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「長門首脳会談から3年 日ロ平和条約交渉の課題」(時論公論)

石川 一洋  解説委員
岩田 明子  解説委員

日ロ平和条約交渉が難航しています。安倍総理の故郷長門での日ロ首脳会談から3年、北方4島における共同経済活動の具体化への交渉や56年日ソ共同宣言に基づく交渉加速化で合意したもののまだ成果はありません。日米と中ロがそれぞれ安全保障での関係を強化する中、安全保障問題が平和条約交渉の最大の難関となっています。

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解説のポイントです。
▼共同経済活動と56年日ソ共同宣言
▼歴史認識の問題克服は?
▼“中ロ同盟”と日米安保

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今の交渉の枠組みです。二つの柱から成り立っています。
長門首脳会談で合意された北方4島における共同経済活動と去年11月シンガポールの首脳会談で合意された56年日ソ共同宣言に基づく交渉加速化です。

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まず▼共同経済活動の合意以下の三点です
 共同経済活動は平和条約の締結の重要な一歩
 国際約束を含む法的基盤の討議
 平和条約に関する日ロの立場を害さない
▼56年日ソ共同宣言は、平和条約締結後ロシアは日本に歯舞色丹の二島を引き渡すとしています。現在の交渉の状況はどうなっているのでしょうか

岩田)この二つはいわば車の両輪として進めていくことです。
そもそも共同経済活動の交渉は、「島の将来像をまず具体化する」という新しいアプローチの提案から生み出された構想でした。観光やごみ処理など具体的なプロジェクトを一つ一つ積み上げていくアプローチです。そして両首脳は「一つ一つの課題を整理しながら、環境が整った時点で、最終的に4島の帰属の問題を決着して平和条約を締結する」との暗黙の了解をしていました。

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石川)去年9月、ウラジオストクでプーチン大統領は「アイデアは良いのだが歩みが遅い」と述べて進展の遅さにいら立ちを示し、領土問題を棚上げする形で、まず平和条約を締結しようと提案しました。そこから一気に交渉が急展開しましたね。

岩田)去年11月のシンガポールの首脳会談で、両首脳は、1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速化することで合意しました。ただ共同経済活動と日ソ共同宣言に基づく交渉加速化は、車の両輪のように進めていくことも、両首脳は合意しています。
共同経済活動という、いわば将来像に向けて環境を一つ一つ整理し積み上げていくという息の長い作業から、一気に本丸に踏み込むことになったと言えます。

石川)そのことが、日本側が従来の主張である「4島の帰属の問題」だけを迫り、かつ期限ありきで交渉を急いだかのような印象をロシア側に与えてしまった側面もありました。
56年宣言で難しいのは、二島を引き渡すということが明記されていることです。日本にとっては4島を諦めたのかという強い反対論を起こし、一方ロシアでも島を引き渡すのかという反対運動が顕著になりました。それが、プーチン大統領が慎重な姿勢に転換した背景にはあります。

岩田)日本側は首脳間の暗黙の了解の原点に戻り、着実に一歩一歩交渉を進めていく方針です。

石川)さて次は歴史認識の問題をいかに克服するかです。
先月のチリでのAPECが中止となり、来年9月のウラジオストクまで日ロ首脳会談の見通しがたっていません。ロシアがドーピング問題で東京五輪から国としての参加できなくなったのも痛手です。国としての参加がないと当然大統領の五輪での訪日も無くなります。

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岩田)ひとつ選択肢として検討の余地があるのは、5月9日のロシアにおける対ドイツ戦勝記念日の式典への参加です。すでにプーチン大統領から安倍総理に招待状が来ています。

石川)ただウラジオストクの東方経済フォーラムも来年は9月2日に開催されます。まさにミズーリ―号で日本が降伏文書に署名した日で、ロシアでは対日戦勝記念日と位置付けられています。5月9日と9月2日、歴史問題が極めてセンシティブな日です。

岩田)確かにリスクはあります。
実は安倍総理とプーチン大統領は長門とシンガポールの首脳会談で「歴史的なピンポンはやめよう」ということで合意しています。歴史的ピンポンとは、プーチン大統領が使った言葉で、従来から日ロ間で繰り返されている法的・歴史的な建前論の応酬をやめて建設的な議論をしようという意味です。

