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「どうなる?パート労働者の厚生年金加入」(時論公論)

藤野 優子  解説委員

来年の年金制度改正に向けた、政府内での議論が本格化しています。
中でも焦点となるのは、パートタイムで働く人たちの厚生年金の加入基準の見直しです。
パートで働く人も厚生年金を受け取れるようにすることで、将来の低所得高齢者の増加を防ごうという見直し。安倍総理大臣も全世代型社会保障への改革の柱の一つに掲げています。
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きょうは、
▼なぜ政府がこの見直しを急いでいるのか。
▼今回、どこまで対象を広げようとしているのか。
▼そして、政府が掲げる
「勤労者皆保険」、これは、会社で働く人は広く厚生年金などの社会保険に加入できるようにしようというものですが、これを実現するためには何をすべきかを考えます。
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【なぜ見直しを】

いまなぜ政府が見直しを急いでいるのか。
それは、雇用の変化にあわせた年金制度の改革が遅れ、このままでは将来、低年金となる高齢者の増加が懸念されているからです。

もともと年金制度の仕組みは、
▼定年のある会社員や公務員が、退職後の生活費の柱として受け取る厚生年金と、▼定年がない自営業の人たちの生活費の補助のためにつくられた国民年金に分かれています。
納める保険料の額も、年金額も違っていて、
厚生年金の方は、収入に応じた保険料を企業と折半で負担し、受け取る年金も収めた保険料に比例した金額です。例えば、40年厚生年金に加入し、平均的な収入だった男性の場合、月の年金額は15万円あまりです。
一方、国民年金の保険料は一律ひと月1万6000円。受けとる年金も、企業の保険料負担分がありませんので、40年保険料を納め続けても、満額でおよそ6万5000円です。
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ところが、1990年代からパートで働く人が増加。
今は、会社に雇われて働く人の3分の1がパート労働者になりました。中には、就職氷河期に就職活動をした団塊ジュニア世代やシングルマザー、高齢者など自らが世帯主という人も多くいます。
しかし、厚生年金はフルタイムの正社員中心の年金制度のままほとんど見直しが進まず、パートで働く人の多くは、自営業の人の国民年金に加入しているのが現状です。しかも、低所得で保険料を納められない人が多く、加入者の4割が保険料免除か支払いを猶予する手続きをとっています。

年金は納めた保険料に応じて受取額が決まるため、免除期間がある人は将来の年金額が少なくなります。この状態が続けば、低年金高齢者の増加が避けられない、
そうした危機感から、政府は、今年の骨太の方針で
「勤労者皆保険」の実現を目指すことを打ち出し、パートでも会社で働く人は広く厚生年金に入れるように、加入基準の見直しを急いでいるのです。
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パートで働く人が国民年金から厚生年金にうつると、企業も半分保険料を負担するため、保険料の負担が減ります。

例えば、月収88000円の人の場合、国民年金だと月々の保険料は16000円ですが、
厚生年金に移ると、収入の18.3%の保険料を企業と半分ずつ負担しますので、自分で負担するのは、8000円に減ることになります。
年金額も、国民年金だと満額でもひと月65000円に対し、厚生年金に加入して
この先20年間同じ月収で働いたとすれば、年金額は一生涯9000円増額と
なります。
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【どう見直そうとしているのか?】
では今回、政府は、厚生年金の加入基準をどのように見直そうとしているのか。

今は、原則、週の労働時間が概ね30時間以上の人は厚生年金への加入を義務付けられています。
加えて、3年前の制度改正で、週の労働時間が20時間以上の人のうち、
月収が8万8千円以上ある人など、一部の人が厚生年金への加入が義務付けられ、週の労働時間が20時間以上から30時間未満の人、450万人のうち43万人が新たに厚生年金に加入しました。
中には、低所得で国民年金の保険料を納められていなかった人も多く、厚生年金に加入することで年金額が増え、将来低年金になるのを防ぐ一定の効果も出ています。

しかし、現在は、中小企業への激変緩和措置として、従業員501人以上の企業で働く人に対象が限定されているため、今回の見直しでは対象を広げようと、企業規模の要件を撤廃するかどうかが論点になっています。
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先月、この問題を話し合う政府の懇談会が、「制度の本来のあり方として、企業規模要件を撤廃すべきものと位置付け、対象を拡大していく必要がある」と議論を取りまとめたのを受けて、年金部会でも議論が始まり、「中小企業への配慮は必要だ」としながらも、撤廃もしくは引き下げを求める意見が相次ぎました。
今後、政府、与党は調整を進め、年内に改正案をまとめる予定です。
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しかし、政府・与党内の一部からは、大幅な見直しは難しいのではという声が出ています。
というのも、パートで働く人の多い飲食業、小売業などの中小企業から、
「最低賃金の引き上げで人件費があがり、消費増税や軽減税率の導入、これに保険料負担が加われば、経営に深刻な影響がでる」「慎重な検討を」と要望が出ています。
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厚生労働省によると、前回改正で企業が新たに負担することになった保険料の総額は850億円と推計されています。
こうした負担を中小企業にまで求めるのは厳しく、 企業規模要件の撤廃ではなく、小幅な引き下げにとどめざるを得ないのではという見方もあります。

また、人手不足に拍車をかけるのではないかという懸念もあります。
それは、夫の扶養家族のままパートで働く女性は、厚生年金に加入すると新たな保険料負担が生じてしまうという問題があるからです。月収88000円で働く女性は、
夫の扶養家族のままだと、保険料を負担せず、老後に国民年金を受け取れます。それが、新たに厚生年金に加入して20年間この月収で働くと、将来の年金額は9000円増えますが、新たに月々8000円の保険料負担が生じてしまいます。
それで、前回の制度改正の時も、収入が増えて夫の扶養から外れないよう、働く時間を抑える動きが一部で見られました。
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このため、今回の見直しで、中小企業まで対象を拡大した場合、パートで働く人が多い企業ではさらに人手の確保が難しくなるのではと懸念する声も出ているのです。

【“勤労者皆保険“を実現するために】
では、パートで働く人が広く厚生年金に加入する「勤労者皆保険」の実現に向けて、どうすればいいのか。
パートで働く人の年金制度の見直しは、15年以上議論されながら、見直しが遅れてきました。
さらに見直しが遅れれば、低年金高齢者の増加は避けられず、将来の生活保護費の増大という結果につながりかねません。
そうしたことを考えますと、今回の見直しで、今後何年かけて、どのような段取りで対象を拡大していくのか、具体的な工程表をつくる必要があるでしょう。

また中小企業でも、従業員の待遇をあげて人材を確保しようと、任意でパート労働者の厚生年金への加入を進めている企業も4600と徐々に増えてきています。
パートで働く従業員が多い中小企業に対しては、厚生年金加入者が増えるよう
助成金などの支援策を強化することが求められます。

そして、人生100年時代といわれる中、男性も女性も長い老後に備えることが必要になってきています。そのためには、夫と専業主婦がモデル世帯となっている保険料の在り方を、個人単位の収入に応じた保険料に見直して年金の増額につなげていくことが必要な時代になっていると思います。j191008_10.jpg

これまで、パートで働く人たちなどの年金制度の見直しが遅れ、年金制度が老後の経済格差を生んでいる状態が長く続いてきました。
今後の低年金高齢者の増加を防ぐためにも、働き方の変化に合わせた年金制度に変えるためにも、どんな働き方をしていても、収入に応じた年金を受け取ることができるよう、今、年金制度の改革が求められています。

(藤野 優子 解説委員)

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