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「豚コレラワクチン 感染拡大は防げるか」(時論公論)

合瀬 宏毅  解説委員

農林水産省は先週、豚コレラの拡大を止めるための豚のワクチンについて、接種する地域など、具体的な案をまとめ、今月にも接種に踏み切ることになりました。
ワクチンの接種については、豚を病気から守ることが出来る一方で、様々なリスクも指摘され、国はこれまで、消極的な姿勢をとり続けてきていました。今回、その方針を大きく転換することになります。
新たな段階に入った豚コレラ対策の現状と、今後の課題について見ていきます。

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豚コレラを巡っては、先月、この時間でもお伝えしましたが、その後も感染拡大に歯止めがかからず、先日には大産地である関東の一角、埼玉まで飛び火してきました。
このため、農林水産省は最終手段としていた、豚へのワクチン接種を決断。ワクチンを接種することで、豚が豚コレラにかかりにくくする手段をとることになりました。

そのワクチン、接種が検討されているのは、これまで豚やイノシシで感染が見つかった、岐阜県や埼玉県など7つの県、それに石川県や富山県を加えた、併せて9県です。
石川と富山は、豚に感染は見つかっていませんが、豚コレラが拡大した要因とされる野生イノシシでの感染が確認されており、豚への感染リスクが、極めて高いとみられているためです。
9県で飼育されている豚は、およそ78万頭、国内で飼育されている1割近くに当たります。

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ワクチンを打った豚には、すべて標識がつけられ、基本的には、その県内で食肉に加工される他、死んだ豚や排泄物などは、接種地域外に出回らないようにします。
ただ、処理された豚肉や内臓、それに豚肉加工品については、追跡が難しく、流通はその地域に限定しないとしました。

対象となる9つの県は今後、ワクチンの接種時期や、進め方などの接種プログラムを作成し、農家の同意を得た上で、今月中にも、ワクチンの接種が始まる事になります。

ところで、今回のワクチン接種、どんな意味があるのでしょうか?

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豚コレラは、豚やイノシシが感染する病気で、人はその肉を食べても問題はありません。
しかし豚の間に一旦ウイルスが入れば、豚の間で増殖し、それが人や車両に付着して。また、豚は食品残さなどもエサにもしますので、その中に豚肉やソーセージなどが混入し、加熱が十分で無ければ、エサを通じても、感染を広げます。

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さらに今回、特徴的なのがイノシシを通じての感染です。イノシシの間で広がった感染が、ネズミや野鳥を通じて、農場にウイルスを運ぶ。そうした事例が多く指摘されています。

これにどう対応するのか? 感染の連鎖を断ち切るためには、感染ルートを遮断し、ウイルスをこの地域から駆逐することが必要です。

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しかし様々な感染ルートを遮断するのは容易ではありません。このため今回、国が選択したのが豚へのワクチンでした。豚を感染しにくくすることで農家を守り、感染できなければ、ウイルスもそのうち、この地域から消えて無くなるからです。
こうしたことから、養豚農家の間からはワクチン接種を望む声が日に日に強くなっていました。

ただ、ワクチン接種で、そう、うまくいくかです。
というのも、豚が豚コレラにかかりにくくなる分、病気の発見は遅くなるのです。

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今回、国が備蓄しているワクチンは、豚への効果が十分検証されてはいます。ただ、それでも接種した豚の1割から2割は十分な免疫を得ない可能性があるとされます。
集団でワクチンを接種した農場に、野外からウイルスが侵入し、そこで感染が起きても、数が少ないため、全体としては感染が見えにくくなります。その間にウイルスが増殖し、対策を取る前に、ワクチン接種地域の外に、拡散してしまう危険性は、捨てきれません。

このため農水省は、基本的には生きた豚や、病気で死んだ死骸、それに糞などはワクチンを接種した地域内からは、持ち出さないことにしています。
ただ、肉や内臓、それに加工食品については、流通ルートの追跡が難しく、今回は地域を制限せず、全国に流通するとしました。

もちろん農水省としては、ウイルスの付着した肉製品が感染を広げないよう、残飯などをエサとする場合は、十分に加熱して与えることを養豚農家に。
また、公園やキャンプ場で、バーベキューなどをした場合、豚肉製品をゴミ箱などに廃棄し、イノシシが漁って食べることがないように、一般の人たちに呼びかけることに、しています。

ただ、それで十分なのかです。
現在、国が備蓄しているワクチンは150万頭分。万が一、接種した地域からウイルスが漏れ出し、養豚農家が集中する関東圏に感染が広がれば、それだけで240万頭と、あっという間にワクチンは足りなくなります。
肉や加工品を通じて、ウイルスが拡散することが無いよう、呼びかけは徹底して行うべきだと思います。

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そして、もう一つ注意しなければならないのは、ワクチンを接種することで、対策に緩みがでないかということです。
いまの豚コレラ対策は、野生イノシシでの感染防止とともに、ウイルスを農場に侵入させない。また侵入しても早期に発見することが、重要な柱となっています。

ところが、感染農場を調査したところ、作業に使う長靴や、車両をきちんと消毒していなかったり、野良猫やネズミの侵入などが見つかった、それに感染の発見や通報が遅れた事例が多数、確認されています。

感染が頻発する中、農家の衛生管理意識、今は、高まっています。ところが、ワクチンを打てば豚は感染しにくくなります。そのことで農家の気が緩みはしないか。専門家はそう心配しているのです。
このため、農林水産省は、今日、農家に義務づける衛生管理について、改めて見直すことを明らかにしました。
農家の衛生管理に緩みがないか、改めて呼びかける必要があると思います。

さて、養豚農家の衛生意識を高める必要性。もう一つあります。アジアで猛威を振う、アフリカ豚コレラが、すぐ近くまで迫っているのです。

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 アフリカ豚コレラは、日本で感染が広がっている豚コレラとは、違う病気で、感染力が極めて強く、また、豚コレラのようにワクチンが存在しないため、感染すれば、殺処分するしか方法はありません。
爆発的に感染が広がる中国では、すでに飼育する3分の1、1億頭以上が処分され、豚肉価格は去年に比べて1.8倍と高騰しています。

そのアフリカ豚コレラが、今年に入ってモンゴルやベトナムなどに感染を拡大、先月にはついに韓国でも見つかりました。
農林水産省では、成田空港などで、乗客の手荷物検査を強化していますが、すでに豚肉製品からアフリカ豚コレラのウイルスが、いくつも見つかっています。

 これが日本に侵入すれば、いまの豚コレラ以上に国内の豚肉生産に、打撃になることは間違いありません。
 こうしたことを考えると、感染症への対策レベルを今以上に上げざるを得ず、農家にはウイルスを農場に入れない、一層の危機管理が求められます。
 
国が今回、豚へのワクチン接種に踏み切ったことは、ウイルス根絶への一歩であることは確かです。しかし、野生イノシシの間での感染防止や、農場への侵入遮断など、根本的な対策はまだまだです。
ワクチン接種をしたことで安心しないよう、政府は気を引き締めて対策に当たることが必要だと思います。

(合瀬 宏毅 解説委員)

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