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「原発事故刑事裁判 なぜ無罪判決か」(時論公論)

水野 倫之  解説委員
清永 聡  解説委員

福島第一原発の事故をめぐり、東京電力の旧経営陣の3人が強制的に起訴された裁判で、東京地方裁判所は19日、3人全員に無罪を言い渡しました。
未曾有の原発事故で、当時の経営トップの刑事責任が否定されたのはいったいなぜだったのでしょうか。

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【裁判の全体像は】
(清永)
無罪が言い渡されたのは東京電力の勝俣恒久元会長(79)、武黒一郎元副社長(73)、武藤栄元副社長(69)の3人です。3人は検察審査会の議決を経て業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴され、一昨年の初公判から37回の法廷が開かれました。のべ20人以上の証人や遺族が証言しています。

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水野さんは無罪という結論について、どう受け止めていますか。

(水野)
世界最悪レベルの事故によって福島ではいまだ4万人が避難を強いられ、生業を失った人も多いわけで、そうした福島の被災者が、当事者の誰も責任を取らなくてもよいという今回の判断にやり場のない怒りを感じるのも、無理はないと思います。

【判決の理由は】
(清永)
では、判決を詳しく見てみましょう。
最大の争点は「巨大な津波は予測できたのか」という点です。ポイントはこちら。「最大15、7メートル」。これは政府の長期評価を元に、東京電力が震災の3年前にシミュレーションした津波の高さです。
判決は「津波は正確な予知や予測に限界がある。想定できるあらゆる可能性を考慮すれば、原発の運転は不可能になる」としました。
その上で、長期評価について、「信頼性や具体性には疑問があった。3人が原発の運転を止めるべきと考えるような巨大な津波が予測できたとは言えない」と結論付け、刑事責任を問うことはできないと判断しました。

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(水野)
この長期予測を出したのは国の地震調査研究推進本部で、阪神淡路大震災を教訓に、国が中心になって地震調査を進め、危険性を社会に伝え少しでも被害を軽減していこうと設置された権威ある機関です。そこで多くの専門家が合意し公式見解として発表されたのが長期予測で一定の重みがあります。
判決では一般防災に取り入れられてなかったなどとして長期評価の信頼性に疑問を呈していますが、権威ある機関の見解を、潜在的な危険性を抱える原発の安全に取り入れなくても違法にならないという判断に対しては、納得できない人もいると思います。

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(清永)
ただし、今回は旧経営陣3人への刑事裁判で、あくまでも3人の刑事責任が否定されたということです。これとは別に東京電力などを相手取った民事訴訟では各地で賠償が命じられていますから、誰も責任がないというわけではありません。

【裁判で明らかになったことも】
一方で、この刑事裁判を通じて初めて分かった内容もたくさんあります。特に津波対策部門のトップだった元幹部の供述調書が、証拠としてこの法廷で2時間近くにわたって読み上げられ、15、7メートルという津波予測への驚きなどが記されていました。もし、不起訴のままであれば、調書そのものが表に出ることもなかった可能性があります。

また、日本を代表する複数の津波研究者が、対策を取れば事故は防げたのかどうかなどについて、法廷で調査結果や検討結果を述べました。
私も法廷を何度か取材しましたが、法廷は常に傍聴を希望する多くの人が並び、高い関心を集めました。数々の内容が公開の法廷で議論されたことそのものにも、大きな意義があったと思います。

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(水野)
原発の安全という観点からは、経営層の判断一つで、重大事故を招いたり、あるいは防ぐことができることが明らかになった点が大きいと思います。

長期評価を対策に取り入れるべきかどうかは太平洋側の原発にとって共通の課題でしたが、福島第一を持つ東電と、茨城県に東海第二原発を持つ原電・日本原子力発電では対照的な対応となりました。

