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「台湾総統選挙の行方」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

台湾では来月11日、4年に1度の総統選挙が行われます。中台関係や日本も含む東アジア情勢にもさまざまな影響をもたらすこの総統選挙は、去年までは分が悪いとみられていた現職の蔡英文総統が、急速に勢いを取り戻し、リードする展開になってきました。そこで、およそ20日後に迫った台湾の総統選挙はどうなるのか。その行方について考えてみたいと思います。

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(VTR:台湾総統選挙)
台湾の総統選挙は、今月13日に告示され、これまでに現職で与党民進党の蔡英文氏と、高雄市長で野党国民党の韓国瑜氏、それに野党親民党の宋楚瑜氏の3人が立候補しました。
一時立候補が有力視された台北市長や財界の大物ら第三の勢力といわれた人たちは、結局立候補しませんでした。このため選挙は、事実上、蔡英文氏と韓国瑜氏、つまり台湾の2大政党である与党民進党と野党国民党の候補同士の一騎打ちの形になっています。

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このうち独立色が強いといわれる民進党の蔡英文氏は、中国とは一定の距離を置き、現状維持を政策の中心に据えています。中国が打ち出している「一国二制度」による統一に対しては、これを受け入れないという姿勢を明確に示してきました。

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一方、中国との関係を重視するといわれてきた国民党の韓国瑜氏は、「一国二制度」については当初、態度を明確にしていませんでした。しかし、それが批判されたことから、今は、やはり「一国二制度」に反対する姿勢に転じ、追い上げを図っています。

現地からの報道では、目下のところ、現職の蔡英文氏がややリードする展開になっていると伝えられています。ただ、そのような展開は、1年余り前には、ほとんど予想できなかったことでした。中国との関係がギクシャクしたことで台湾の経済が低迷し、民進党に対する世論の風当たりが強かったからです。去年11月に行われた台湾の統一地方選挙で、与党民進党は惨敗。蔡英文総統は二期目に挑戦すらできないのではないかという見方さえ出たほどでした。

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こちらはその統一地方選挙で、当選した県知事や市長の数を、所属別に分けた表です。
去年と前回2014年を比べると、前回は、民進党からの当選者が13人。国民党は6人と2倍以上も民進党が差をつけていました。ところが去年の選挙では一転して、民進党が6人、国民党は15人と完全に逆転されました。

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それぞれの政党に対する得票率にも、その変化ははっきりと表れました。
2014年には民進党が48%、国民党が41%だったのに対して、去年は民進党が39%、国民党が49%とこちらも完全にひっくり返された形でした。

このような状況で、蔡英文氏が総統選挙に立候補しても、とても勝ち目がないのではないか、と当時は見られていたのです。
それをがらりと変えたのが、今年に入って吹きあれた3つの「突風」です。
最初の突風は今年初め、中国大陸のほうから吹いてきました。

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中国の習近平国家主席は今年1月2日、台湾に向けて統一を呼びかける演説を行いました。
この中で習主席は、まず「祖国は統一されなければならず、統一することが必然なのだ」と強気の姿勢を示しました。習主席は、平和統一が基本であるとしながらも、「外国の干渉や、台湾のごく少数の『台湾独立』勢力に対して武力行使をすることは放棄しない」と言い切ったのです。

この「ごく少数」を攻撃するためには武力行使もいとわないという物言いこそが、台湾の人たちを余計に震え上がらせたのです。それは、30年前の天安門事件の時に、中国共産党は「ごく少数の人」が起こした動乱を収拾するという名目で、実際に何十万人もの兵力を動員して大規模な武力鎮圧をやってのけたという動かしがたい歴史があるからです。中国共産党が「ごく少数の人」と言い出したらかえって危ない。習近平演説は、台湾の人たちの「反中国感情」に火をつけた形になりました。
台湾の政治の流れを変えた2つ目の突風は、アメリカから吹いてきました。アメリカが台湾に対して強い支援の手を差し伸べ始めたことです。

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アメリカは去年3月、アメリカの高官が台湾を訪問し台湾と交流することなどを決めた台湾旅行法を成立させ、それまで以上に、台湾との関係を緊密化させてきました。そして、今年に入ってからは、トランプ政権が台湾への武器売却を進め、これまでに戦車108両や地対空ミサイル、さらに高性能戦闘機F16、66機を売りこみました。近年にない大量売却です。

これは、武力行使も辞さないと中国に脅かされる台湾の人たちにとっては、まことに心強い支援になったと思います。台湾の人たちが、蔡英文政権ならアメリカは助けてくれるという気持ちになっても不思議ではありません。
そして、台湾の政治の流れを変えた3つ目の「突風」は、一国二制度の原則に基づき高度な自治が保証されているはずだった香港から吹いてきました。

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香港では、今年6月以来、容疑者の身柄を中国に引き渡しできるようにする逃亡犯条例の改定案を香港当局が無理やり成立させようとしたことを発端に大規模な抗議デモが半年も続いてきました。これに対して香港当局は、しだいに態度を硬化させ、警察力を総動員して力でねじ伏せる姿勢を鮮明にしてきたのです。警察官が使う道具も、最初のうちは催涙スプレーやガス弾でしたが、やがて実弾を発砲するケースも相次ぎ、死傷者や逮捕者の数がどんどん膨れ上がりました。当局に逆らえば、力でねじ伏せられ、牢屋にぶち込まれる。こうした香港の現実が、台湾の人たちに大きな衝撃を与えたのです。

中国は、これまで台湾を統一するにあたって、香港に導入された「一国二制度」を持ち出し、台湾の人たちにはさらなる言論の自由や民主主義を保証すると繰り返し主張してきました。今年初めの習近平演説でも、「一国二制度」が強調されています。
しかし台湾の人たちはそれを真に受けることができるでしょうか。
統一しても「今とあまり変わらない」といわれて、「はいそうですか」とおめおめ受け入れてしまえば、どんな弾圧を受けることになるかわかったものではない。香港の混乱は、そんな猜疑心を、台湾の人たちの間に植えつけることになったのです。
以上ごらんいただきましたように、今年台湾に吹いた3つの突風は、台湾総統選挙の流れにも、きわめて大きな変化をもたらしたといえます。

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こちらは、蔡英文氏の支持率の変化を大まかに示した図です。様々な世論調査がありますが、大体のところは以下のように推移してきました。
去年の11月の統一地方選挙で与党民進党が大敗したころには30%を切るほどの厳しい状態でしたが、習近平演説があった1月に反転。香港のデモが始まった6月には40%台にまで回復しています。さらにアメリカの武器売却や香港のデモが警察官によって厳しく抑え込まれるようになった夏から秋にかけて支持率はまたまた上昇、先月の段階で50%前後かそれ以上の支持を得る形になったのです。

一方、台湾メディアの報道によりますと、野党国民党の韓国瑜氏の支持率は、ちょうど蔡英文氏の動きとは逆の形で低下してきたといえます。
もちろん、まだ、20日近くありますから、この後どんな突風が吹くのかはまだわかりません。香港では最近、大規模デモの申請が許可されるなど、当局側の柔軟な姿勢が感じられるようになりました。牙を見せることが、結果的に蔡英文氏の追い風になることは避けたいという中国の思惑が働いているように思います。ただ、総統選挙が終わったら再び強硬な姿勢に立ち返るのか、それとも香港や台湾をつなぎとめようと柔軟路線を維持するのかはなお不透明です。東アジア情勢の今後をも左右する台湾の総統選挙。果たして最終結果はどうなるのか、年明け早々の選挙に注目したいと思います。

(加藤 青延 専門解説委員)

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