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「恩赦の持つ意味は」(時論公論)

清永 聡  解説委員

政府は、来月、天皇陛下が即位を内外に宣言される儀式、「即位礼正殿の儀」に合わせて、恩赦の実施を検討しています。国の慶弔時に合わせた恩赦は、実施されれば26年ぶりです。
普段は耳慣れないこの制度。「現代に必要なのか」という意見もあります。そこで、現代における恩赦の意味について考えます。

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【解説のポイント】
●そもそも恩赦とはいったい何でしょうか。
●どのように決められるのか。
●そして制度の課題とその意味についてです。

【恩赦とは何か】
●恩赦とは、▼国の刑罰権を消滅させる、あるいは▼裁判の効力を変更もしくは消滅させることなどです。恩赦の狙いについて法務省は「立ち直りに向けた励みになり、再犯防止も期待できる」などと説明しています。
内容は有罪の効力を失わせるなどの「大赦」や「特赦」。そして「減刑」、「刑の執行の免除」、さらに有罪判決で失われた資格を回復する「復権」があります。

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●今回はこの「復権」などに限って実施する方向で検討していると言われます。これは例えば「公民権」などが回復するもので、懲役がなくなるとか、払った罰金が返ってくるわけではありません。具体的な規模は今後、検討されるとみられます。
●恩赦の歴史は古く、法務省によると、およそ1300年前の奈良時代にはすでに実施されていたということです。

●こちらは日本国憲法のもとで一律の恩赦が実施された年表です。平和条約発効や国連加盟、沖縄復帰など文字通り日本の慶弔時に行われてきました。今回実施されれば平成5年以来、26年ぶりとなります。

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【2つの恩赦】
●この恩赦。実は2種類あります。政令恩赦と個別恩赦です。政令恩赦というのは、刑の種類などで政令を定めて一律に行います。一方個別恩赦は、5人の有識者で作る中央更生保護審査会が1件ずつ審査を行います(特別基準恩赦)。また、あまり知られていませんが、この個別恩赦は、国の慶弔時とは関係なく、普段も年間30件前後行われています(常時恩赦)。

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●一方で恩赦には批判も多くあります。国民主権の現代に合わないという声や、行政が司法の判断を変えることから、三権分立に反するという意見。そして、権利の濫用につながるという声です。こうした批判も理解できます。
●そもそも、恩赦がどんなふうに行われているのか。実態がほとんど知られていません。

【公文書開示で分かる個別恩赦】
●そこで、私は、国立公文書館に行き、過去の恩赦の記録を開示請求しました。これは今回初めて開示された恩赦の公文書のごく一部です。開示対象のうち、最も新しいのは、昭和47年の沖縄復帰の恩赦でした。当時の田中角栄総理大臣の名が記されています。

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●沖縄復帰時の政令恩赦はすべて復権で3万2000人あまり。個別恩赦は特赦や減刑、それに刑の執行の免除など2100人あまりでした。開示された公文書のほとんどは、こちらの個別恩赦に関するものでした。

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●文書を読んでいくと、恩赦の申し出を受け、1件ずつ中央更生保護審査会が適切かどうかを検討し、「恩赦相当」と議決していることが分かります。ただ、人名や内容は黒塗りのため見えません。では、どんな検討をしているのでしょう。

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●私は今回、複数の元委員や関係者から、話を聞きました。
●ある元委員によれば、個別恩赦では書類を元に、本人が十分反省しているかどうか。再犯の恐れがないかを審査するということです。被害者がいる事件の場合は被害者の意向も確認します。仮に被害者が「今も許せない」という思いを強く抱いていれば、「恩赦は難しい」といいます。このほか、本人が重い病気で刑を受けることが難しいケースもありました。ある元委員は「被害者の感情も重視しながら、1人ずつ慎重に検討している」と話していました。

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●「恩赦」と聞くと「凶悪な犯罪者が次々と釈放される」というイメージを持つかもしれません。しかし、国会の答弁によれば、死刑は昭和50年以降、無期懲役は昭和37年以降、恩赦の減刑はありません。公文書を読み、証言を聞けば、個別恩赦がイメージとは異なり、被害者の声も聞きながら、丁寧に判断していることが、分かると思います。

【政令恩赦の問題点は】
●もう一つの、政令恩赦はどうでしょうか。
●私は、今度は法務省に情報公開請求をしてみました。こちらは今回開示された平成2年の「即位の礼」の際の政令に関する公文書です。

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●ここまでの時点で開示されたのは24枚。この時も復権の政令でした。文書には政令の案などが残されていました。ただ、どういう検討が行われたのか。どのような議論を経て決まったのかなど、恩赦に至る具体的な過程が分かる記録はここまで、ありませんでした。
●政令恩赦は一律に決められるため、個別に検討されることはありません。先ほどのように中央更生保護審査会を経ることもなく、1人ずつ被害者の意向を聞くこともなく、国民や有識者がチェックする仕組みはありません。見えないうえにチェックもできない。これが恣意的な恐れがあると指摘される大きな理由です。

●平成2年の恩赦では、先ほどの政令によって、実に250万人が一律に「復権」しました。この中には同じ年の衆議院選挙の違反で罰金刑となったおよそ4300人が含まれていると報じられ、「政治恩赦だ」という批判も上がりました。

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【個別恩赦の充実を】
●今回も政令恩赦が行われるとみられます。しかし、現在の仕組みは必ずしも透明性が確保されているとは言えません。「被害者のいない事件に限定する」とも言われていますが、例えば選挙違反の場合、選挙は民主主義の基盤であり、被害者は私たち有権者です。
●それだけに、政府は政令恩赦を行う際には、国民への十分な説明責任が求められます。加えて外部のチェック機能を設けることや、検討過程を示す公文書を残すなど制度の改善も望まれます。

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●そもそも政令恩赦より、1件ずつ審査を行う個別恩赦の方が、国民の理解も得やすいでしょう。個別恩赦の中でも、内閣が基準を定める「特別基準恩赦」よりも、国の慶弔時にとらわれず実施される「常時恩赦」をもっと充実していけば、政治的という批判を受けることもないはずです。

●実施には十分な慎重さも必要です。しかし、恩赦には裁判の誤りを救済する手段という意味もあります。また、社会復帰への道筋を設けておくのは大切であり、決して無駄なことではないように思えます。それは復帰する人を受け入れる現代社会の寛容さを示す指標にもなるのではないでしょうか。

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【恩赦のために必要なことは】
●奈良時代の西暦734年に聖武天皇が恩赦を命じたとする記録が残されていました。そこには次のように記載されています。
●「人を善導することがなお十分でなく、牢獄はまだ空となっていない。一晩中寝ることを忘れて、このことについて憂い悩んでいる。(中略)その責任は、朕一人にあり、多くの民に関わるものではない。寛大に罪を許して(中略)天下に大赦を行う」(続日本紀より)

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●もちろん現在とは異なる仕組みのため、直接比較はできません。ただ、この記述について専門家は、かつての恩赦が、こうした謙虚さの現われであったと、指摘します。
●実施されれば26年ぶりとなる今回の恩赦。国民が納得できる形となるよう、政府はその意義を十分に説明して理解を求めるとともに、制度の透明性を高めることが、欠かせないのではないでしょうか。

(清永 聡 解説委員)

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