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「今年の水害に学ぶ~『浸水前提』の対策を」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

今年も佐賀、鹿児島、千葉など各地で豪雨や暴風の被害が相次ぎました。特に台風19号は広い範囲で甚大な浸水被害を引き起こし、氾濫を抑え込むのではなく川が溢れることを前提にした防災対策へ転換することを、あらためて迫るものになりました。今年の水害の教訓を考えます。

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解説のポイントは
▼なぜ決壊が相次いだのか
▼総合治水の成果と難しさ
▼“浸水前提”の対策とは

【なぜ決壊が相次いだのか】
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10月の台風19号による豪雨では東日本の川の堤防140ヶ所が決壊し、3万5000ヘクタールが浸水するという、近年なかった、たいへん大きな被害が出てしまいました。

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なぜ、こんなに多くの堤防が決壊したのでしょうか。
決壊は川の内側から堤防が削られたり、堤防に水がしみ込んで壊れたりするケースもあります。しかし調査が進むと140ヶ所のほとんどが「越水」によるものであることがわかりました。川の水が堤防から溢れて外側に流れ落ち、その勢いで土台部分が削られ崩壊に至るものです。
さらに専門家を驚かせたのは、かさ上げをしたり幅を広くしたりして強化された堤防でも被害が相次いだことで、国管理の堤防に限っても12カ所のうち3カ所が整備済みの場所でした。
いたるところで、長い時間、川の水が溢れ続け、次々と堤防が切れていった、そんな状況が見えてきたのです。

【総合治水の効果と難しさ】
そうした中でも、これまで積み上げてきた対策が役立ったこともわかってきました。

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国は「総合治水」という考え方で対策を進めてきました。流域一帯でダムや調節池などさまざまな施設を整備し、自然が水を受け止める機能も維持して、氾濫を起こりにくくする対策です。

例えば利根川は今回、ぎりぎりのところで氾濫を免れましたが、国土交通省は上流の7つのダムで大量の雨水を受け止め、上流部の川の水位を1メートル下げたと計算しています。また渡良瀬遊水地をはじめ4つの水を貯めるエリアなどで東京ドーム200杯分の水を貯めました。このほか都市部の地下の調節池や水をほかの川に迂回させる地下の放水路なども役立ったことがわかっています。

一方、「総合治水」の難しさを示す被害もありました。
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長野県千曲市は今回の豪雨で1200棟以上が浸水する大きな被害を受けましたが、古くからある、総合治水の考え方に沿った「霞堤」と言う施設が影響していました。

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「霞堤」は川沿いにあえて堤防を作らない部分を残し、増水したときにそこから低い土地に水を引き込み、一時的に貯えて下流の増水を抑えます。上流で決壊したときには霞堤周辺の町を守る機能もあります。武田信玄が考案したとされますが、専門家は今の河川工学で見てもすぐれた治水方式だと言います。しかし、今回、水の量があまりに多かったため溢れて市街地まで流れ込んでしまいました。千曲市は国に堤防を締め切るなど対策を求めていて、流域の市町村も参加して議論が始まっています。

「総合治水」の難しさは首都圏を流れる荒川でも見ることができます。

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台風19号で荒川の支流にあたる越辺川や都幾川などが氾濫し、埼玉県では7000棟以上が被害を受けました。

越辺川や都幾川の上流にもかつてはたくさんの霞提がありました。
昭和28年時点の国の治水計画では霞堤を組み込んだ計画が立てられていましたが、その後住宅など土地利用が進み、堤防は締め切られ霞提は次々になくなっていきました。かつて霞堤で水を引き込んでいた場所には現在、住宅がびっしりと立ち並んでいます。

今回、被害が大きかったのは下流で川が合流する地域で、これまで川の合流場所を変えるなど大規模なハード対策が行われてきました。しかし専門家は上流の霞堤がなくなったことで結果的に多くの水が流れ下り、下流の合流点が耐えきれなかったと見ています。

今後、対策が求められますが、単に堤防を高くして水を下流に流せば、下流の荒川の氾濫リスクを高めることになります。埼玉大学の田中規夫教授(たなかのりお)は、今回氾濫した水の量は上流のダム1個分に相当する2000万立法メートルで、すべて下流に流れると荒川の水位を場所によっては20~50センチ上昇させる可能性があると指摘しています。

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田中教授は「上流に調節池を整備したり、水を貯める機能を持っている土地の開発を防ぐなど、流域全体のバランスを考えた対策を進める必要がある」と話しています。

【浸水前提の対策とは】
では、今年の水害を受けて、どういう取り組みが求められるのでしょうか。

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まず流域全体でバランスのとれたハード対策です。治水対策は川ごとに長期の整備計画に基づいて進められていますが、例えば、堤防整備は進んでいる国管理区間でも68パーセントで、時間がかかっています。財源が限られる中、優先順位をあげて着実に整備を進める必要があると思います。

ただハード対策が進んでも氾濫を抑え込むことは不可能です。

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地球温暖化の影響について、専門家による国の検討会は、平均気温の上昇を産業革命前に比べて2度までに抑えるという国際的な目標が達成されたとしても、洪水の発生頻度は現在の2倍になると結論づけています。温暖化の影響かどうかわかりませんが、全国で氾濫の危険水位を超える川の数は毎年増え続けています。
川が溢れて氾濫が起こることを前提にした対策が求められています。

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荒川で大氾濫が起こると全域が浸水すると想定されている東京・葛飾区は、今年6月、浸水することを前提にした街づくり構想を打ち出しました。
30年という長期計画で、できることから目標時期を定め段階的に進めていきます。

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まず避難所の浸水対応を強化します。民間の建物にも浸水しても2階以上でしばらく暮らせる機能の整備を推奨するとともに、緊急時には避難者を受け入れてもらえるよう環境を整えます。長期的には浸水しない高台を増やすほか、大規模開発を行う民間事業者への優遇策を設け、避難者を受け入れる空間と機能を備えた建物にするよう誘導し、国にも制度設計を求めていく、というものです。
葛飾区はあわせて広域避難の取り組みも進めていて、厳しい現実を直視したうえで被害軽減をめざす取り組みとして注目されます。

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長期的な視点に立って、浸水を前提に、流域全体の安全性を高めていこうという自治体も増えています。滋賀県や兵庫県、奈良県などで、浸水の危険性の高い地域での開発や建築を規制する一方、安全なところで町づくりを進め、そこへ移り住んでもらうよう誘導しています。浸水対策への助成制度や開発業者に貯水施設の設置を義務づけているところもあります。
国は防災も考慮したコンパクトシティづくりを呼びかけていますが、防災と都市計画、農地政策などを連携させた一層の後押しが求められています。

【まとめ】
「浸水を前提にした対策」でもうひとつ、とても大切なのは住民の避難を促す態勢づくりやみんなで意識を変えていくことであるのは言うまでもありません。
こうした短期的あるいは中期的な課題とあわせて、今年の水害は、令和の時代に生まれてくる世代に対する責任として、50年先、100年先を見据えた災害に強い町づくりに本気で取り組む必要があるということも投げかけていると思います。

(松本 浩司 解説委員)

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