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「冷戦終結30年 核廃絶の理想は終わったか」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員
石川 一洋  解説委員

アメリカとソビエトが冷戦終結を宣言してから30年を迎えました。厳しく対峙してきた米ソの和解によって、人類は核戦争の恐怖から解き放たれ、世界は核廃絶という理想に向かう希望が生まれました。ところが、今なお相互不信の壁がそびえ立ち、冷戦終結の最大の成果だった核軍縮も一向に進みません。米ロ関係の現状を分析し、世界はどこに向かおうとしているか考えます。

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ポイントは3つ。

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▽まず冷戦終結とは何だったのか
▽次に核軍縮の現状と課題
▽そして新たな理想についてです。

髙橋)
30年前のきょう、地中海に浮かぶマルタ島に停泊したソビエトのクルーズ客船。ここで2日間に及ぶ会談を終えた当時のアメリカのブッシュ大統領とソビエト共産党のゴルバチョフ書記長は、共同で会見に臨みました。

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「世界は冷戦というひとつの時代から離れ、新しい時代に入る」そうゴルバチョフ氏が述べたのに対し、ブッシュ氏も「われわれは永続的な平和と持続的な協力を実現できる」と応じました。
当時の東ヨーロッパは民主化を求める市民による革命の真っ只中。東西を隔てる象徴と言われたベルリンの壁が崩壊してから1か月も経っていませんでした。この会談から2年後、ソビエトは崩壊に至ります。しかし、当時はそれを知る由も無く、米ソには多くの対立の溝がありました。
機密指定を解かれた会談の記録では、アメリカ側が「ヨーロッパの分断は西側の価値観を基礎にすることで克服できる」と主張したのに対し、ゴルバチョフ氏がはっきり異を唱えた場面もありました。

目ぼしい合意もなかったこのマルタ会談が、なぜ冷戦終結の節目と記憶されているのか?それは首脳同士が信を結び、互いに相手を敵とは看做さない、対話と協力によって問題解決をはかることで一致できたからです。去年亡くなったブッシュ氏は生前「古い冷戦のレトリックではなく、目を見開きながら、広く大きく考えるよう心がけた」と当時を振り返っていました。

石川さん、なぜ冷戦終結は可能だったのでしょうか?

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石川)
米ソ両国の指導者に「核戦争には勝者は無い」という危機感が共有されていたことが重要です。背景には1980年代半ば、米ソ冷戦はむしろ緊張が高まり、このままでは人類全体を滅亡させてしまう核戦争が起きるのではないかという恐怖と危機感が世界に広がっていたことがあります。
次にソビエト側では、理想主義を掲げる指導者ゴルバチョフが登場したことです。社会主義と資本主義のイデオロギー的な対立ではなく、人類共通の価値観やヨーロッパ共通の家という理想主義を掲げました。ただ彼は別に社会主義体制の崩壊を望んでいたわけではなく、ソビエト経済が行き詰まりを見せる中で社会主義を改革することで、東西の体制は共存し、融和できると信じていました。

しかしマルタ首脳会談の前後から、人々の自由への欲求や民族の自立への動きなど現実が、ゴルバチョフを追い越し、時代は急変します。東側社会主義体制、続いてソビエト連邦も崩壊に至ります。そして世界がグローバル化していきました。イデオロギーの面では自由と民主主義と市場経済の資本主義が社会主義に勝利したわけです。

髙橋)
冷戦終結の最大の成果は核軍縮でした。米ソあわせて最大で6万発を超える核弾頭を保有し、東西両陣営が強大な軍事力で対峙する時代は終わりました。

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では、30年後の今、世界にはどれだけ核弾頭があるでしょうか?こちらは北欧スウェーデンの研究機関が今年1月時点で推計したものです。冷戦たけなわだった頃の4分の1以下に減ってきたとは言え、NPT=核拡散防止条約で核保有を認められた5つの国以外にも、核は拡散しています。北朝鮮は核弾頭を何発持っているかも定かではありません。
こうした現状で、米ロ両国はなお世界全体の90%以上を保有しています。それだけ核兵器を減らすべき“特別な責任”を負っていると言えるでしょう。

