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「京急事故の謎 なぜ踏切手前で止まれなかったのか」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

電車は、なぜ踏切の手前で止まることができなかったのでしょうか。
2019年9月、横浜市にある京急線の踏切で、立往生していた大型トラックに電車が衝突する事故がありました。
この事故は、トラックが無理に踏切に入り、立往生したことが原因とみられています。その一方で、今回のようなとき、鉄道のシステムは踏切の手前で電車が止まるよう考えられているはずでした。
なぜ、そうできなかったのか。それは、一つの謎となっています。

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今回の解説は、事故の状況を見たうえで、
▽踏切の安全を高めるために、鉄道のシステムはどう考えられているのか、
▽現場の対策にどのような問題があったのか、
▽京急電鉄が進める再発防止策と、いま何が求められているのか、考えます。

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まず、今回の事故についてです。
事故は、9月5日、京急線で起きました。横浜市にある神奈川新町駅のすぐ先の踏切で、大型トラックが立往生し、電車が衝突しました。トラックの運転手が死亡し、京急電鉄によると乗客と運転士など77人が重軽傷を負いました。

この事故の「謎」とは何なのか。

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踏切に障害物があるとき、線路わきに設置されている特殊な信号機が光って、運転士に危険を知らせます。現場の踏切の異常は、3か所の信号機が知らせます。
国土交通省の省令では、信号機は、「非常ブレーキで電車が踏切の手前で止まれる場所から見えるように設置すること」が定められています。

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つまり、本来なら非常ブレーキで踏切までに止まれるはずなのです。もちろん、電車が近くまで来ているときに車が急に踏切に入れば、間に合いません。

今回、トラックは踏切が閉まる前から立往生していたので、衝突は避けられるはずでした。

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しかし、今回の事故で電車が止まったのは、踏切をおよそ70メートルも過ぎたところでした。

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なぜ、踏切手前で止まれなかったのか。これが大きな疑問、“謎”とされたのです。

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ここで、注目したいのが、
▽踏切までの停止距離に十分余裕があったか、
▽信号機の見やすさ、
それに
▽ブレーキ操作がどうだったのかです。

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電車は、京急線の最高速度の時速120キロで走っていました。私鉄の中でも速いスピードです。京急電鉄によると、この速度で非常ブレーキをかけると、517.5メートルで止まれるとされています。つまり、上の図の「踏切まで517.5m」の地点が、非常ブレーキで踏切までに止まれる限界です。

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京急電鉄は、電車から見て一番手前の信号機(踏切から390m)は、踏切まで570メートルの地点から見え始めるとしています。
京急電鉄は「ブレーキが間に合う517.5メートルより手前で、信号機が見えるので法令上の問題はない」としています。

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しかし、限界の地点まで、52.5メートルしか余裕はありません。時速120キロでは、およそ1.6秒です。運転士がブレーキをかけるタイミングが遅れれば、間にあわない恐れがあり、専門家などからは「余裕が少なすぎる」と指摘されています。

この信号機の見やすさは、どうでしょうか。

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上図の写真は、見え始めである570メートル地点から見た信号機です。

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柱の間から赤く光っている信号機を垣間見ることはできます。
私はこの区間に乗車し、電車の先頭車両から繰り返し見ました。しかし、手前に何本もある柱などに見え隠れして、とても「見やすい」とは言える状況ではありませんでした。踏切から390メートルにある信号機の近くまで来ないと、この信号機は、はっきり見えませんでした。

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信号には、十分な距離の余裕と見やすいことが必要と考えられますが、事故現場はそうなっていないと思います。京急電鉄も「十分な余裕がなく、見えにくい」ことを認めています。

さらに、もう一つが、ブレーキ操作です。

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運転士は、「信号機を見て、最初は通常のブレーキをかけ、のちに非常ブレーキをかけた」と話しているということです。
実は京急電鉄は、非常ブレーキをかけると、乗客が転んでけがをする危険があるとして、運転士に対して、信号機が作動した際、非常ブレーキをかけることを明確に指導していなかったということです。

なぜ踏切手前で止まれなかったのか。

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運転士が、どこで信号機を見てブレーキをかけたのかが調査中のため、現時点で断定できませんが、
▽信号機の位置の不十分な余裕、
▽信号機の見づらさ、
▽ブレーキ操作、
これらのいずれか、あるいは複合した結果、止まれなかったものと考えられます。

京急電鉄は、事故の後、現場付近の最高速度を時速60キロまで落として運行しています。

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今後の対策として、
▽3つの信号機の、さらに手前に4つ目の信号機を増設する。例えばカーブでも遠くから見やすい、上図の「増設」とある位置に信号機を設置して、十分な距離の余裕と見やすさを確保するとしています。
あわせて、
▽運転士には「直ちに非常ブレーキをかける」よう、社内の内規を変更するとしています。
こうした対策が着実に行われなければなりません。

京急電鉄に何が求められるでしょうか。
それは、一言でいえば「踏切の安全をより高める意識」だと思います。

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この踏切の信号機は、設置から38年、スピードを時速120キロに引き上げてからは24年が経ちます。しかし、この間、運転士や信号施設の担当者からは「信号機が見えにくい」といった改善を求める指摘はなかったといいます。
気づいていたのに言い出さなかったのか、気づかなかったのか。問題のある状態が、なぜ長い間放置されたのか、検証が必要だと思います。

もう一つ。これは京急電鉄に限らず鉄道各社にも求められることです。

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踏切の異常を知らせる信号機について、国は設置位置やブレーキによる停止距離の余裕を具体的な数値などで規定していません。「踏切手前で止まれるように」といったように、求める性能を示しているだけです。
それをシステムなどで、どう具体的に実現するかは、鉄道会社の判断で決めることになります。それだけ鉄道会社には、大きな責任が伴います。判断が十分安全側に立っているかどうか、常に高いレベルで自ら律することが必要です。

踏切の対策としては、線路を高架にする方法ありますが、実現が簡単でない状況の中で、他の鉄道会社は、どう安全の確保をしているのか。
取材すると、
▽ブレーキ操作が遅れないよう、異常があると自動的に非常ブレーキがかかるようにしてる
あるいは、
▽停止までの距離の余裕を、100メートルないし、200メートル以上と、長く設けるなどしていました。
運転士が手動でブレーキをかけるのであれば、信号機の見やすさ、距離の余裕はより慎重に判断しなければなりません。

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今回の事故をきっかけに、各鉄道会社には、踏切や信号機に安全上の問題がないかどうか再点検することが求められます。

この事故は、トラックが無理に踏切に入ろうとしなければ、防げたとみられます。乗客など大勢の人が巻き込まれるだけに、トラックの運転手や業界には対策が強く求められます。

ただ、「鉄道が守れる安全は、最大限守る」
そうしたことが確実にできる体制づくりを、鉄道会社には徹底してほしいと思います。

(中村 幸司 解説委員)

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