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「防災の日~『国難』に立ち向かう司令塔のあり方は」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

大津波と激震が襲う南海トラフ巨大地震。死者と被害額は東日本大震災の10倍以上と推定されています。その発生確率は30年以内に最大80パーセント。対応如何で国の行方を左右する「国難」とされる事態が近づいています。

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あさっては防災の日ですが、いま全国の知事や震災復興に取り組む人たちなどから、南海トラフ地震など巨大災害に備えるため「防災庁」あるいは「復興・防災庁」の創設を求める声があがっています。

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今夜の時論公論は、
▼「防災庁」をめぐる経緯を見たうえで、
▼その必要性について政府との考え方の違いを整理し、
▼求められる司令塔のあり方を考えます。

【防災庁をめぐる経緯】

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防災庁にはどんな役割が期待されているのでしょうか。災害への対応は普段からの防災と発生時の緊急対応、そして復興と3つの段階があります。バラバラになりがちな事業を、防災庁がいわば司令塔として、全体を見ながら指示・調整をして強力に押し進めていくというイメージです。

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東日本大震災をきっかけに創設を求める声が高まり、全国知事会や専門家らが提言しているほか、自民党総裁選挙で石破元幹事長が提唱し、公明党は参院選の公約に「復興・防災庁」の創設を掲げました。

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自民・公明の東日本大震災復興加速化本部も、期限を迎える復興庁の後継組織として復興庁と内閣府の一部を統合して新組織を作る案を検討しました。しかし政府内の消極論や被災地からの東日本大震災に特化した組織を存続してほしいという声を受けて見送り、「分散している防災の司令塔機能を一元化し、強化する」よう求める提言を今月、まとめました。自民党の額賀本部長は「将来の防災庁創設に向けた第一歩の提案だ」と話しています。

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こうした声に政府は消極的な姿勢をとっていますが、その根拠は、4年前にまとめた政府の危機管理のあり方についての報告書です。そこでは「防災省の創設など抜本的な組織体制の見直しを行う積極的な必要性は見出しがたい」と結論づけています。

【必要性をめぐる論点は】
考え方はどう違うのでしょうか。3つの段階にわけて整理します。

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まず政府の緊急対応です。災害が発生すると総理大臣官邸の危機管理センターに関係省庁の局長たちが直ちに集まり情報収集を開始。官房副長官が各省の事務次官たちを直接指揮して対応します。数々の災害を経て強化されてきた仕組みです。

<VTR>
去年の西日本豪雨では被災地からの要請を待たずにクーラーなど必要な物資を送る「プッシュ型」支援が成果をあげたほか、関係する省が連携し、被災した浄水場に東京都がオリンピック用に確保していたろ過機をまわして水道の復旧を早めるなど、被災自治体から高く評価されました。

実績を背景に、政府は、緊急対応は十分にできていて組織見直しの必要はないという立場です。
これに対して与党の復興加速化本部は内閣が代わっても機能するように制度を整える必要があると主張します。

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次に防災、つまり普段からの取り組みです。
要になるのは内閣府の中の「内閣府防災」です。防災計画づくりや各省庁の調整などにあたっていますが、職員100人という小さな組織で、しかも全員ほかの省庁からの出向で、わずか2年ほどで元の役所に戻っていきます。防災庁などを求める側は、ほかの省庁の災害関係の部門と統合するなどして組織・機能を大幅に強化し、専門職員を育成すべきだとしています。

一方、政府の報告書は組織の肥大化につながる恐れがあると反論。経験者を再度配属させるなどして専門性のある職員を育て、災害が起きたときは各省にいる経験者を招集することで対応できるとしています。

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そして3つめの復興、この主体は基本的にそれぞれの省庁です。東日本大震災については復興庁が事業を束ねていますが、西日本豪雨などほかの災害にはノータッチです。また復興庁は発足までに1年もかかり復興の遅れにつながりました。創設を求める側は、震災復興で得た経験を引き継ぎ、ほかの災害にもすばやく対応できるよう常設の組織が必要だとしています。

これに対し政府は災害の都度立ち上げればよいという立場で、復興庁も震災の経験は記録を残して引き継ぐと説明しています。ただ復興庁の事務次官経験者の中には常設の「復興・防災庁」がぜひ必要だと考える人もいます。

【今、求められる態勢の強化は】
必要性についての議論を見てきましたが、何が問われているのでしょうか。

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3つの段階のうち政府の緊急対応については、防災庁を求める人たちも含めて、高く評価されています。政府のリーダーシップで各省庁が縦割りでなく素早く必要な対応がとられたからです。しかし、普段の防災や、復興については、そうした機能が十分とは言えません。

災害関連の事業は担当する省庁ごとに、それぞれ防災、復興など目的を定めて別々に進めますが、短期的な成果を求めすぎたり、縦割りで視野が狭くなったりする恐れがあります。そこで防災から緊急対策、復興まで全体を見ながら、最大の効果を発揮できるよう、優先順位や組み合わせを考えたり、抜け落ちている部分への対応を指示したりする必要があります。

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例えば、防災の面では、まず建物の耐震化や津波対策を一層進める必要があることは言うまでもありません。これを復興の面から考えると、被害が小さくなれば復興にかかる時間も費用も少なくなります。復興への効果も考えて事前対策への投資を厚くするという選択肢が考えられます。

東日本大震災では集団移転やかさ上げにたいへん時間がかかり、自宅再建を待つ被災者、特に高齢者を苦しめました。次の大災害に向けスピードアップできるよう事業を見直す必要があります。ただ防災対策のひとつである事前復興計画づくりや用地買収をしやすくする対策とあわせて進めなければ成果があがりにくいでしょう。

また震災では二重ローン対策や中小企業への支援などさまざまな手厚い被災者支援のメニューが作られ復興を強力に後押ししました。しかし被害の規模が5倍から10倍以上とされる首都直下地震や南海トラフ地震で同様の支援は望めません。被災者支援の事業はどこまで可能なのか、どうしたら充実できるのか、不都合な現実から目を背けずに検討しておく必要があります。財源確保の工夫や保険・共済制度の拡充、自助・共助の意識の徹底に一層取り組まなければなりません。

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そのためには防災から復興までを一貫して責任もって担う司令塔が必要です。高い専門性を持つ職員からなるプロ集団に支えられ、次の巨大災害を乗り越えるための、いわば「グランドデザイン」を持って、各省庁や自治体などを牽引していく強いリーダーシップが求められます。問われているのは、今の国の組織・体制にそうした力と意思があるのか、という点だと思います。

今回、取材を進める中で、多くの人から「相次ぐ大災害でたいへんな痛手を受けたが、一方で国も自治体も人材が育ち、ノウハウも蓄積されている。今が防災力を高めるチャンスだ」という声を聞きました。
政府は再来年以降の復興庁のあり方について検討を行っています。あわせて次の大災害に立ち向かう司令塔機能をどう強化するのか。復興・防災省の創設も排除せず議論を深めてもらいたいと思います。

(松本 浩司 解説委員)


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