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「豚コレラ1年 収束はできるのか」(時論公論)

合瀬 宏毅  解説委員

我が国で26年ぶりに、豚の感染症、豚コレラが確認されて、今日でちょうど一年になります。
最近はニュースで聞くことも少なくなりましたが、先週も感染が確認されるなど、その勢い、拡大する一方です。殺処分された豚はすでに13万頭以上に登り、岐阜県では、飼育されていた豚の半数が、居なくなりました。それでもウイルスが地域から根絶されず、感染が見つかった農家は経営再建の見通しも立っていません。
困難を極める豚コレラ対策の現状と、今後の行方について見ていきます。

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まず豚コレラの現状です。
日本で26年ぶりに豚コレラに感染した豚が見つかったのは、一年前の今日、岐阜県でのことでした。その後感染は一旦は見られなくなりましたが、12月には県内4カ所で確認。2月には、愛知県に飛び火し、被害は大阪や滋賀などの1府5県の農場に広がりました。

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農林水産省は、消毒を徹底するなどウイルスを農場内に入れないような指導を農家へ徹底してきました。しかし、その後も感染は収まらず、今日までに感染がみつかった農場は40。殺処分された豚は13万頭以上で、岐阜県では、飼育されていた半数、愛知県では20%近くが殺処分されました。

飼育していた豚を殺処分するのは、感染する動物をその区域から無くすことで、ウイルスが生きられなくするためです。それなのに、なぜ感染が止まらないのか?

背景にあるのは、野生イノシシの存在です。豚コレラは、その肉を食べても、人は感染しませんが、イノシシには豚同様、高い感染性を示します。
野生で暮らすイノシシが、海外からの持ち込まれたウイルスに感染し、イノシシの間で感染を繰り返すうちに、その唾液や糞がネズミやカラス、人や車に付着し、農場に侵入して、豚を感染させる。そう考えられているのです。

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しかも今回のウイルスは、感染してもすぐには死にません。赤い点は感染したイノシシが見つかった場所ですが、岐阜や愛知だけでなく、7月以降、長野や石川、富山でも感染したイノシシが見つかっています。感染したイノシシが、山を駆け回り、ウイルスを拡散しながら、その範囲を広げているのです。
イノシシでの感染を止めなければ、豚の感染も全国に広がりかねない。農林水産省ではそう危機感を強めています。

では、これを国はどうしようとしているのでしょうか?
先週、国が打ち出した対策は、大きく二つあります。
一つはイノシシの間での感染をくい止める対策。そして、もう一つは、ウイルスの農場への侵入を遮断する対策です。

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まずはイノシシへの対策です。
現在、豚コレラに感染したイノシシが見つかっているのは、先ほど見ていただいたように7県に及びます。これを取り囲むように、9つの県で、まずは銃で駆除したり罠で捕獲したりして、数を減らします。捕殺するイノシシは、合わせて10万から11万頭程度。これは例年の1.5倍にあたります。

その上で、ワクチンを含ませたエサを食べさせて、豚コレラに感染しにくくします。農林水産省ではドイツで開発されたトウモロコシにワクチンを閉じ込めたエサを、感染地帯を取り囲むように、幅10キロから20キロメートルにわたって、大量にベルト状に埋め込みます。
埋設するワクチンは16万個。ワクチンを混ぜたエサをイノシシが食べることで、感染する数を減らし、ウイルスの拡大を防ごうというのです。

一方で、農場への侵入遮断対策です。
ウイルスが農場の外から持ち込まれないように、従業員の着替えや消毒、それに家畜管理のあり方を講習会などで徹底するとともに、全国の農場に、イノシシの侵入防止柵の設置を義務づける法律を改正するとしています。
たとえイノシシの間でウイルスが蔓延しても、豚への感染を遮断しようというのです。

ただ、こうした対策で十分かです。
エサを使ったイノシシへのワクチン投与については、これまでドイツなどが取り組んできました。しかし根絶までに10年近くかかっていますし、しかもドイツの平坦な山地と違って、山の深い日本で本当に根絶できるのか、不安視する声もあります。
それにウイルスを農場に入れない対策とは行っても、衛生管理を徹底し、農家を指導する県の施設でさえ、感染が見つかっています。もはやこうした対策では限界があると、農家から悲鳴が上がっているのです。

ではどうするのか。発生地の農家が強く求めているのが、豚そのものへのワクチンの投与です。イノシシではなく、飼育する豚そのものにワクチンを打つことで、抗体ができ、多くの豚は感染しなくなります。そうしないと、安心して豚を飼育できないと主張します。

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しかし国は、豚へのワクチンの投与は、最終手段だとしてこれに慎重です。豚に一旦ワクチンを打つと、ウイルスが見つけにくくなり、対策が長期化するからです。その間、日本はウイルスが蔓延している国と見なされ、豚肉の輸出に影響が出る他、すでに発生している国や地域からも輸入圧力が高まります。
感染が見つかった農場の豚は、全て殺処分することで、早期のウイルス根絶を目指してきた国にとって、家畜衛生管理の大転換になります。

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そうした中で出てきたのが、地域限定でワクチンを打つ方法です。豚コレラの感染地域だけでワクチンを打てば、ほかの地域は、従来通り、豚コレラが発生していない清浄国として、貿易上取り扱われる可能性があります。

問題は、豚肉の流通です。いくらワクチンを打ったとしても、その免疫は完全とは限りません。万が一、感染した豚肉が地域外に出て行けば、感染を拡大する可能性があります。
このため、ワクチンを打った地域の豚肉は、基本的にはその地域内で流通することが条件で、そうした管理が出来るかです。

さらに風評被害です。現在国が保管している豚コレラワクチンを打った豚肉は、人が食べても安全性に問題はありません。しかし、ワクチンを打った豚の肉と、そうでない肉が同時に流通した場合、消費者の不安を呼び起こし、流通が混乱する可能性があります。

このため、農林水産省としては、まずは野生イノシシ対策と、農場へのウイルス侵入対策を中心に進め、その効果を見極める。
その上で、感染が見つかった県を中心に、地域限定のワクチンの可能性を探っていくとしています。
国としては、ワクチン接種を決断した場合、生産者や消費者の理解をどう進めていくか。その準備も進めておくべきだと思います。

豚コレラに感染した豚が岐阜県で見つかって1年。分かったことは、ウイルスが野生に入った場合、その対応が、きわめて難しいということです。
今回の豚コレラは、中国や東南アジアなど海外で蔓延しているウイルスが、ソーセージなどの豚肉製品の形で国内に持ち込まれ、それが廃棄されるなどしてイノシシの間に広がったという見方が有力です。

来年にはオリンピック、パラリンピックもあるなど、今後ますます海外との交流が増えていきます。海外からのウイルスの持ち込みをどう防ぐのか。国内の対策と共に国に突きつけられた重い課題です。

(合瀬 宏毅 解説委員)

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