まず東電では
津波対策担当社員が「権威ある組織の評価結果なので、想定の見直しに取り入れるべき」と訴えたのに対し、経営陣は、長期評価に疑問を持ち、土木学会に検討を依頼し対策を保留。すぐに責任ある対応をしようとしませんでした。

これに対して原電ですが、津波対策を統括する元社員が裁判でも証言しました。
それによりますと茨城県が公表した津波評価をきっかけに、長期評価も参考にした計算で敷地が浸水、対策が必要なことが分かりました。
原電によるとこの対策を経営陣は了承し、対策を進めていた結果、津波が押し寄せましたが、福島のような重大事故は免れることができたわけです。

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【責任体制が曖昧だった東電】
(清永)
どうしてこの両社は違ったのでしょうか。

(水野)
原発の安全の責任体制がきちんとできているかどうか、そこに大きな違いがありました。

原電は従業員1200人と電力会社としては小さい会社で社員同士、また現場と経営層の距離が近く、日頃から意思疎通はできていて、今回も安全に関わることだけに経営層は現場の意見を取り入れる責任ある判断をしました。

一方の東電は
経営トップの元会長が「原子力は原子力部門ですべて行い責任もそこにある。」と証言したり、元副社長が「部長たちが実質的に業務を統括している」と述べるなど原発の安全確保について、当時誰が責任もって判断するのかあいまいになっていました。
つまり責任体制が曖昧な会社では事故は起きかねないと言うことが、この裁判でわかった注目点と言えます。

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【検察審査会の役割とは】
(清永)
もう1つ、今回の裁判では、強制起訴という制度の難しさも浮き彫りにしました。これは検察が不起訴、つまり「起訴できない」と判断した事件を、市民から選ばれた検察審査会が2度、「起訴すべき」という議決を行った場合に強制的に起訴するというものです。制度は10年前に導入されました。

しかし、兵庫県明石市の歩道橋事故をめぐっては、警察署の副署長が強制起訴されたケースで、罪に問うことはできないとして裁判を打ち切る「免訴」。JR福知山線の脱線事故をめぐっては、JR西日本の歴代の社長3人の「無罪」が確定しています。今回を含めて9件のうち、有罪は2件にとどまります。

ただし、検察による起訴が事実上、「有罪を立証できる事件」であることに対して、強制起訴には、「有罪かどうか改めて裁判所で判断を仰いでほしい」という市民の意思が含まれています。事実上起訴の基準が異なっていることを認識する必要があると思います。

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【今後の教訓は何か】
(清永)
裁判を通じて見えた今後の教訓はなんでしょうか。

(水野)
原発を扱う電力会社は常に最新知見を取り入れ、安全性向上の努力を続けなければならないわけですが、それにはコストもかかるわけでトップの責任ある対応と判断が必要になってきます。

現在全国で9基が再稼働し、6基が審査に合格していて、各原発で安全対策工事が行われているが、1基あたり多いと数千億円。特に東電が再稼働を目指す新潟県の柏崎刈羽原発は1兆1600億円余りが見込まれています。
こうしたコストは経営に直結しますのでトップの経営判断が必要になってきます。そのためにもトップ自らが安全性について理解し責任を持っていなければならないことが今回の裁判で見えてきました。
ですので東電だけでなく全ての電力会社が経営トップが原発の安全に対して責任を持つ体制をしっかり作り上げなければなりませんし、原子力規制委員会もそうした体制ができているか厳しくチェックしていくことが求められます。

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(清永)
原発事故による甚大な被害を考えると、無罪に釈然としない思いを抱く人も少なくないでしょう。しかし、相次ぐ賠償判決に加え、国会事故調も「人災」と結論付けており、決して会社が責任を免れたわけではないということは、強調しておきたいと思います。
今回の異例の刑事裁判を、判決だけで終えるのではなく、あの事故を何とか、未然に防ぐことができなかったのか、多くの人が考え続けるための、手掛かりにしてほしいと思います。

(水野 倫之 解説委員/清永 聡 解説委員)

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