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「米中摩擦 2020年への展望」(時論公論)

神子田 章博  解説委員
髙橋 祐介  解説委員

ことし世界経済を揺るがした米中貿易摩擦は、今月半ばに第1段階の合意に至ったものの、根本的な対立点は残したままです。両国の関係が来年にかけてどう動いていくのか考えます。

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神子田)
まず合意の内容を見たうえで、その問題点を見ていきます。

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アメリカは今回の合意で、中国向けの輸出、とりわけ農産物の輸出拡大と、技術移転をめぐる問題で「中国企業への移転を強制するといった長年の慣行をやめる」という約束をとりつけました。
一方中国側が得たのは、今月15日から予定していた中国製品に対する関税引き上げの見送り。さらに9月から実施している関税の上乗せ分を半分に引き下げることです。
ただ強制技術移転の問題では中国はすでに改善にむけて動き出していて、新たな譲歩を引き出せたわけではありません。さらに、アメリカが問題視し続けてきた中国の国有企業による補助金の問題については結局手つかずとなりました。その一方でアメリカが中国からの2500億ドル相当の輸入品に上乗せしている25%の関税もそのままの状態です。

髙橋さん、トランプ大統領にとって不本意な合意内容にも見えますが、なぜこのタイミングで合意したのでしょうか?

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髙橋)
まだ合意文書も整わないうちから席を立ち上がり「取引成立」を宣言したトランプ大統領。アメリカが年内合意を急いだ背景には、いわば3つの誤算があったのではないでしょうか。
ひとつは、香港情勢の混乱が長期化したこと。アメリカ議会の超党派の支持で香港人権法が成立し、このまま交渉が長引けば、中国との合意はますます難しくなりました。2つ目は、先月南米チリで予定されたAPEC首脳会議が中止になったこと。トランプ政権は来月のアメリカ開催も働きかけましたが関係国の反対で実現せず、習近平国家主席とのトップ交渉で決着をはかる機会はなくなりました。3つ目は、ウクライナ疑惑をめぐるトランプ大統領の弾劾です。野党・民主党の攻勢をかわすためにも、中国との貿易交渉で“目に見える成果”を示す必要が出てきました。
現に、中国がアメリカ産の農産物を大量に購入すれば、トランプ大統領は自らの再選に向けて中西部の農業州での支持固めも可能になるというのです。ただ、米中の貿易拡大に向けて、そうした巨額のディールが実際に実行に移されるかどうかは不透明です。

神子田)
このように今回の合意は、今後に課題を残すものとなっています。では、世界経済にはどのような影響を与えることになるでしょうか。

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合意の観測が流れた今月中旬以降、アメリカの株価は上昇傾向を強め、連日のように最高値を更新しています。背景には、どこまで続くかわからなかった米中の関税引き上げ合戦に一応の歯止めがかかったという安ど感があります。

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今月15日から関税引き上げの対象となっていた中国製品には、スマートフォンやパソコンなど消費者に近い商品が多く含まれていました。関税が上乗せされれば価格が上がり、物価が上昇して消費を落ち込ませる恐れがありました。そうなれば、日本をはじめ各国からのアメリカ向け輸出を下押しする事態も懸念されていました。一方中国も貿易摩擦の影響で経済が減速し、日本などからの中国向けの輸出が一段と減る懸念が強まっていました。

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そうした中で、関税引き上げの見送りは、経済への直接的なプラスの効果に加えて、先行きの不透明感をやわらげることになり、来年にかけて各国の投資の回復にもつながると見られています。ただ、心配なのは、アメリカ側が、中国が今回の合意を着実に実施しなければ、逆に引き下げた関税ももとにもどすといっているということです。

髙橋さん、アメリカは来年になって経済摩擦を蒸し返してくるということはないのでしょうか?

髙橋)
確かに再燃の恐れは否定できません。しかし、アメリカ経済に悪い影響が出たら、再選は覚束なくなりますから、来年11月の大統領選挙まで中国との全面衝突は避けたいのがトランプ大統領の本音ではないでしょうか。

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そんな一種の手詰まり状態の中で、与党・共和党の関係者の一部には、関税に代わり中国を中長期的にけん制する枠組みを模索する動きも出ています。そのひとつがTPP=環太平洋パートナーシップ協定への復帰を目指すという“奥の手”です。しかし就任早々TPPから離脱したトランプ大統領が方針を180度転換する。そんな初夢を見る可能性はあるでしょうか?
年明け元日に発効する日米貿易協定は、アメリカ産牛肉や豚肉などの関税をTPP並みに引き下げることが柱でした。TPP加盟国であるメキシコやカナダとの新たな北米自由貿易協定も、早ければ来月にも発効する見通しです。アメリカのTPP加盟を妨げる障壁は、徐々にですが低くなりつつあるのです。
しかも、来月の台湾総統選挙で再選をめざす蔡英文総統は、独自の関税地域としてTPP加盟にも意欲的です。もしアメリカと台湾の同時加盟が実現したら、中国に対してきわめて強力なけん制になるでしょう。
無論TPP加盟には現在の11か国すべての同意が必要です。そうした初夢が正夢になるとは限りません。来年はアメリカがTPP加盟に動き出すかどうか注視していく必要がありそうです。

神子田)
ここからは、今回の米中摩擦がつきつけた課題と展望について考えていきます。私は、今回の協議を通じてアメリカがクローズアップした中国の構造問題は、中国自身が改革を急がなければならない課題だとみています。

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例えば中国政府が国有企業に事実上の補助金を与え、外国の企業との競争を不公平にしているという問題は、中国国内での民間企業との競争についてもあてはまるものです。中国の民間企業はいまやGDPの6割を生み出すなど成長の原動力となっていますが、国有企業とは異なり必要な資金が調達できないと不満を訴えており、最近では事業拡大のモチベーションも落ちているという話を聞きます。
実際に多くのベンチャー企業が経済の急成長をもたらした南部広東省の深セン市では、今年1月から6月までの成長率が7.4%だったのに対し、1月から9月は6.6%と伸びが大幅に鈍っています。このことが中国の経済体制のありように注意信号を発しているという受け止めも出ています。中国経済をより市場原理にもとづいたものとする改革は、アメリカに言われずとも、待ったなしの課題なのです。
ただ中国はアメリカと覇権を争う上でも製造業の強化を急がねばならず、引き続き国有企業を主体として産業を育成していくものと思われます。来年にかけても、国家の体制の根幹に関わる部分では一歩も引くことはないのではないでしょうか。

髙橋)
ことしアメリカ国民の対中感情は過去最悪の状態まで悪化しました。両国の対立は、貿易にとどまらず、人権や安全保障の分野にも拡大しています。中国は辛抱強く付き合えば、やがて民主化し、価値観を共有する国々の一員になる。そうした従来の考え方は否定されました。

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天気図に喩えれば「米中の大気は決して交わらない」「やはり中国は異質だ」そんな考え方がはっきり意識された1年でもありました。来年はそうした緊張状態がいわば当たり前の新たな常態となる可能性が高いでしょう。そんな米中ふたつの高気圧に挟まれて、いわば気圧の谷に位置するのが日本です。気圧の谷は天気をぐずつかせ、時に雨も降らせます。今回の合意で、僅かに晴れ間がのぞいたからと言って、傘の用意を怠ってはならないでしょう。

神子田)
歓迎すべきでもあり、その実、手放しで喜べないクリスマスプレゼントとなった米中合意。世界は今後も、アメリカと中国という二つの大国のピリピリとした緊張関係が続く中で、気を緩めることができない状況が続いていくことになりそうです。

(神子田 章博 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員)

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