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「なお残るISの脅威にどう対応するか?」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■数々の残虐行為やテロで世界を震撼させた過激派組織IS・イスラミックステートの最高指導者バグダディ容疑者が、先月末、シリア北西部で、アメリカ軍の特殊部隊の急襲を受けて死亡しました。それからまもなく1か月、ISは組織の中核を失ったものの、その戦闘員と過激な思想は世界中に拡散しており、報復のテロが心配されます。なお続くISの脅威に対し、国際社会はどう対応してゆけば良いのかを考えます。

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■解説のポイントは、▼第1に、今後も続くISの脅威とは何か。▼第2に、国際社会は、その脅威にどう対応すれば良いかです。

■第1のポイントから見てゆきます。
アメリカ軍の特殊部隊の作戦は、先月26日行われ、その様子を映した映像が公開されました。トランプ大統領は会見で、バグダディ容疑者を排除したことで、「世界はより安全になった」と作戦の成果を誇示しました。

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バグダディ容疑者は、5年前の2014年6月、「イスラム国家」の樹立を一方的に宣言し、ISは、一時、イラクとシリアのそれぞれ3分の1程度の領土を支配し、世界各地から3万人を超える外国人戦闘員を集めました。
ISが台頭した背景には、アメリカが始めたイラク戦争と、シリアの内戦による無秩序状態と人心の混乱があります。莫大な資金、恐怖による統治、ITを駆使した宣伝で、勢力を拡大しました。

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その後、アメリカ主導の「有志連合」やロシア軍、クルド人勢力などが掃討作戦を進めた結果、ISは、おととし暮れまでに、主な領土をことごとく失い、「疑似国家」としての実体はなくなりました。

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■そして今回、バグダディ容疑者の死によって、ISは大きな区切りを迎えましたが、ISの脅威が消えたわけでも、世界がより安全になったわけでもありません。

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アメリカ国防総省は、ISの動向に関する報告書をまとめ、「バグダディ容疑者の死は、ISにとって大きな打撃だが、組織の復活を妨げるほどの影響はない。ISは組織を再構築し、外国でテロを行うための能力を強化しようとしている」。このように分析して、ISが今後、世界各地で、アメリカや「有志連合」の加盟国を狙ったテロを起こす恐れがあると警鐘を鳴らしています。
ISは、世界各地にネットワークを広げ、ISの支部を名乗る組織は、中東、アフリカ、アジアなど20か国に、少なくとも14の組織が確認されています。そして、ISは、先月31日、アブイブラヒム・ハシミという後継の最高指導者が就任したと発表し、世界のIS支部やメンバーらに忠誠を求め、報復テロを行うよう呼びかけました。新しい指導者の人物像は謎に包まれていますが、これまでに、21の支部や団体から、忠誠の意思が表明されています。
バグダディ容疑者の死からまもなく1か月、報復テロが懸念される背景には、▼このようなISの世界的ネットワークに加えて、▼ISの過激な思想が、インターネットを使った宣伝によって、世界中に拡散していること。▼ISの外国人戦闘員のうちの一部が、出身国や敵とみなす国に移動していることがあります。

■いくつか実例を挙げますと、▼今から4年前(2015年11月)には、フランスのパリで、大規模な同時多発テロが起き、130人が犠牲になりました。▼また、3年前、バングデシュの首都ダッカで、レストランが襲撃され、国際協力に携わっていた日本人7人を含む22人が犠牲になりました。
▼さらに、今年4月には、スリランカで、キリスト教の教会や、高級ホテルを狙った連続自爆テロで、日本人女性1人を含む250人以上が犠牲になっています。いずれの事件も、ISが関係するグループの犯行と見られています。
ISの最高指導者が、直接指令を出さなくても、世界各地のIS支部や、ISの思想に共鳴した組織や個人が、独自の判断でテロを計画し、実行するというケースが後を絶ちません。

■加えて、ISの戦闘員の問題で、今、カギを握っているのは、シリア、イラクと国境を接するトルコです。

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エルドアン大統領は、先月、シリア北部に軍を侵攻させる軍事作戦に踏み切りました。これは、敵視するクルド人武装組織を、国境地帯から追放するのが目的ですが、これまで、クルド人組織によって身柄を拘束されてきた、およそ1万人のIS戦闘員の一部が、戦闘の混乱の中、脱走したと伝えられます。
さらに、トルコ政府は、先週、国内で身柄を拘束中のIS戦闘員およそ1200人について、それぞれの出身国に送り返す方針を表明しました。すでに、欧米出身の15人が送還され、年内にIS戦闘員の大半を送還するとしています。
このように、収容施設から脱走したり、出身国に送還されたりしたIS戦闘員らが、今後、移動した先で、新たな組織や拠点を築いて、テロを起こす事態が懸念されています。

■ここからは、第2のポイント、国際社会はISの脅威にどう対応すべきかを考えます。

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▼真っ先に取り組まなければならないのは、ISの戦闘員らが野放しになるのを防ぐことです。戦闘員らの収容先を確保し、法律に基づいて管理する態勢を確立する必要があります。これらは、全く未解決の問題であり、国際社会全体で考えなければなりません。出身国に戻った戦闘員から、過激な思想を取り除き、社会復帰させてゆくプログラムも必要です。

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▼次に、ISが台頭した中東地域の混乱を収拾すること。とりわけ、シリアとイラクの秩序を回復し、政治的に安定させることが極めて重要です。中央政府が統治できない「無法地帯」が今後も残れば、ISの残党が拠点を築いて、復活する余地が出てくるからです。
シリアでは、8年以上続く内戦を、終わらせなければなりません。現在、アサド政権が反政府勢力との戦いで圧倒的優位に立っていますが、「停戦」を実現し、「新しい憲法」を制定し、「選挙」を行って、「新しい政権」を発足させるという、国連安保理決議で定められた和平の道筋を実行に移す必要があります。
イラクでは、内戦は終わったものの、政治が機能していません。異なる民族や宗派間の対立に加えて、政府が、失業問題や電力不足など生活の根幹に関わる問題を解決できず、先月以来、民衆の激しい抗議デモが起き、大勢の死傷者が出ています。根本的な政治の刷新が求められます。

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▼さらには、各国の若者らが、ISの過激思想に取り込まれないよう、失業や差別といった不満の種を取り除いてゆく取り組み、とりわけ、雇用の場を確保することが重要です。
▼ISがインターネットを駆使していることに鑑み、各国の捜査機関がサイバー空間を監視し、ISの動向について情報交換し、テロを未然に防ぐ国際協力の態勢をつくることも必要です。

■ISが、現代世界に突きつけた教訓と課題は、差別や抑圧、失業などに苦しむ多くの若者らが、絶望感から過激な思想に取り込まれてしまうという現実でした。今後、ISの復活や脅威の拡大を防ぐにはどうすればよいのか、国際社会が一致協力し、対策を推し進めてゆくことが求められます。
そして、ISは、日本を「敵国」と位置づけており、来年のオリンピックとパラリンピックは、テロの標的となる恐れがあります。この脅威にどう立ち向かい、テロを防ぐのか、関係する機関がよく話し合い連携して、万全の対策を立てる必要があると考えます。

(出川 展恒 解説委員)

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