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「インフルエンザ新治療薬『有効』に使うために」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

インフルエンザへの備えを、どう進める必要があるのでしょうか。
インフルエンザの治療薬をめぐっては、毎日飲むのではなく、たった1回飲むだけでよいという薬「ゾフルーザ」が、2018~19年シーズンから本格的に使われ始めました。
その「便利さ」から多くの患者に投与されましたが、専門家の中からは、このまま使い続けると「将来、薬の効果が下がって、使えなくなる恐れがある」として、慎重な投与を求める声が上がっています。
こうした中、感染症の専門家で作る日本感染症学会は、この薬の使い方に関する提言をまとめました。

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今回は、
▽「ゾフルーザ」がなぜ注目される薬なのか、その特徴と学会の提言の内容、
▽新型インフルエンザ対策としての期待、
▽この薬について、今後どういったことが求められるのか、考えます。

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日本感染症学会は、2019年10月24日提言を公表しました。インフルエンザの治療薬「ゾフルーザ」の使い方についての検討結果が書かれています。
なぜ、ゾフルーザが注目されるのでしょうか。

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この薬の特徴は、使いやすさです。
ゾフルーザは、「毎日2回、5日間のむ」といた方法ではなく、処方された最初に、たった1回飲むだけです。
上図は、2018~19年シーズンと2017~18年シーズンのインフルエンザ治療薬の医療機関への供給量の割合です。
ゾフルーザは、2018年3月に発売されたため、17~18年シーズンは2.6%と少ないですが、本格的に使われた18~19年シーズンは一気に増えて、供給量がトップの薬になりました。およそ40%を占めています。
「1回飲むだけ」の便利さから、子どもが感染した親などから、この薬の処方を求めるケースが多かったことなどが要因とみられています。

この薬について、専門家が注目している点が「薬の効き方」です。
下図は、ウイルスが増殖するイメージです。

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インフルエンザのウイルスはヒトの体の細胞に入り込みます。

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数を増やして、次の細胞でまた数を増やします。

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タミフルなどの薬は、増えたウイルスが細胞から出て行く段階で、上図の青い「盾」でさえぎるように抑えます。これに対して、ゾフルーザは細胞の中(上図の赤い「盾」)で増えるのを抑えます。
薬の作用の仕方が違うのです。

タミフルなどが効かないタイプのウイルスが現れると、体の中でウイルスが増えて治療が難しくなります。

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しかしこのとき、薬の作用が違うゾフルーザは、効果がある可能性があります。(下図)

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いわば、新たな防御手段である「盾」を手に入れたと位置づけられているのです。

その一方で、懸念されていることがあります。
ウイルスは、薬が効きにくくなる、つまり「耐性を持ったウイルス」に変化することがあります。

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ゾフルーザの場合、患者の体の中でウイルスが盾を壊す武器を持つ、つまり「耐性ウイルス」に変化しやすいと指摘されているのです。
ゾフルーザの耐性ウイルスが広がれば、別の患者もゾフルーザが効かなくなり、薬が使えなくなる恐れすらあると懸念されています。

耐性の問題は、臨床試験の段階で指摘されていました。

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耐性が検出される割合は、12歳未満、つまり「小児」が23.4%で、12歳以上よりが高くなっています。さらに“A香港型”というウイルスに感染した6歳未満の子どもは、特に耐性が検出される割合が高いとされています。

感染症の専門家からは、「昨シーズンのような使い方をすると、耐性ウイルスが広がりかねない」という指摘があったことなどから、日本感染症学会は提言をまとめました。

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提言では
▽12歳未満のいわゆる「小児」については慎重に投与を検討するべきだとしています。
▽12歳以上については、データが少ないため、現段階では推奨するとも、推奨しないとも決められないとしています。
一方、薬を開発した塩野義製薬は、「12歳未満の小児について、判断するには症例のデータ数が不十分だ」としています。その上で、今後も症例の調査結果を明らかにして、臨床の現場で適切な使い方をしてもらえるようにしたい」と話しています。

データが十分でないという指摘については、確かにそうした面があります。
ただ、医師は、12歳未満に対して慎重な投与を求めた学会の提言を踏まえて、薬を処方することが求められると思います。
同時に、私たち患者側も、単に「飲む手間が少ない」といったことで、安易にこの薬を希望するのではなく、使い方に一定の注意が必要な薬であることを認識しておくことが大切だと思います。

ゾフルーザに対する期待は、毎年流行するインフルエンザの治療だけではありません。「新型インフルエンザ」の治療にも、有効な手段になる可能性があります。

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新型インフルエンザというと、2009年を思い出しますが、2009年のウイルスは、すでに毎年流行する普通のインフルエンザになっていて、今では「新型」ではありません。新型インフルエンザとは、人類がこれまで経験したことのないウイルスによるもので、世界中で大流行する恐れがあります。
2009年の時、日本では2000万人以上が感染し、およそ200人が死亡しました。次の新型インフルエンザは、死亡率が大幅に高いウイルスかもしれません。国の被害想定では、日本の死者は最大で17万人から64万人になる危険性があるとしています。

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どのようなウイルスが新型インフルエンザになるのか、わかりませんので、どの薬が効くか、どの盾で防げるのかも、わかりません。それだけに私たち人類は、新型インフルエンザと戦うため、効果の違う薬、つまり「盾」を何種類も持っておくことが大切です。

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従来の薬がすべて効かないような新型インフルエンザが広がったとしても、薬の作用の仕方が違うゾフルーザは、効果が期待できます。
新型インフルエンザ対策の「切り札」となる可能性があり、有効な薬として持ち続けることが非常に重要です。

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ただ、この時、ゾフルーザに耐性のあるウイルスが広がっていると、新型インフルエンザもゾフルーザに耐性を持ったものに変わってしまう危険が高まります。

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このため、耐性を持ったウイルスが広がるのを、「今のうちから」防ぐことが重要で、慎重な投与が必要なのです。

では、今後どのようなことが求められるのでしょうか。

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感染症学会の提言は、10人の専門家でまとめられましたが、データが少ないことなどから、意見は4つに割れたといいます。まずは、ゾフルーザの耐性のできやすさについて、評価できる十分なデータを集めることが必要です。

その上で、新型インフルエンザの治療薬として、どう位置づけるのか明確にし、耐性ウイルスを防ぐための適切な投与方法を確立することが急がれます。

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これは、日本だけで行ったのでは不十分です。
海外で、ゾフルーザに耐性をもつウイルスが広がってしまえば、結局、日本でも広がってしまうからです。日本の製薬会社が開発した薬だけに、日本が主導して、インフルエンザの新たな治療薬であるゾフルーザ、つまり「盾」を維持していかなければなりません。

これからインフルエンザの流行が本格的になります。
薬を処方する医師も、私たち患者側も、ゾフルーザにはこうした背景がある薬であることを理解して慎重に使い、毎年のインフルエンザの流行や、いつ起きるかわからない新型インフルエンザに備えることが必要です。

(中村 幸司 解説委員)

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