日本を代表する自動車メーカーの一角、日産自動車のトップが、今週月曜日、16日付で辞任しました。不適切な報酬を受け取っていたことが辞任の引き金となり、企業統治のあり方が改めて問われています。今夜はこの問題について考えていきたいと思います。
解説のポイントは三つです。
1)辞任のきっかけはまたも報酬問題
2)機能したか 社外取締役
3)企業統治はいまだ道半ば
最初に、西川前社長の辞任のきっかけになったとされる、不適切な報酬とはどういうことなのか見てみます。
先週まとまった日産の内部調査によりますと、問題となったのは、自社の株価に連動して報酬が受け取れる制度です。この制度の対象となった取締役は、まず、一定の価格で株価を取得したことにします。これが基準の株価となります。そして会社が定めた期間の中で、報酬を受け取る権利を行使する日をあらかじめ設定します。権利を行使する日の一日前の株価が基準の株価と比べて上昇していれば、その差額に比例した報酬を受け取ることができます。逆にこの日の株価が基準の株価よりも低ければ報酬はゼロとなります。
社内調査によりますと、6年前、当時副社長だった西川氏が自らの報酬の増額の検討を要求。このときの担当役員は、ゴーン元会長とともに起訴されたグレッグケリー前代表取締役でした。ケリー前代表取締役は、報酬の増額に応じない代わりに、株価連動制度を使って対応することを考えたといいます。あらかじめ決めてあった権利の行使日を一週間後に偽装することで、本来よりも高い株価をもとに報酬額の計算を行い、およそ4700万円を不正に増額して西川氏に支払ったということです。
実はゴーン元会長も同じ方法で、1億4000万円多い報酬を不正に受け取っていたといいます。ただ西川前社長の場合、ケリー前代表取締役らに対して指示や依頼をした事実はなく、自らの報酬が不正な手法によって増額されたことを認識していなかったとして、不正行為に関与したとはみなさないとしています。
この調査結果を受けて西川前社長は、多く受け取っていた分を返還する考えを示しました。そしてこの問題がきっかけとなって、取締役会の要請を受け入れる形で辞任することになったのです。
実はこの問題が、最初に公になったのは、6月に発売された月刊誌でのケリー前代表取締役のインタビュー記事でした。さらに、西川前社長をめぐっては、ゴーン元会長が逮捕されて以降、終始責任問題がくすぶりつづけていました。ゴーン元会長の不正に対し、取締役として十分なチェック体制を敷いていなかったことに対する責任が問われていたのです。それがなぜ今月まで毅然とした対応がとられなかったのか、日産の企業統治をいぶかしく思う声もあがっていました。
2)機能したか 社外取締役
その一方で、西川氏が辞任に追い込まれたのは、取締役会の改革が功を奏したためだという指摘もあります。カギを握ったのは独立性をもつ社外取締役です。適切な経営が行われているかどうかを外部の目で監督する存在で、これが以前とは異なり、機能し始めたというのです。
日産は、ゴーン元会長に人事から報酬の決定まで権限が集中しすぎていたという反省から、有識者などによる第三者の委員会に、経営体制の見直しを委ねました。そしてその提言に従い、6月の株主総会で、▼取締役の候補者を決める指名委員会、▼役員報酬を決める報酬委員会、そして▼業務が適切に行われているかをチェックする監査委員会という三つの委員会を取締役会のなかに設ける指名委員会等設置会社に移行することが決まりました。これらの委員会ではいずれも社外取締役が中心的な役割を果たし、経営の執行と監督が明確に分離する形となりました。
さらに、取締役会による監督機能を一段と強化するため、11人の取締役のうち日産とルノーからはそれぞれ2人にとどめ、残り7人つまり過半数を独立性のある社外取締役とすることや、ゴーン元会長が務めていた取締役会の議長を、JXTGホールディングスの木村相談役が務めるようにするなど、社外取締役の機能を大幅に強化したのです。
西川前社長の辞任が決まった今月9日の取締役会では、さっそくこの体制が効果を発揮しました。議長を務める木村氏が西川前社長の退出を求め、進退問題などを議論。このなかで西川氏をめぐっては様々な問題が発生しており、社内外の求心力という意味からこのタイミングでの辞任が適切だという結論に至ったということです。
3)企業統治はいまだ道半ば
日産は来月には後任の社長人事を決めるとしていますが、新たなトップには、利益が大幅に落ち込んでいる業績の立て直しや、大株主のルノーとの関係の再構築など重い課題が課せられることになります。さらに、企業統治の改革をめぐっても、従業員や取引先、それに株主の信頼を取り戻していく必要があります。その中で私が注目しているのは、今後ルノーとの関係を考えていくうえで、ルノー以外の一般の株主の利益が守られてゆくかどうかです。
日産の株式の43%を保有するルノーは、日産との経営統合を求めています。西川前社長は、「両社が相乗効果を発揮するにはお互いの自主性を尊重することが大前提だ」として、経営統合には否定的な考えを示してきました。しかし日産のトップ交代を機に、ルノーが再び経営統合を求めてくる可能性もあります。
その際、ルノー以外の一般の株主にとって、日産の経営判断が自分たちにも利益をもたらすことになるかどうかは大きな関心事です。
実は、日産が指名委員会等設置会社へ移行する議案を上程した今年6月の株主総会を前に、ルノーとの間でひと悶着がありました。ルノーが日産に書簡を送り、委員会のメンバーにルノーの出身者を入れることを求め、実現しない場合は、株主総会での採決を棄権する意向を示したというのです。新たな経営体制への移行によって日産への影響力が弱まることを懸念したものとみられます。大株主のルノーが棄権すれば、議案が可決できず、新たな経営体制に移行できないおそれがありました。この時日産は、指名委員会にスナール会長を、監査委員会にボロレCEOを入れることで決着をはかりました。
しかしこのうちの監査委員会については、経営体制の見直しを委ねた第三者委員会が、大株主の利益を考慮する蓋然性の高い取締役がメンバーになるのは望ましくないとしていました。日産と大株主の利益が相反した際に、大株主の利益を考慮し、十分な監査ができない懸念があるためです。ただでさえ大株主として日産の経営に強い影響力をもつルノーが、経営を監視する監査委員会の一角を占めれば、ルノー以外の一般株主に不利益が及ぶおそれが考えられるというのです。
こうした問題をめぐっては、経済産業省も、今年6月、上場企業やその一般株主と、支配的な大株主の利益が相反する取引が行われる場合には、独立性をもつ社外取締役が過半数を占める取締役会や特別に設けた委員会で、一般の株主の利益が保護される観点から審議が行われ、取締役会としてその審議結果を尊重するよう求める指針を策定しています。
不正や不適切な報酬の問題で、一年の間に二度もトップが退くことになった日産自動車。業績不振から抜け出すために1万2000人を超える人員削減など荒療治を打ち出していますが、経営の立て直しに向けては、従業員や取引先、そして株主からの信頼を回復し、内外の求心力を取り戻すことが欠かせません。
企業統治の仕組みの導入を形だけのものに終わらせず、実質的に機能させることができるのか。これからが本当の正念場です。
(神子田 章博 解説委員)
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