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「球数制限導入 高校野球 進化のために」(時論公論)

小澤 正修  解説委員

高校野球で、ピッチャーのけがの予防を目指す、いわゆる「球数制限」が来年春のセンバツから導入されることが11月29日に決まりました。ただ、球数制限の導入だけがすべてではなく、高校野球が価値観の変化を受け入れ、進化することが求められています。球数制限導入の先にあるものについて、考えます。

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解説のポイントです。

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1)導入が決まった球数制限とはなにか。
2)その背景にある価値観の変化。
3)そして問われる高校野球のあり方について考えます。

【どのように変わるのか】
導入が決まった球数制限は、どのようなものなのでしょうか。

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高野連・日本高校野球連盟は先週、有識者会議の答申を受けて、1人のピッチャーが1週間に公式戦で投げられる球数の上限を500球までと決めました。この制限は、来年春のセンバツ以降、全国大会だけでなく地方大会、それに軟式の高校野球を含めて適用されます。ピッチャーの起用について自由度を高めるために1試合での上限はなく、公式記録をもとに1週間の球数をカウントし、上限に達した時のバッターの打席が完了した時点で、ピッチャーが交代するとしています。日程も、地方大会から3連戦を回避するよう、各都道府県の高野連に要請し、球数制限と組み合わせることで、ピッチャーの負担を減らすのが狙いです。

【スタートしたことに意義】
ただ、今回の球数制限を疑問視する声もあります。

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1週間に500球という枠組みで見ると、夏の甲子園で上限に達したピッチャーは、去年は準優勝した金足農業の吉田投手1人だけ、ことしはゼロと、ほぼ球数制限の枠組みの中に収まります。また、1週間のうち2試合に登板し、1試合あたり200球程度も投げてよいのか。こうしたことから、今回の導入は、本当にピッチャーをけがから守るために有効なのか、と指摘されているのです。球数の上限は1995年の日本臨床スポーツ医学会の提言をもとにしていますが、高校生を対象にした医学的なデータは少ないのが現状で、高野連も「500球について医学的に明確な根拠はない」としています。このため、高野連では、来年から3年間は試行期間として、春夏の甲子園だけではなく、地方大会で準々決勝と準決勝に登板したピッチャーを対象に、ひじや肩の関節の機能検査を行い、データを集めて1週間500球が適切なのか、議論を深めることにしています。賛否はありますが、長年必要性が指摘されながら、本格的な検討が進まなかった問題だけに、まずは、投げ過ぎが、けがのリスク要因であること、そして医学的、科学的なデータを基に健康問題を考えるという共通認識で、スタートしたことに意義があるのではないかと思います。

【背景には価値観の変化】
では、なぜ今回スタートできたのか。その背景には、多くの人たちの価値観の変化があるのではないかと思います。

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平成3年夏、県勢初優勝の期待がかかった沖縄水産の大野投手が、決勝まで6試合すべてに完投し、大会後、ひじを骨折していたことが判明して、その後、投手生命を絶たれる出来事がありました。学生スポーツではこれまで、自己犠牲が正当化されることもありましたが、今回、高野連の有識者会議は、「過度の自己犠牲の美徳化は、現代社会では教育の範ちゅうから逸脱している」と指摘しています。去年夏、金足農業の吉田投手が記録的な猛暑の中、6試合で881球を投げて、改めて球数制限を求める声が相次ぎ、去年12月には、新潟県の高野連が独自に春の県大会で1試合100球までとする球数制限を実施すると表明。結局導入は見送られましたが、高野連は有識者会議を設置して議論を始めました。

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その過程で、こんどは最速163キロの速球を誇る大船渡高校の佐々木投手が、甲子園出場のかかった岩手大会決勝に監督の指示で登板せず、大きな話題となったのです。甲子園出場がかかった決勝に「けがの防止」を理由にエースが登板しない、いわば甲子園出場を最優先としない価値観に世論も分かれ、「投げるべきだった」という意見も多く聞かれました。そもそも球数制限自体に、部員の多い強豪校が有利になってしまう、また、燃え尽きたい選手の気持ちを考えると一律にルールを設けるには反対だ、という声は根強くあります。ただ、来年に東京オリンピック・パラリンピックの開催を控え、選手第1主義、アスリートファーストという考え方が広がる中で、高校野球においても、球児の健康にこれまで以上に厳しい目が向けられるようになり、高野連に導入の決断を迫ることになったのではないかと思います。

【問われる変化への対応】

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有識者会議の座長を務めた慶応大学の中島教授は「変化に逆らえば、衰退の道をたどるだけである。甲子園が世間の注目を集めている今こそ、先を見据えた改革が必要だ」としています。エースだけに頼らない複数のピッチャーの育成はもちろん、答申では学校や指導者に対して▼スポーツ障害の多くは練習過多が要因のため、週1回以上の完全休養日を設けること、▼一方的ではなく、指導者と部員が互いにコミュニケーションをとりあえる環境を作るよう工夫すること、▼負担の少ないフォームの指導方法について研さんにつとめること、などを求めています。球数は、けがのリスク要因ではありますが、球数を抑えれば絶対にけがをしないわけではありません。また、試合で投げる体力や、繊細なコントロールを身につけるためには練習を繰り返すことが必要です。投球の強度や、フォーム、疲労の状態、選手1人1人の特性が、複合的に絡み合ってけがが起きることを指導者も選手も理解し、どう技術を磨いていくのか。個人を尊重して取り組んでいけるような環境作りが求められているのです。高校野球も時代とともに変わっていかないといけない。球数制限の議論は、その第1歩に過ぎないのです。

【改革は小中学生にも影響】
高校野球の取り組みは、甲子園を目指す子供たちにも影響を与えます。実はけがの問題は、小中学生のほうが深刻だと言われています。

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全日本軟式野球連盟がことし、「小学生の甲子園」と呼ばれる全日本学童軟式野球大会に出場したほぼすべての選手を対象にひじの検査を行ったところ、854人中、13%にあたる112人が、ひじの軟骨がはがれるなど、医師の診察が早急に必要な、症状の重い段階だったことがわかりました。またこのうち6年生が67%をしめ、学年があがるごとにその割合が高まっています。高校生のけがは、もともと小中学生の頃に痛めたものが再発するケースが多いとされています。注目度の高い高校野球が、価値観の変化を受け入れて、球数制限の導入をはじめ、進化していくことで、野球界全体の見直しも進む可能性があるのではないでしょうか。

【求められるものは】
高校野球のスタートはプロ野球より古く、100年以上に渡って、多くの人たちに支持されてきた歴史があります。このため、甲子園は球児の憧れの舞台だった一方、部活動をこえた注目も集めてきました。時には「怪物」と称されるエースが1人で投げ続け、多くの名勝負が生まれましたが、本来は育成年代に求められないはずの過度の期待から無理をして、その後の野球人生に影響を受けてしまったケースが数多くあったのも事実です。私もかつての球児として、「仲間と同じ目標を共有し、そこに向かって努力する」という高校野球の根幹はこれからも続いてほしいと思います。ただ、その結果としての勝利は、個人の犠牲の上に成り立つものではありません。球数制限の導入が、今後高校野球がさらに進化し、新たな伝統を築くきっかけになってほしいと思います。

(小澤 正修 解説委員)

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