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「抗議デモ半年 対立激化香港の行方」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

香港では先の区議会議員選挙で民主派が圧勝、1日は大規模なデモが再び行われ、対立が激化する様相を深めています。一方、アメリカでは、香港の民主化運動を支援する「香港人権法」が成立し、これに反発する中国政府は2日、報復措置を打ち出しました。最初の大規模デモ発生からまもなく半年になろうとしている香港情勢はますます混沌としてきました。そこで、香港の人たちはいま何を望んでいるのか、そして香港は今後どうなるのかを考えてみたいと思います。

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【VTR:香港デモ⇒日曜日の状況】
香港では、半年前の6月9日、行政当局が容疑者を中国にも引き渡すことができるようにする逃亡犯条例の改定を強行しようとしたことに抗議して、大規模な抗議デモが行われてから半年になります。抗議運動はその後も続き、1日も数万人の市民らがデモ行進を行い、警官隊が催涙弾を発射するという緊迫した事態になりました。

香港当局は、10月下旬、火種となった逃亡犯条例の改定を完全に断念しましたが、香港の人たちの怒りは収まらず、対立が解消する兆しはまだ見えません。
香港の人たちが一体何を求めているのか。その意思をはっきり示すことになったのが、先月行われた区議会議員選挙でした。

【VTR:区議会議員選挙の投票】
この選挙は、香港の議会に当たる立法会より一つ下。つまり、地域ごとの身近な社会問題を話し合う、区議会議員を選ぶものです。18の区議会のあわせて400あまりの議席が、小選挙区の直接投票で選ばれます。香港のトップ行政長官や議会、立法会の選挙は、まだ普通選挙の形ではないため、この区議会議員の選挙こそが香港の民意をはかるバロメーターと見られてきました。

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香港からの報道によりますと、2015年に行われた前回の選挙では、直接選挙で選ばれた431の議席のうち、中国との関係が深い親中派が292議席、民主派は120議席で、親中派が3分の2以上を占めていました。投票率は47%にとどまっていました。ところが今回の選挙では、一転して、452の議席のうち民主派が385議席、割合にして85%を押さえる圧勝となりました。投票率も71%と、有権者の選挙への関心が極めて高かったことがうかがえます。

もちろん、これで香港の政治がすぐに大きく変わるとはいえません。ただ、今回の選挙結果は、圧倒的多数の香港の人々が、現在の香港当局の政治にきっぱりと「NO」を突き付けた意思表示になったといえます。
私は、香港の人たちが心底求めていることを一言で言い表すなら、香港がイギリスから中国に返還されるときにうたわれた次の四文字熟語ではないかと思います。

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「港人治港」つまり香港の人が香港を治める。もっと平たく言えば、「香港人の香港人による香港人のための政治が行われること」だと言えるでしょう。具体的には行政のトップ、行政長官や、議会にあたる立法会の議員全員に対する完全な普通選挙を実現することで、民意を十分反映する政治が行われることを強く求めてきたのです。
ところが、中国政府側のこの言葉への理解は少し違いがありました。
「香港人が香港を治める形であればそれでいい」つまり中国共産党に忠実な香港人を上から操って、香港を統治することも、「港人治港」であるという考えです。
このため、行政長官の選挙も、議会に当たる立法会の選挙も、中国の意向を反映できるような特別な選挙方式が続けられてきました。

「港人治港」をめぐるこの解釈の違いこそが香港の人たちの不満を拡大してきた根本的な原因ではないかと私は思います。
それにしても、今回の区議会選挙でここまではっきり「NO」を突きつけられるとは、香港当局や中国政府とて予想できなかったのではないでしょうか。それは、香港が返還後20年以上もたち、中国の影響力がかなり香港に浸透したと見られていたからです。
人口740万人の香港で、返還後に中国本土から移り住んだ人は100万人以上もいます。
それなのになぜ民主派が大勝できたのでしょうか。私は何より選挙の直前に、香港当局の抗議デモに対する姿勢がより厳しくなったことがあるのではないかと思います。

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中国では共産党が10月末に、中央委員会総会、4中全会を開き、香港に対してより厳格な対処をする方針を決めました。これを受けて抗議デモの取締りがより厳しくなり、警察官による実弾発砲も相次ぎました。また、警官隊が香港各地の大学構内に踏み込み、学生たちを力で抑え込みました。選挙の直前にそんな乱暴なことをすれば、かえって中国共産党の思惑とは逆の結果、つまりオウンゴールになることくらい、容易に想像できることだと思います。
実は、中国共産党は、これまでも香港や台湾に対して、たびたび威嚇ともとれる強硬な姿勢を示すことで、同じようなオウンゴールを招いてきたと言えます。

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例えば、香港が中国に返還される1年前の1996年に台湾で初の直接投票よる総統選挙が行われた時に、中国が好ましくないと考えていた李登輝候補が有力だと見るや、台湾の近海にミサイルを撃ち込むという恫喝のような軍事演習をおこないました。しかしそれがかえって、台湾の人々の激しい反発を呼ぶことになり、李登輝氏が圧倒的な勝利を収めたのです。また翌年に中国への返還を控えた香港の人たちの中国に対する印象を一変させました。

さてここからは、今回の区議会議員選挙で民主派が圧勝したことが香港の政治にどのような影響を与えうるかについて考えたいと思います。
区議会の本来の役割はそれぞれの地域の問題を話し合うことです。それでも、変則的な形で行われている香港のトップ、行政長官の選挙にも、いくらか影響力が及ぶ可能性も出てきました。

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香港の行政長官は、1200人からなる選挙委員による投票で選出してきました。その選挙委員の多くは政財界の有力者から選ばれていますが、実は、その中に区議会議員の枠も117人分あるのです。これまでは多数派・親中派がこの枠を独占していましたが、これからは民主派がこの枠をうめることになるでしょう。これまで1200人のうち民主派といわれる代表は325人いましたが、そこに新たな117人が加われば、過半数にはまだとどきませんが、2022年に予定されている次の行政長官選挙にも一定程度の影響が及ぶ形になります。これまでのように中国と関係が深い人ばかりが複数立候補することになっても、民主派の意見に最も配慮できる候補が有利になるのです。
では、それで香港情勢は好転するかといえば、まだとても楽観できる状態にはありません。それは香港が米中の対立に巻き込まれてきたからです。

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先週末、アメリカのトランプ大統領は「香港人権法案」を成立させました。この法律は、香港の高度な自治を認めた「一国二制度」を中国が正しくまもっているかどうかをアメリカが毎年独自に検証するというものです。もし守られていなければ、アメリカがこれまで香港に対する関税などを中国本土よりも優遇してきた措置を見なおしたり、人権侵害に関わった人物に制裁を科したりできる内容です。これに対して中国は「内政干渉だ」とこれに猛反発し、きょう、アメリカ軍艦の香港への立ち寄りの拒否や、香港のデモを支援したと見られるNGO・非政府組織などに制裁を科す方針を打ち出しました。香港の民主化運動は、米中両大国の覇権争いにも翻弄され始めたのです。

実際、1日も、デモ隊の中にアメリカ国旗を掲げている人の姿を多数見かけました。まるで香港の人たちが米中の代理戦争をしているような感じすらします。しかし香港の問題が、米中両大国の覇権争いの取引材料にされることがあってはいけません。香港が抱える問題を解決できる唯一の道、それは「港人治港」つまり、香港の人たちの手によって、香港の将来が築かれることではないかと思います。もしこのまま香港の民意を無視した「力の統治」が続けば、香港に明るい未来が訪れることは決してないでしょう。

(加藤 青延 専門解説委員)

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