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ところが、冷戦末期に結んだINF=中距離核ミサイル全廃条約は今年8月、効力を失いました。双方が条約違反を非難しあったのが直接の原因ですが、アメリカは「冷戦時代の条約は現在にそぐわない」として、軍備拡張を進める中国も交え、新たな条約を結び直す必要があるとしています。

石川)
INF全廃条約はヨーロッパでの核戦争の恐怖を無くしました。その失効の影響はヨーロッパではなくアジアにあるでしょう。
ヨーロッパでは、ロシアのプーチン大統領は、条約は失効したが、お互いに中距離核ミサイルを配備しないことを提案しています。中距離核兵器の新たな配備は防げるかもしれません。しかしアジアでは中国の中距離核ミサイルが優位に立っています。これを抑止するためにアメリカはアジアに中距離核ミサイルを配備するとしています。ところがそうなればロシアは対抗措置としてシベリア以東に中距離核ミサイルの配備に踏み切る可能性もあります。
さらにプーチン大統領は中国にミサイルの早期警戒システムを供与すると述べており、北東アジアにおいて中ロが核戦略の面で連携を深める可能性があります。核軍縮の枠組みが崩れたことによる危機のフロンティアがアジアになる可能性があるのです。

髙橋)
このINF条約と並び、米ロ核軍縮のいわばクルマの両輪として、戦略核ミサイルの削減を定めた新START条約も、今から1年あまり先に期限を迎えます。しかし、ロシアによるクリミア併合をきっかけに米ロは鋭く対立。交渉は停滞しています。
石川さん、このままでは米ロの核を制限する取り決めは何も無くなってしまうのでは?

石川)
その恐れが強いです。ロシアのプーチン大統領は強い欧米への不信感のもと、安全保障の根幹は軍事力という安全保障観を崩そうとしません。戦略核の総数だけは制限するという新START条約の曖昧さをついて超音速ミサイルの実戦配備など核兵器の近代化をアメリカに先駆けて進めてきました。
ロシアは条約の延長を提案していますが、実はアメリカにも、ロシアにも、中国が入らない米ロだけの条約は時代遅れになったとの意見も強いのです。新たな条約を策定するには時間が不足して、悲観的見通しが強まっています。

髙橋)
そうした現状の打開に政治指導者が口をつぐむなか、先日来日したローマ教皇フランシスコは、被爆地から発したメッセージで、現実を理想に近づける努力を倫理として語りました。「核兵器は脅威から私たちを守ってくれない」「私たちは多国間主義の衰退を目の当たりにしている」そうした教皇の踏み込んだ発言は世界から注目を浴びました。
宗教家が語る理想は現実的ではない。そんな冷やかな見方もあるのは確かです。しかし、冷戦末期、ポーランド出身の当時の教皇ヨハネ・パウロ2世は、共産圏で自由と民主化を求める人々の心の支えとなり、やがて東西の壁を壊す原動力のひとつになったこともありました。

石川)
今のロシアでは、ゴルバチョフの理想主義に対して冷ややかな世論が大勢です。ロシアは国家存亡の危機の時には通常戦力に対する攻撃でも核兵器使用を行うという軍事ドクトリンを定めています。いわゆる終末時計は2分前と冷戦時代よりも危機的な状況を示しています。しかし米ロの指導者は人類共通の価値を考えた理想を語ることはありません。米ロなど大国の指導者は厳しいリアルポリテックスを進めるにしても、今こそその先に何があるのか、理想を掲げる必要があるのではないでしょうか。

髙橋)
冷戦後、唯一の超大国となったアメリカの力に陰りが見え始め、中国が急速に台頭してきたいま、国際秩序は再び混沌としています。核兵器を持たない国々は、核兵器禁止条約を署名・批准するなど、独自の理想を追い求める動きもあります。核保有国を巻き込んだ対話と協力で“共通の理想”を新たに描き直すことは出来るのか?冷戦終結から30年後の世界に重い責務が課せられています。

(髙橋 祐介 解説委員 / 石川 一洋 解説委員)

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