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5月9日、9月2日という歴史的意味の深い日に首脳会談をすることで、安倍総理には、「歴史的ピンポンをやめよう」という精神で、日ロ間の「歴史認識の問題」を克服する契機にしたいという狙いがあるのかもしれません。
ただロシアは交渉の中で第二次大戦の結果、北方領土がロシア領となったことをまず認めるよう迫り、再び「歴史的ピンポン」を始め、日本との立場の違いは埋まっていません。そのためことし6月、大阪で行われた首脳会談で、安倍総理は「歴史的なピンポンはやめよう」と大統領に再度クギをさしました。
日本にとって、9月2日は、まさに北方領土が占領され、さらにシベリアに60万人の兵士が抑留された屈辱の歴史ともいえるものです。
安倍総理が敢えてこの9月2日にウラジオストクを訪問するのであれば、日本人抑留者の慰霊碑とロシアの無名戦士の記念碑に、プーチン大統領と共同で慰霊することを検討しても良いのではないでしょうか。

石川)さて次に安全保障の問題。
10月プーチン大統領は「中ロは同盟的関係にあり、ロシアは中国にミサイルに対する早期警戒システムを供与する」と述べ、いわば疑似同盟関係にまで一歩踏みこみました。
米ロのINF中距離ミサイル全廃条約がこの8月無効となり、米中ロの核戦略がアジアでぶつかる恐れがあります。アメリカは中国の中距離ミサイルを抑止するためにアジアに中距離ミサイルを配備するとしています。ロシアは、日本に配備するのではと疑い、日本の対応を注視しています。またプーチン大統領は「日本が同盟国アメリカに対してどのような義務を負っているのか、我々は知る必要がある」と述べ、日米安保が平和条約交渉の障害との考えを示しています。日本が配備を決定したイージスアショアについてロシアは、NATOがポーランドとルーマニアに配備したものと同じく、実際はアメリカが運用するのではないかと疑っています。
プーチン大統領は、日本に島を渡してロシアに安全保障上何の利益があるのかと聞いているのです。

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岩田)平和条約交渉の最大の難関は、日米安保条約と日ロ平和条約をどのように両立させるのか、安全保障の問題にあると思います。日本政府は、中ロの接近もアメリカによるアジアへの中距離弾道ミサイル配備の動きと関連しているとみています。日本は、日米同盟を強化しつつ、アジアが米・中・ロの軍拡競争とならないためにも、中国との戦略的互恵関係を進めながら、日ロの平和条約交渉を進めることが重要だと考えています。安倍総理は、日本のイージスアショアは、総理大臣の指揮下にあり、日本の所有物で日本が運用する防衛兵器であり、NATOが配備したものとは全く異なるものだとプーチン大統領に説明していますが、理解を得るにいたっていません。
今年6月、大阪での首脳会談で、プーチン大統領に対して「事務レベルでの交渉が停滞しているのは、INF条約をめぐる米ロの対立が原因なのか」と率直に尋ねました。
プーチン大統領は、そうした要因を否定せず、日本へのミサイル配備を懸念しているのは確かでしょう。
先月安倍総理は、ローマ教皇を官邸に招き、核廃絶を訴える教皇の演説を受けて、各国大使の前で、日本としても唯一の戦争被爆国として「核廃絶は目標」と述べました。
アメリカの中距離核ミサイルの日本配備はあり得ないというロシアへのメッセージとも読み取れます。

日本政府としても安全保障の問題を避けずに正面からロシアと話し合う方針です。
日米同盟と中ロの戦略的関係強化の間で、日ロが安全保障面でどこまで信頼関係を築き、それを条約に反映できるのかが決定的に重要な要素となりそうです。

石川)日本とロシアは北東アジアの大国です。日ロの平和条約が如何に北東アジアの平和と安全に貢献できるのか、そして日本とロシアのそれぞれの地政学的な利益をどのように重ね合わせるのか、日ロの将来像を見据えた広い視点も必要となるでしょう。

(石川 一洋 解説委員/岩田 明子 解説委員)

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