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「ハンセン病家族補償法成立 解決への課題は」(時論公論)

堀家 春野  解説委員

ハンセン病の元患者の家族への差別被害に対して補償する法律が11月15日成立しました。問題の解決に向けた大きな一歩ですが、これはゴールではありません。残された大きな課題。それは90年に渡る国の隔離政策によってもたらされた偏見や差別を解消することです。

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(解説のポイント)
解説のポイントです。▽成立した法律の内容を踏まえた上で、▽根深い偏見・差別の実態、そして▽問題の解決には何が必要なのか考えます。

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(補償法~対象は幅広く~)
成立したのはハンセン病をめぐる2つの法律です。ひとつは、元患者の家族に補償する法律。もう一つは“ハンセン病問題基本法”といわれる法律を改正し、名誉を回復する対象に元患者だけでなく家族を加えるというものです。きっかけとなったのは、元患者の家族561人が訴えた裁判でした。親やきょうだいがハンセン病を患ったため、自宅が消毒され地域から排除された。進学や就職、結婚で差別的な扱いを受けた。ことし(令和元年)6月、裁判所は長年、見過ごされてきたこうした被害を“人生被害”と位置づけ、偏見や差別を取り除く義務を怠った国の責任を認め、賠償を命じたのです。補償法の前文では「国会及び政府は深くおわびするとともに、いわれのない偏見と差別を国民と共に根絶する決意を新たにする」と国の責任を明記。裁判に参加していない人も含めて幅広く補償します。補償額は判決より増やし、元患者の配偶者や親、子どもには180万円。きょうだいや同居していた親族には130万円を支払うとしています。判決では認められていなかった、アメリカ軍占領下の沖縄で被害を受けた家族、それに戦前の台湾や朝鮮半島の元患者の家族も対象に含めました。法律とは別に裁判中に亡くなった原告についても同額の一時金を支払うとしています。父親が元患者だった赤塚興一さん(81歳)は「これで人生を取り戻せるわけではないが、いつも目の前にかかっていた霞が少しは晴れた気分だ」と話します。

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(“加害者になってしまう怖さ”)
判決から4ヶ月余り。高齢となった家族も多い中、迅速に法律が成立したのは問題解決に向けた大きな一歩です。背景には、判決が出る前から家族の声に耳を傾け、原告側、政府側の意見を聞きながら法案をまとめた、超党派の国会議員懇談会の存在があります。
会長を務める森山ひろし衆議院議員はハンセン病の療養所がある鹿児島県鹿屋市の出身です。幼い頃、患者の家が真っ白に消毒された光景が今でも忘れられないといいます。その後、その家の前を通るときには息をしないで走り抜けろと教えられました。森山さんは「意識しないうちに“誰でも加害者になってしまう怖さ”を自覚した上で、偏見、差別を無くしていくためこれからも立法府としての責任を果たしていきたい」と話します。

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(根深い偏見・差別)
“誰でも加害者になる怖さ”。これは、決して遠い昔のことではありません。
ハンセン病は細菌による感染症です。衛生状態や栄養状態が改善したいまの日本では感染することも発病することもほぼありません。国は明治40年、法律の下で患者の療養所への隔離を始めます。効果的な治療薬が開発されたあとも隔離政策は平成8年まで改められることなく、「ハンセン病は隔離が必要なほど恐ろしい病気だ」、こうした意識を社会に植え付けてきたのです。国の隔離政策が憲法に違反するという判決が確定した平成13年以降、ハンセン病への偏見、差別を無くすための活動が各地で広がりました。しかし、90年に及ぶ隔離政策によってもたらされたハンセン病への偏見や差別を払拭するのは簡単ではない。そう実感させられる「事件」も起きています。平成15年には、熊本県の温泉ホテルが療養所で暮らす元患者の宿泊を拒否。「元患者が一般社会にまだ受け入れられていない」というのがその理由でした。ホテルは、正当な理由なく宿泊を拒んだとして旅館業法違反の罪で略式命令を受け、廃業しました。しかし、「事件」はこれだけにとどまりませんでした。ホテルの対応に抗議した元患者たちの元に「生意気だ」「もう少し謙虚になれ」といった内容の300通を超えるひぼう中傷の文書が寄せられたのです。なぜ、こうしたことが起きたのでしょうか。ホテル側には、ハンセン病の元患者が療養所で暮らしているのは国の誤った隔離政策によるものだということ。まして、病気はすでに治っていること。こうした正しい理解が欠けていました。誹謗中傷の文書を送った人たちについて、研究者や支援者は、「病気を患い、いわば“かわいそう”な存在であれば同情するものの、そうでなければ攻撃の対象とする」と指摘します。差別意識がふとしたきっかけで表に出てくる、ここに問題の根深さがあります。

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(問題の解決に向けて)
今回、裁判の原告561人のうち名前を明かしているのはわずか7人。ほとんどの人が匿名で参加しました。法律が成立しても、周りに知られるのを怖れ、補償金を申請する人は少ないのではないか。そんな懸念も聞こえてきます。国は、問題の解決に向けこれまでシンポジウムを開いたり、いまだに偏見や差別が根強いことを記した小冊子を配ったりしてきました。しかし、実際に活用されているのかや効果は調べておらず、対応は不十分です。国はこれまでの活動を検証し今度こそ実効性のある対策を打ち出さなければなりません。元患者の中には語り部として活動する人もいます。しかし、療養所で暮らす元患者の平均年齢はおよそ86歳。直接声を届けるのは年々難しくなっています。ある元患者の男性は、「自分たちが亡くなったら、すべて忘れ去られ、国の隔離政策さえなかったことにされてしまうのではないか」こう危機感を話します。

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では問題を風化させないためにはどうすればいいのでしょうか。いま、注目されているのが、これまでとは異なるアプローチでハンセン病について知ってもらおうという試みです。国立ハンセン病資料館では、SNSで語り部などの活動の紹介を始めたところ入館者が大幅に増えました。いわば“負の歴史”を後世に遺そうと、世界遺産の登録を目指す岡山県の療養所が始めたのが「クルージングツアー」です。船で瀬戸内海をめぐったあと、療養所でハンセン病の歴史を学びます。毎回、募集開始と共に満席になるといいます。偏見や差別を解消する特効薬はありませんが、若い世代にも働きかけるこうしたしかけを広げ、ハンセン病問題を正しく知ってもらう活動を進めていく必要があります。

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私がハンセン病問題の取材を始めた20年以上前、元患者の多くは偏見や差別を怖れ、療養所では本名さえ名乗れず偽名で暮らしていました。そうした状況はいまも変わっていません。かつて、国の隔離政策の下、地域ぐるみで患者を無くそうという「無らい県運動」が全国で繰り広げられました。住民も知らず知らずのうちに加害者となっていたことを忘れてはなりません。病気に対する誤った知識や思い込みで誰かを傷つけていないか。ハンセン病問題が突きつける教訓です。

(堀家 春野 解説委員)

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