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「ノーベル化学賞に吉野彰さん リチウムイオン電池実用化に貢献」(時論公論)

水野 倫之  解説委員

旭化成の名誉フェロー吉野彰さんはリチウムイオン電池の電極を開発、実用化に多大な貢献をしたとして今年のノーベル化学賞の受賞が決定。
リチウムイオン電池は、スマホなどの電源として世界中の人々の暮らしになくてはならないもの。その実用化の裏には日本の技術者の大きな貢献があった。

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これで日本がノーベル賞を受賞するのは21世紀に入ってから18人と、アメリカに次いで世界第2位。

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▽リチウムイオン電池のすごさ
▽吉野さんの研究成果はどのように花開いたか。
▽そして、今後も日本がノーベル賞級の成果を上げていくには。以上3点から水野倫之解説委員の解説。
リチウムイオン電池が実用化される1990年代以前は、充電電池は、車のバッテリーのように「大きくて重い」というのが常識。
その常識を覆し、軽くて小型にもかかわらず容量が大きいというのがリチウムイオン電池の最大の特徴。
これがなかったら、スマホやノートパソコンなど持ち運べるモバイル機器の進化はなく、今のようなIT社会も実現していなかったといっても過言ではない。

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その仕組みはプラスの電極にはリチウムを使った材料が、またマイナス極には炭素が使われ、特殊な液体に浸されている。

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充放電のときにはリチウムがプラスの電気を帯びたリチウムとマイナスの電気を帯びた電子に別れ、リチウムは特殊な液体を通り、また電子は電線を伝って電極間を移動。

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この時リチウムの特性からほかの電池よりも倍以上の電圧で電流が流れることから、軽くて効率のよい電池となる。

ただその開発は容易ではなかった。
70年代には鉛などよりも軽いリチウムがすでに注目され、金属状態のリチウムを使うと高い電圧が得られることがわかった。
しかし、大きな欠点も。

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繰り返し使うと電極に結晶がこびりついてショートし、発熱や発火する危険があった。そこでいかに安全性が高い電極を開発するかが実用化への課題となり各国で開発競争が激しくなった。
そうした中、安全なマイナスの電極を開発し、実用化に大きく貢献したのが吉野さん。

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 吉野さんが化学に興味を持ったのは小3年の時、大学で化学を専攻してた担任から面白いと聞かされたのがきっかけ。大学卒業後旭化成に入社。研究所に配属されましたが、自ら選んだテーマが3回続けて失敗し、研究打ち切りとなった。

そして4つ目に選んだテーマが特殊なプラスチックの研究。電池の電極として研究していたわけではなかったが、途中で電極材料になることに気づく。
この時、今回同時に受賞が決まったグッドイナフ教授と、ともに研究していた日本人研究者の論文が目に付き、それ以降、リチウムイオン電池の電極の研究にのめりこむ。
試行錯誤の結果、特殊な炭素を使えば、安全なマイナス電極ができることをつきとめ、1985年、現在のリチウムイオン電池の原型となる電池の開発に成功。

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以前私が成功の秘訣について尋ねたのに対し、吉野さんは「当時の研究所の所長が、これを研究しろとは言わず何か面白いものを見つけなさいとだけ言って自由にやらせてもらえたことがよかった」と自身の研究を振り返っていたのが印象的。

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今回の吉野さんの受賞決定で、自然科学系の日本のノーベル賞受賞者はアメリカ国籍を取得した人も含めて24人と世界第5位。
また21世紀に限ってみれば18人が受賞し、アメリカに次いで世界2位。
しかし、現状は日本の科学技術の国際的な競争力が確実に低下し、一人負けの状態にある。

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まず影響力の高い研究論文がほかの国に比べて確実に減少。
研究論文は、ほかの研究者に引用された回数が多いほどすぐれた研究とされる。
その回数が世界の上位10%に入る影響力の高い論文の日本の割合は2005年から2007年の平均で見るとまだ世界5位だったが、2015年から2017年の平均では9位にまで後退。主要国では日本だけが一人負け状態で、中国が存在感。

原因は様々あるが、若手研究者の研究環境が悪化していることが大きく影響。
今回の受賞理由となった研究成果は吉野さんが30歳代の時のもの。過去の日本の受賞者も、多くが20歳代後半からから30歳代で成果を上げて受賞。
科学技術の国際的な競争力を高めていくには、吉野さんの場合のように、若手の研究者が自由に研究できる場を多く設けて支援していくことが重要。

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しかし現状まず若手研究者のポストが減っている。
国立大学の教員のうち20代30代の若手は、任期が限られた非正規雇用の割合は2007年度は教員全体の39%だったのが、2018年度は65%まで増加。

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その原因のひとつは運営費交付金の削減。
政府は競争的な研究資金を増やしたり実用化が見通せる研究を手厚く保護する一方で、人件費や基礎的な研究費に充てる運営費交付金を10年間で1000億円余り削減。
このため大学は人件費を抑えるため若手の研究者がつくポストを減らして対応。このため若い研究者は定職につけず、任期が限られた非正規雇用の研究職を点々とすることを強いられるケースが多い。じっくり腰を落ち着けた研究ができず、また研究資金も少なくなってきているため、自由に研究を行うことが年々難しくなっている。
競争的資金の若者の枠をさらに増やすなど、若手の能力を生かし、日本の得意分野をしっかりと延ばしていけるような研究環境をどう構築していくのか、日本人のノーベル賞受賞決定をきっかけに、将来を見据えた科学技術政策を打ちだしていくことが求められる。

(水野 倫之 解説委員)

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