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「トルコ軍 シリア越境攻撃の影響」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■トルコ軍が、シリア北部への越境攻撃を開始して、きょうで1週間となりました。シリア北部を実効支配するクルド人組織は、徹底抗戦しており、大勢の民間人が戦闘に巻き込まれることが懸念されます。トルコの軍事作戦の背景と影響を考えます。

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■解説のポイントは、▼トルコの軍事作戦の狙いと背景、▼軍事作戦がシリア内戦に与える影響、▼国際社会の対応、この3点です。

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■はじめのポイントから見てゆきます。

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トルコ軍は、9日、シリア北部への軍事作戦を開始しました。地上部隊が国境を越え、シリア領内に侵攻し、空からも攻撃を加えました。シリアの北部一帯は、現在、シリアのクルド人組織が実効支配しています。彼らは、アメリカ軍の支援を受けながら、過激派組織ISと戦い、ISの排除と壊滅に大きく貢献しました。その後、シリア北部での自治権を主張しています。

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これに対し、トルコのエルドアン大統領は、彼らを「テロ組織」とみなし、国境地帯から排除するのが軍事作戦の目的だとしています。

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きっかけは、6日のアメリカのトランプ大統領との電話会談でした、この会談後、ホワイトハウスは、「トルコが近くシリア北部で新たな軍事作戦を始める」と明らかにし、翌7日、シリア北部で、クルド人組織の訓練などにあたっていたアメリカ軍の部隊50人が撤退しました。トランプ大統領は、エルドアン大統領の軍事作戦の計画に反対せず、事実上黙認したのです。

■エルドアン大統領とトランプ大統領、それぞれの思惑や目的をどう見れば良いでしょうか。

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▼まず、エルドアン大統領です。
シリアのクルド人組織は、分離独立を目指すトルコのクルド人組織と密接につながり、トルコの安全を脅かす「テロ組織」だとして、これを排除する機会を窺っていました。アメリカ軍が駐留している間は不可能でしたが、トランプ大統領が軍を撤退させる機会を捉えて、越境攻撃を断行したのです。

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最終的には、シリア側の国境沿いに、幅30キロの「安全地帯」と呼ぶ緩衝地帯を設け、そこに、トルコ国内で避難生活を送る360万人のシリア難民のうち、100万人程度を移動させるとしています。これによって、トルコとシリアのクルド人組織どうしの行き来を阻止するとともに、国内からシリア難民を追い出す「一石二鳥」になると考えていると見られます。

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▼一方、トランプ大統領は、来年の大統領選挙で再選を果たすためには、海外に駐留させているアメリカ軍を速やかに撤退させたいと考えています。兵士を戦場から撤収させ、駐留のための予算を削減することが、選挙にプラスになると計算しているようです。
クルド人組織は、アメリカ軍の支援を失えば、トルコ軍の圧倒的な攻撃にさらされます。したがって、シリア北部から軍を撤退させることは、ISを排除するため共に戦ったクルド人組織を見捨てることになります。さらに、ISの復活を招くおそれも指摘されています。

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トランプ大統領の対応には、内外から強い批判の声があがりました。自らが率いる与党・共和党の中からも批判を浴びたトランプ大統領、14日、エルドアン大統領と再び電話会談して、軍事作戦を即時中止するよう要求しました。そのうえで、トルコ産の鉄鋼にかける関税を50%まで引き上げ、両国の貿易協定を結ぶための交渉を停止する経済制裁を発動しました。
しかし、同時にシリア北部から、新たに1000人規模のアメリカ軍部隊を撤退させるよう指示するなど、その政策は一貫性に欠け、迷走しています。

■ここからは、トルコの軍事作戦が、シリア内戦に与える影響について考えます。
▼まず、人道危機がいっそう深刻になることが懸念されます。クルド人組織は徹底抗戦しており、戦闘に民間人が巻き込まれています。すでに、クルド人、トルコ人、合わせて70人以上の民間人が犠牲になり、25万人以上が避難民となっています。このまま戦闘が続けば、さらに多数の犠牲者や避難民が出るのは避けられません。

▼次に、シリアのクルド人組織が身柄を拘束してきた1万人を超えるISの戦闘員らが、戦闘の混乱の中で、拘束を解かれ、ISが復活する事態が懸念されています。すでに、ISの戦闘員らが収容施設から脱走し、ISによる爆弾テロも発生しています。

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▼そして、8年にわたるシリア内戦の構図を変化させています。アメリカ軍の後ろ盾を失ったクルド人組織は、トルコ軍の猛攻を受け、壊滅の危機に直面しています。一方、シリアのアサド大統領は、トルコが領土を侵害していると強く反発しています。

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こうした状況を受けて、クルド人組織は、これまで緊張関係にあったアサド政権に接近し、互いに協力することで合意しました。アサド政権も、クルド人組織を自らの側に引き寄せ、自治権の要求を断念させるチャンスと見たようです。シリア北部のクルド人組織の支配地域に軍を進め、トルコ軍と直接にらみ合う形となっています。アサド政権がクルド人組織を本気で助けるつもりがあるのか、それとも、単に支配地域を回復する目的なのか、疑問も残りますが、これまでになかった構図が生まれています。

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これによって、ロシア、イラン、トルコの3か国が主導してきた、内戦終結を目指す和平の取り組みにも影響が出そうです。3か国の首脳は、1か月前、シリアの新しい憲法を起草するための委員会を設置することで大筋合意していましたが、実現は難しくなったと思います。

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ロシアとイランがアサド政権を強力に支援し、トルコがアサド政権と敵対する構図が、いっそう鮮明になったからです。

■ここから、事態打開に向けた国際社会の対応について見てゆきます。

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▼ヨーロッパ諸国、とくにフランスとドイツは、トルコに対し、軍事作戦の中止を強く求め、トルコへの武器輸出を停止する構えです。
▼トルコも加盟するNATO・北大西洋条約機構も、トルコに自制を求めています。
▼そして、アメリカのトランプ政権も、先に述べたように、トルコに対する経済制裁を発動しました。

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▼これに対し、エルドアン大統領は、軍事作戦の停止を頑なに拒否しています。ヨーロッパ諸国に対しては、「トルコの作戦を“侵略”と呼ぶならば、われわれは扉を開き、360万人のシリア難民をヨーロッパに送り込む」とまで述べています。シリアのクルド人組織は、「テロ組織」であり、その脅威から国を守る作戦を中止する理由はどこにもないと、自らの威信をかけて行動しているように思います。
▼こうした中、トランプ大統領は、ペンス副大統領、ポンペイオ国務長官、オブライエン補佐官の3人を揃ってトルコに派遣しました。あす17日、エルドアン大統領との会談で、改めて軍事作戦の即時中止を要求し、これに応じない場合には、経済制裁を強化する方針と見られます。
▼一方、これとは別に、アサド政権の後ろ盾となっているロシアが、トルコとクルド人組織の間の直接交渉を仲介する動きを見せています。
▼そして、国連安全保障理事会が、日本時間の今夜遅く、非公開の臨時会合を開いて、対応を協議する予定です。安保理として一致した声明を出せるかどうか注目されます。

■見てきましたように、すでに8年に及び、40万人以上の犠牲者を出してきたシリア内戦は、関係するさまざまなプレーヤーの思惑が交錯して、いっそう複雑化しています。アメリカ、ロシア、国連などによる調停で、事態打開への糸口が見いだせなければ、この地域全体が、長期にわたって混乱に陥ることが懸念されます。

(出川 展恒 解説委員)

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