がアウン大統領に面会したという情報も流れました。
レバノンでは、去年の秋以降、経済の悪化や政府の汚職に抗議する市民のデモが拡大し、首相が辞任に追い込まれたこともあって、たとえ、ゴーン元会長であっても、不正は許されるべきでないという声も聞かれます。

(清永)
Q:ICPO・国際刑事警察機構を通じて、元会長は国際手配されていますが、レバノン政府の対応はどうなるのでしょう。

(出川)
レバノン政府は、ICPOの「国際逮捕手配書」を受け取っており、レバノンの検察当局は9日、元会長から事情を聴きました。しかし、日本との間に「身柄引き渡し条約」がないため、身柄を日本に引き渡す義務はありません。また、これまで、レバノンから外国に容疑者が引き渡された前例もありません。ですから、現時点では、身柄の引き渡しは実現しない可能性が高いと思います。

【日本の今後の影響は】
(出川)
Q:一方で、日本の今後の対応や、今回の事件の影響には、どういうことがあるでしょうか。

(清永)
A:今後もレバノン政府に対して、元会長の引き渡しを求めることを検討するとしています。
一方で今回の事件を受けて、保釈のありかたも議論になっています。「保釈率」は一昨年が30パーセントを超え10年前の2倍以上になっています。保釈と逃走の防止は「両輪」のようなものだと思います。しかし、最近は保釈が広がる一方で、逃走防止の対策は進んできませんでした。

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そうなると再び保釈を絞ることよりも、逃走防止策を充実することでバランスを取る必要があるのではないでしょうか。司法関係者は一致して知恵を絞ってほしいと思います。法務省も近く法制審議会に諮問を行う方針です。

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(出川)
Q:今回、刑事被告人の海外逃亡という、法治国家ではあってはならない出来事が起きてしまいました。今年は、オリンピック、パラリンピックもあり、世界中から大勢の外国人が日本を訪れます。今回の事件を教訓に、出入国の管理体制の問題点を徹底的に検証し、再点検することが必要だと思います。

【冷静に究明と改善を】
(清永)
私は最初に、土俵の外で批判するゴーン元会長の絵を紹介しましたが、これに対して法務省も森法務大臣が9日未明と午前中、会見で相次いで反論し、フランス語でもコメントを出すなど、批判の応酬と言う様子も見られました。
もちろん国としての立場を明確に示すことも大切ですが、政府には、まず今回明らかになった出入国管理の不備の責任はどこにあるのかを究明し、再発防止を急ぐなど冷静な取り組みを進めてほしいと思います。

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8日の会見では、不満を繰り返したゴーン元会長ですが、何を言おうとも逃亡は正当化できません。ただこの会見が日本の司法制度を、改めて世界の目にさらす結果となったことも事実です。
海外からの指摘も謙虚に受け止め必要に応じて改善を検討することも、また大切ではないでしょうか。

(清永 聡 解説委員/出川 展恒 解説委員)

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