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「どうなるEU離脱 揺れるジョンソン政権」(時論公論)

二村 伸  解説委員

EUとの合意なき離脱か、それとも離脱の延期か、国民投票から3年以上たった今もイギリスは世論が割れ、方向性を見出すことができません。9日には経済の混乱を招きかねない合意なき離脱を避けるため、10月末の離脱期限の延期をEUに求める法律が成立しました。しかし、ジョンソン首相は合意がなくても来月には離脱すると強気の姿勢を崩していません。

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離脱期限まで2か月を切ったイギリスで何が起きているのか、ジョンソン政権と議会の攻防などこれまでの経緯を整理し、今後想定されるシナリオと、その影響を考えます。

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イギリスのEU離脱の期限は、当初はことしの3月29日でした。ところが、メイ政権がEUと合意した離脱協定案をイギリス議会は3度にわたって否決し、離脱期限が2度延期されました。議会の支持を失ったメイ首相に代わって、7月24日ジョンソン氏が首相に就任し、合意なき離脱もやむなしとの姿勢を鮮明に打ち出しました。

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しかし、その強引な手法に保守党内からも強い反発が上がりました。今月4日下院は、離脱期限の延期をEUに求める法案を可決し、9日法律として成立しました。その内容は、「来月19日までに新たな離脱協定案がイギリス議会で承認されず、合意なき離脱の支持も得られなかった場合、来年1月末まで離脱期限を延期するようEUに要請することを政府に義務づける」というものです。議会の動きを封じ込めようと、今週から来月13日まで閉会することを決めたジョンソン首相に議会はぎりぎりのところでまったをかけたのです。
ジョンソン首相は「EUに離脱延期を申し入れるくらいなら死んだほうがましだ」として、合意の有無にかかわらず来月末に離脱する姿勢を崩していません。そして、離脱の前、来月半ばの総選挙の実施を10日にも提案しましたが、再び否決されました。
野党・労働党のコービン党首は、総選挙は「白雪姫に差し出されたリンゴのようなものだ」として、合意なき離脱の毒リンゴは食べないと一蹴しました。ジョンソン首相が選挙を理由に国民の信任を得たとして「合意なき離脱」に突き進むことを警戒したのです。

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ジョンソン首相にとって誤算だったのは、与党・保守党議員の相次ぐ離反です。離脱延期を求める法案を阻止するため造反者の除名をちらつかせたものの、21人もの議員が造反しました。その中にはハモンド前財務相やチャーチル元首相の孫のベテラン議員、ニコラス・ソームズ議員も含まれています。首相の弟のジョー・ジョンソン氏も閣外相を辞任、下院議員の職も退く意向を示しました。さらに衝撃的だったのは、7日のラッド労働・年金相の辞任です。主要閣僚からも見切りをつけられたのはジョンソン首相にとって痛手です。

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では、これからどんなシナリオが考えられるでしょうか。ジョンソン首相は、来月17日から開かれるEU首脳会議でEUに離脱の延期を求めるよう義務づけられましたが、それには応じず、EUに離脱協定案の修正を求め、議会で承認を得たいとしています。しかし、EUは再交渉には応じない方針です。離脱の延期にもEUは、「明確な理由が必要だ」として簡単には認めない方針で、合意なき離脱の可能性が完全に排除されたわけではありません。
さらにジョンソン首相がEU首脳会議で、離脱の延期を要請するのではなく、「離脱を延期する必要性がない」と各国首脳に説明するのではないか、イギリス議会で自らの進退と引き換えに協定案の承認を求めるのではないか、そんな憶測が飛び交っています。何が起きてもおかしくないのが今のイギリスです。

離脱期限の延期が決まった場合の焦点は「解散・総選挙」です。労働党は、首相が提案した10月半ばの選挙には反対しましたが、延期が正式に決まったあと、保守党の支持率が低下するのを待って内閣不信任案を提出し、総選挙に持ち込みたい意向です。ただ、問題は選挙が行われてもイギリスの混乱が解消されるとは限らないことです。
というのは、選挙で再び保守党が勝てば状況が変わらないか、より対立が激しくなる可能性があるからです。世論調査では保守党がメイ政権で落ち込んだ支持率を回復させ35%前後を維持し、労働党に10ポイント前後の差をつけています。
一方、労働党は単独で過半数の議席を得ることはほぼ不可能ですが、EU残留を打ち出している自由民主党やスコットランドの地域政党などと組んで政権を握った場合は、離脱か残留かを問う国民投票を改めて行う可能性も出てきます。

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EUからの離脱をめぐって国内世論は真っ二つに割れたままです。3年前の国民投票は離脱支持と残留支持の差が127万票、率にして3.8ポイント差の接戦でしたが、この状況は大きく変わっていません。世論調査で、新たな国民投票が行われた場合、EUへの残留に賛成すると答えた人が50%前後、これに対し離脱を支持すると答えた人は45%前後を推移しています。ジョンソン首相が強気の姿勢をとり続けるのは、離脱を求める高齢の白人保守層を中心に根強い支持があるからです。また、合意なき離脱に賛成か反対かを問う調査では、合意なき離脱に反対と答えた人が44%ながら賛成と答えた人も40%近くに上っています。合意なき離脱に反対する人も、離脱そのものには賛成だが合意に基づいて円滑に離脱すべきという穏健離脱派もいれば、残留を望む人など様々です。こうした複雑な状況が、離脱をめぐって袋小路から抜け出せない一因となっています。

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イギリスの市場関係者はジョンソン首相の強硬な姿勢に警戒を強め、通貨ポンドは3日、対ドルレートで3年ぶりの安値をつけました。同じ日、国連貿易開発会議・UNCTADは、イギリスがEUとの合意がないまま離脱すれば、EUへの輸出が年に160憶ドル、およそ1兆7000億円減るとの試算を発表しました。とくに打撃が大きいのが自動車です。合意なき離脱の場合、イギリスは急激な景気後退に陥る可能性があると指摘する専門家もいます。
また、日本の経団連やアメリカの全米商工会議所、それにオーストラリアやカナダなど世界8か国の経済団体は先週、イギリスの合意なき離脱を「深く憂慮する」という共同声明を発表しました。声明ではイギリスとEUに対して、混乱を避けるために離脱の移行期間などをめぐって合意し、将来の通商関係などに関する協定を速やかに結ぶよう求めています。

こうした国際社会の懸念や不安を払しょくするためにも、イギリス政府と議会は、これ以上いたずらに時間を費やすのではなく、打開策を見出す努力が求められています。それには反対意見にも耳を傾けねばなりません。しかし、議会を軽視し強引に進めようとする首相と、選挙を念頭に党利党略に走る政党、ともに歩み寄る姿勢は見られず、決められない政治への国民の不満や不信感は強まるばかりです。就任演説で「民主主義への信頼を取り戻す」と述べたジョンソン首相ですが、むしろ分断が深まり政治の劣化を助長しているかのようです。民主主義の危機にどう対処するのか、厳しい目が注がれています。

(二村 伸 解説委員)

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