■イラン政府は、「核合意」で約束されている経済的な利益が得られていないとして、4日、新たな対抗措置を発表しました。事態打開を目指すフランスなどの外交努力への期待から、かなり抑制された内容です。一方、アメリカ・トランプ政権は、ペルシャ湾などを通る船の安全を守るためとして、各国に対し、いわゆる「有志連合」への参加を求めており、日本は、難しい判断を迫られています。アメリカとイランの対立に関連する一連の問題を考えます。
■解説のポイントは、▼イランによる新たな対抗措置とその狙い。▼事態打開に向けたフランスなどの外交努力。そして、▼いわゆる「有志連合」をめぐる問題です。
イランのロウハニ大統領は、4日、国営放送を通じて、「核合意の制限にしばられることなく、今後は、さまざまなタイプの新たな遠心分離機の研究開発を推し進める」と発表しました。遠心分離機は、ウランの濃縮に使用する装置で、4年前の「核合意」では、イランが使用できる遠心分離機のタイプや数などが細かく定められています。
イラン政府は、「核合意」から一方的に離脱したトランプ政権の制裁に対抗して、核合意が定めた一部の義務を履行しない対抗措置を、段階的に打ち出しています。今回で3度目ですが、事前の予想と比べ、「かなり抑制的で、穏やかな内容だった」というのが、率直な印象です。発表の前日まで、「その気になれば、ウラン濃縮度を20%まで引き上げることもできる」などと、強い措置をとる可能性もほのめかしていたからです。
イランは、今年7月、核合意が定めるウラン濃縮度の上限である3.67%を超えて、4.5%まで引き上げました。これは、原発の核燃料に使用するレベルです。仮に、濃縮度を20%まで引き上げた場合、核爆弾の製造に必要な90%以上に引き上げるまでの時間が大幅に短縮されるとして、国際社会が強く懸念していました。しかし、今回は、ウラン濃縮度の引き上げじたいが、盛り込まれませんでした。また、遠心分離機の数を増やすことにも言及していません。
今回の対抗措置を、抑制的な内容に留めたイランの意図を、どう見れば良いでしょうか。ロウハニ大統領は、発表に先立って、「新たな措置に踏み切るが、ヨーロッパ各国との意見の違いの多くは、解決に向かっている」と述べています。「核合意」に署名したイギリス、フランス、ドイツなどとの交渉を今後も継続し、核合意が約束していた「経済的な見返り」を最大限引き出すための「外交駆け引き」と見ることができます。
自らの主導で実現させた「核合意」を、ぜひとも維持したい。しかし、核開発を大幅に制限するだけで、経済的な見返りがなければ、国民の支持が得られず、合意にとどまることはできない。ヨーロッパ各国は、速やかにイランとの取引、とりわけ、原油の輸入を再開して欲しい。これが、ロウハニ大統領の本音と見られます。
イランは、今後も、60日ごとに対抗措置を打ち出すとしており、ヨーロッパ各国との交渉が無期限に続くわけではありません。限られた時間の中で、どこまで歩み寄り、一致点を見出せるかが、「核合意」が存続できるかどうかのカギとなります。
■今回、イランが抑制的な対応をした背景には、事態打開に向けたフランスなどの外交努力への期待があります。
フランスのマクロン大統領は、先月下旬、フランスで開かれたG7・主要国首脳会議の際、イランのザリーフ外相を現地に招いて会談したほか、アメリカのトランプ大統領とも個別に会談して、緊張緩和に向けた提案を示しました。
その内容は、「イラン側が核合意を完全に守り、ホルムズ海峡の航行の安全を保障することを条件に、アメリカ側が制裁を緩和し、イランが一定量の原油を輸出できるようにする」というものです。あわせて、フランスが、イギリス、ドイツとともに、イランに対し、原油を担保にして、150億ドル、日本円でおよそ1兆6000億円を限度に、融資を行うことも提案しています。
これらの提案を実現するには、アメリカが、イランに対する制裁の一部を解除、あるいは緩和することが不可欠です。金融制裁が効いている限り、イランへの融資はできないからです。
マクロン大統領は、さらに今月下旬、ニューヨークで開かれる国連総会の場で、ロウハニ大統領とトランプ大統領との首脳会談を実現させようと、働きかけを続けています。
トランプ大統領は、4日、ロウハニ大統領との首脳会談について、「可能性はある。イランと直接交渉する」と前向きな反応を示しています。オバマ前大統領が結んだ「核合意」に代わる新たな合意を、イランとの間で結びたいと考えているのです。これに対し、イラン側は、「まずアメリカが制裁を解除するのが前提だ」と主張しています。双方の不信感は根深く、現時点で首脳会談実現の見通しは立っていませんが、可能性はゼロではありません。制裁について、トランプ大統領の姿勢に変化が現れるかどうか、国連総会に向けた関係国の駆け引きが当面の焦点となりそうです。
ペルシャ湾の入口にあり、エネルギーの大動脈と呼ばれるホルムズ海峡の近くでは、今年5月以降、日本の海運会社が運航していた1隻を含め、合わせて6隻のタンカーなどが、何者かの攻撃を受けています。トランプ政権は、ペルシャ湾などを通る船の安全を守るための、いわゆる「有志連合」の結成をめざし、日本を含む各国に、参加を働きかけてきました。
菅官房長官は、きのうの会見で、「原油の安定供給の確保、アメリカとの関係、イランとの関係を踏まえ、さまざまな角度から検討し、総合的に判断する。タイミングについて予断することは控える」と述べました。合わせて、「地域の緊張緩和に向け、関係国と連携しながら外交努力を続ける」としています。日本政府としては、「有志連合」に参加するかどうかの判断を急がず、イランとの友好関係も活用し、外交努力を続ける方針と見られます。
トランプ政権の「有志連合」構想については、ペルシャ湾などで船の安全を守るというよりも、イランに対する圧力を強化する狙いがあるのではないかという見方が、国際社会では支配的で、現時点で参加を表明しているのは、イギリス、オーストラリア、バーレーンの3か国だけです。イラン政府は、各国に対し、「有志連合」には参加しないよう強く要請しており、先月下旬、日本を訪問したザリーフ外相も、この立場を日本政府に伝えたとされます。日本にとって、今年国交樹立90年を迎えたイランを敵に回し、ペルシャ湾の緊張をかえって高めてしまうリスクもあるだけに、極めて慎重に判断する必要があると思います。
■アメリカとイランの対立と緊張を背景に、双方が意図せず、偶発的に軍事衝突が起きる恐れは、依然、消えていません。また、今の「核合意」が崩壊した場合、「新たな合意」を実現させるのは、まず不可能で、中東地域で軍事的緊張と核開発競争を拡大させることになるでしょう。マクロン大統領が、本気で仲介に乗り出したのも、その危険性を認識しているからであり、ここに来て、関係国の姿勢に変化の兆しも生まれています。アメリカ、イランの双方と良好な関係を築いてきた日本としては、緊張緩和に向けた外交努力の一翼を担うとともに、「核合意」を崩壊させないよう、たとえば、イランによる原油輸出の道を確保するなどの具体策を打ち出す必要があると考えます。
(出川 展恒 解説委員)
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