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「『香港人権法』成立 どうなる?米中協議」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員
神子田 章博  解説委員

香港問題が米中貿易協議に及ぼす影響に懸念が強まっています。トランプ大統領が、香港での人権と民主主義の確立を支援する法案に署名したことがきょう明らかになりました。中国側は激しく反発し、今年中の合意は難しいのではないかという憶測も呼んでいます。今後の展望について考えます。

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神子田)
この問題で中国側は「中国の内政に著しく干渉する行為だ」として、報復措置を辞さない考えまで示しています。髙橋さん、トランプ大統領はなぜ今このタイミングで法案への署名に踏み切ったのでしょうか?

髙橋)
香港の民主派を力で押え込むことがないよう中国をけん制したい。しかし、その影響で中国との貿易協議が頓挫する事態も避けたい。そんなジレンマの末の決断だったのではないでしょうか。

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香港人権・民主主義法案は、中国が香港に「高度な自治」を認めた「一国二制度」が損なわれていないかをアメリカ政府が毎年検証するよう義務づけ、人権抑圧には制裁も可能にするものでした。中国は「内政干渉だ」と言いますが、中国が香港返還以降も「一国二制度」を堅持すると約束したからこそ、アメリカは関税やビザ発給などで香港を中国本土より優遇してきたのだから、検証は当然だという立場です。
法案はアメリカ議会上院で全会一致、下院も反対わずか1票という圧倒的多数の超党派で可決されたのがポイントでした。今回のトランプ大統領による署名で法律が成立しました。大統領は署名を拒否することも出来ましたが、その場合も議会が3分の2を超える賛成で再び可決すれば成立します。仮に大統領が何もしなくても、法案が送られてきて10日を過ぎれば、やはり成立します。つまり、もともと選択肢は限られていたのです。

しかも先日の香港の区議会選挙で、民主派は大方の予想を上まわって圧勝しました。香港の民主派に、アメリカの世論も議会もきわめて同情的ですから、貿易協議への影響を防ぐため、大統領が署名を拒んだり、何もしなかったりすれば、野党民主党はもちろん、与党共和党からもトランプ大統領が批判を浴びかねません。
その一方で、トランプ大統領は「法律の条項の一部が大統領権限による外交を妨げている」と異例の懸念も示し、中国への一定の配慮を見せています。そこには、貿易協議への影響を最小限に抑え、中国との年内合意に漕ぎ着けたい。そんなトランプ大統領の本音がにじんでいます。

神子田)
中国側も、アメリカとの対立をこれ以上深めたくないという思惑がうかがえます。

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アメリカ議会が圧倒的多数で香港人権法案を可決した直後の今週火曜日、米中の間で閣僚級による電話協議が行われました。中国側はその後の声明で、米中関係が悪化する中でも「問題をしっかり解決することで共通認識を得た。残された事項について交渉を続けることで同意した」と発表。香港問題の影響が貿易協議に波及するのをできるだけ避けたいという本音をのぞかせたものと見られます。
その背景には、アメリカがこの秋以降、歩み寄りの姿勢を見せていることがあります。

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中国はこの夏、それまでの関税上乗せに加えて、3000億ドル相当の輸入品についても15%の関税の上乗せを発表、9月から一部を実施しています。さらにすでに2500億ドル相当について、関税の上乗せ分を25%から10月1日には30%に引き上げるとしていましたが、その後中国側が「10月1日は中国建国70周年のお祝いの日にあたるので関税引き上げを延期してほしい」と要請すると、アメリカ側はこれに応じて関税の実施を10月15日に延期。その後も米中協議が進展しているとして、関税の引き上げを見送っています。

髙橋さん、アメリカ側がこうした柔軟な姿勢をみせてきた背景にはどのような事情があるのでしょうか?

