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「ラグビーワールドカップが残すもの」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

強豪国以外で初めて開催されたラグビーワールドカップ日本大会は、南アフリカが史上最多に並ぶ3回目の優勝を果たし、1か月半にわたる激戦の幕を閉じました。この間、日本代表の活躍もあって開幕前の予想を大きく上回る盛り上がりを見せたラグビーワールドカップは、我々に何を残すのでしょうか。

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「史上最も偉大な大会」。ラグビーの国際統括団体「ワールドラグビー」のビル・ボーモント会長が今大会を表した言葉です。ラグビーがメジャースポーツとは言えないアジアで初めて開催されたラグビーワールドカップ日本大会が、これほど盛り上がることを、どれほどの人が予想していたでしょうか。
国内での大会の認知度は、組織委員会の調査で開幕の1年前には7割近くまで上がったものの、大会翌年に実施される東京オリンピック・パラリンピックの話題に押される形で関心度はなかなか高まりませんでした。
蓋を開けてみると雰囲気は一変しました。北海道から九州まで、全国12の競技場は、いずれもほぼ満員の観客で埋まりました。予選から決勝までの観客動員数はおよそ170万人。横浜国際競技場で行われた決勝は7万103人と2002年のサッカーワールドカップ日韓大会の決勝を上回りました。

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観客が詰めかけたのは競技場だけではありません。全国16か所に設けられ、試合の中継映像が流された無料の公式ファンゾーンには、およそ114万人が訪れ、たびたび入場規制が行われたほどの賑わいを見せました。
テレビを通しても多くの人たちが観戦しました。日本が初の決勝トーナメントに臨んだ先月20日の南アフリカ戦。NHK総合テレビで中継した際の平均視聴率は40%を超えました。日本代表が敗れて以降も中継が高い視聴率を記録したことも、これまでのラグビーではなかった特徴です。
なぜこれほどの盛り上がりを見せたのか。言うまでもなく、一つには「ONE TEAM」を合い言葉とした日本代表の活躍があります。出身7か国の選手たちが一つになって初のベストエイト進出を果たしました。1987年から始まり9回目を迎えたラグビーワールドカップ。すべてに出場してきた日本代表ですが、前々回2011年の第7回大会までの成績は1勝21敗2引き分けと振るわず、特に1995年以降、世界の強豪国で選手のプロ化が進む中で取り残されていくような状況が続いていました。転機は前回のイングランド大会。名将エディー・ジョーンズ氏がヘッドコーチに就任し、ワールドカップ初の予選リーグ3勝をあげました。その後を引き継いだジェイミー・ジョセフヘッドコーチの元、長谷川慎フォワードコーチが弱点と言われてきたスクラムを日本の武器と言われるまで鍛え上げるなど強化を続けました。そして今大会、優勝候補と言われたアイルランドを破るなど予選リーグ4戦を全勝で終えて悲願のベストエイト進出を達成したのです。

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キャプテンのリーチ マイケル選手は、「文字通り世界一の練習をしてきた」と言います。厳しい練習に裏打ちされた強さを示した形です。一方で、準々決勝で南アフリカに敗れた翌日の記者会見で、中心選手として活躍したフッカーの堀江翔太選手は、「これを継続していかなければいけないと思う」と述べました。8年間で培ってきた実力を維持していくことは、4年後のフランス大会でも日本代表が活躍するための必須条件です。日本ラグビー協会は、日本代表が来年7月に国内でイングランドと2試合、11月のヨーロッパ遠征でスコットランド、アイルランドとそれぞれ1試合対戦することが決まったと発表しました。日本代表をヨーロッパや南半球の強豪国同士の対抗戦に入れるべきという海外メディアの論調もあります。ラグビーの場合、強豪国同士はすでに数年先まで試合予定が決まっていて、タイトな日程を縫って対戦を増やすことは難しいの実情です。これまでの強化策の中でも大きな課題とされてきただけに、強化のため、そして新たなファンをつなぎ止めるために、こうしたチャンスをしっかり手にできるような方策を探って欲しいと思います。

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大会が盛り上がったのには、もう一つの要因があります。それは、ラグビーが掲げる「品位・情熱・結束・規律・尊重」という基本原則が様々な場面で具現化され、それが多くの人々の心を捉えたことです。
選手たちは、試合中どんなに激しく身体をぶつけ合っていてもノーサイドの笛が鳴ればチーム同士が入り乱れて互いの健闘を讃え合いながら肩を抱き合い、握手を交わします。今大会では多くのチームが4方の観客席に向かって試合後日本式のお辞儀をするという姿も見られました。
大会は、台風のため予選の3試合が中止になるという事態もありました。その一つ、岩手県釜石市の鵜住居復興スタジアムでの試合が中止となったカナダ代表は、これまでの応援に対する感謝を示そうと、台風で被災した市街地の土砂を片付ける清掃ボランティアに参加しました。台風通過後に行われたすべての試合で、開始前に黙祷が捧げられ、犠牲者を悼みました。
スタンドでは、満員の観客がひいきチームに関係なく素晴らしいプレーには拍手を送りました。これは、敵味方で席をわけないラグビー独特の文化です。日本と南アフリカの準々決勝では、この試合に自国が出場することを期待していた大勢のアイルランドサポーターが、日本の応援に声を枯らす様子も見られました。
運営側で大会を盛り上げたのは、全国1万3000人の大会ボランティアの人たちです。試合会場の運営を補助する役割を担ったほか、最寄りの駅から競技場に向かう要所要所で案内にあたりました。笑顔とハイタッチで観客を迎える様子はSNSでも動画や画像が拡散され、「これぞおもてなしだ」と会場を訪れた大勢の人の満足度の向上に貢献しました。大会ボランティアは、当初1万人の予定でしたが、想定を超える3万8千人以上の応募があり、採用人数を増やした経緯があります。大会をともに作り上げたいという意識の広がりがここにも見て取れます。
ラグビーワールドカップを通して現れたこうした状況。それは、日本のスポーツ文化に新たな視点が加わったということではないでしょうか。そのキーワードは、共生社会です。ラグビーの場合、代表チームに選ばれるには、国籍に関係なく、その国や地域に3年以上居住するといった一定の条件を満たせばよいことになっています。そうした代表に分け隔てなく声援を送ることは、国籍や人種を越えて多様性を認め合う共生社会の重要性を私たちがラグビーを通して学んだということでしょう。こうした共生社会を目指すことは、来年の東京オリンピック・パラリンピックでもうたわれています。サッカーワールドカップとともに世界3大スポーツイベントと呼ばれる国際大会が世界で初めて2年連続して行われることになった意義は、こうした意識を来年のオリンピックにつなげることにあります。さらにその後にも広げていくことで、スポーツ文化の新たな視点が定着していくことになるでしょう。

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今回唯一、ワールドカップのために新設された釜石市の鵜住居復興スタジアムは、東日本大震災からの復興のシンボルという意味も含め、ハード面での大会の遺産・レガシーとしての役割を担うことが期待されています。そして、今大会が示した共生社会の重要性は、大会のソフト面のレガシーとして様々な形で我々が語り継いでいく必要があります。

(西川 龍一 解説委員)

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