髙橋)
アメリカは来年「選挙の年」。ナショナリズムの高まりで妥協はますます難しくなるでしょうから、合意は遅くても年内がぎりぎりのタイムリミットです。

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そこで、双方はいま、第1段階の合意というクリスマスプレゼントの箱の中に、互いに何を入れるか話し合っている状態に喩えられます。
トランプ大統領が一刻も早く欲しいのは、中国がアメリカから農産物を大量に購入するという確約です。これを自らの成果にして、再選に向けて中西部の農業州の支持を固めるとともに、苦戦している議会上院選に好材料にしたい思惑もあるでしょう。
トランプ大統領は、本当は中国の構造改革も箱に入れて欲しいのですが、中国はなかなか「ウン」と言わない。それならアメリカも、中国が求める関税の一部撤廃を、交渉カードとして残しておきたいという構図です。そんな現状をトランプ大統領は「非常に重要な取引の最後の苦しみを味わっている」と評します。貿易摩擦の長期化で、米中双方に影響が出ているものの、受ける打撃は中国の方が大きい。だから中国は譲歩してくるはずという読みがあるのでしょう。

神子田)
中国側は逆に、合意を急ぎたいのはアメリカ側だとみています。

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アメリカによる関税引き上げは、ブーメランのように跳ね返り、輸出や投資を落ち込ませるなど、アメリカ経済を傷つけていると見抜いているのです。さらにアメリカは9月から3000億ドル相当の中国から輸入品について、関税を15%上乗せするとしていましたが、その後、スマートフォンなど消費への影響が大きい商品については、クリスマス商戦の盛りを過ぎる来月15日以降に延期しました。これについても中国側は、アメリカ大統領選挙を前に、これ以上経済に悪影響を及ぼしたくないからではないかとにらんでいます。交渉が年を越して長引けば困るのはアメリカだと考えているのです。

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もちろん中国も、関税の引き上げでアメリカ向けの輸出が激減。企業の経営破たんもあいつぎ失業者も出るなど影響は小さくありません。しかし、共産党の事実上の一党支配のもと、そうした批判や不満の声があっても、強硬路線を変えるには至っていません。逆に表面上は、アメリカ以外の国へ向けた輸出を増やしたり、公共投資などを通じて国内需要を拡大したりすれば、中国経済はまだまだ持ちこたえられるという当局の強気な声も聞こえてきます。

こうした中で米中協議では、アメリカが求める農産物の大量購入などは認めても、知的財産権を守るための法律の内容まで合意文書に書き込むとか、合意内容の実施状況についてアメリカのチェックを受けるなど、内政干渉的な動きは断固として拒む姿勢を崩していません。
さらに、合意の内容に応じて、関税の上乗せを解除するようアメリカ側に求めています。自国の経済が盤石とは言えないなかで、やせ我慢もあるかもしれませんが、あくまでも持久戦の構えを示し続けるものとみられます。

髙橋)
では、このまま協議妥結が来年以降にずれ込めばどうなるか?いま米中双方が目指しているのは、あくまでも第1段階の合意です。その後も第2段階、第3段階の合意をめざす交渉が必要になりますが、米中関係の前途には長く険しい道のりが続いています。

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仮に来年11月の大統領選挙でトランプ大統領が再選を果たせなかったとしても、アメリカ側の姿勢が和らぐとは限りません。いまの中国にアメリカから向ける視線は、党派の違いを超えて厳しいからです。
米中対立は、安全保障も含めた両国の覇権争いの様相を呈しています。短期間ですべての問題解決は不可能です。米中協議は今後も常に漂流する恐れをはらむでしょう。

神子田)
アメリカとの協議について中国側はこのところ、合意は間近で、アメリカ側は引き上げた関税を段階的に引き下げるところまで同意しているとして、「あとはトランプ大統領の決断を待つばかり」というかのような姿勢が感じられます。

交渉が続いている間は、来月15日からの関税引き上げも延期されるのでは、という見方も出ていますが、協議が年内にまとまらなければ、その後の合意のタイミングを失い、交渉がさらに長期化してしまうおそれもあるだけに、トランプ大統領がいつどのような決断を下すのか、世界の注目が集まっています。

(髙橋 祐介 解説委員/神子田 章博 解説委員)

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