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「消費者庁10年 真の司令塔になれるか?」(時論公論)

今井 純子  解説委員

身の回りの製品による事故や悪質商法の被害を防ごうと、消費者庁が発足して、来月で10年になります。この間、新たな制度や仕組みはいくつも整えられました。しかし、被害は、なかなか減らず、多くの課題が浮かび上がっています。この問題について考えてみたいと思います。

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【消費者庁設立のねらいと期待】
消費者庁は、パロマの湯沸かし器による一酸化炭素中毒の事故や中国製の冷凍ギョーザの被害などをきっかけに、
▼ ばらばらの役所が、産業育成と同時に消費者行政を手掛けるのではなく、ひたすら消費者の目線で一元的に動く新しい役所が必要ではないか。
▼ そして、そこに製品事故や悪質商法などの被害情報を集めることで、早い段階での再発防止、被害の救済につなげよう。
▼ そのうえで、消費者が頼れる地域の相談体制を整えよう。
こうしたねらいと期待を背負って、他省庁に勧告する権限を持つ、消費者行政の司令塔として、2009年9月1日にスタートしました。

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【成果】
それから10年。様々な制度や仕組みができました。

(被害情報の一元化)
まず、消費者被害の集約です。以前は、家電製品やガス器具、日用品などの事故の被害、そして、悪質な事業者による被害などについて、消費生活センターや企業、医療機関などがばらばらに情報を持っていました。それを、法律に基づき、あるいは任意で消費者庁に一元的に集め、同じ製品、同じ事業者による被害が相次いでいないか分析し、原因を調査する仕組みを整えました。その結果に基づき、規制強化や行政処分、それに企業が無料で交換や修理を行うリコール、さらに、消費者への公表・注意喚起が、以前よりは積極的に行われるようになったと評価する声も上がっています。

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(被害回復の消費者団体訴訟制度)
また、消費者が受けた被害について、国の認定を受けた消費者団体が被害者に代わって事業者を訴え、おカネを取り戻す制度もできました。これまでに2件、裁判が起こされたほか、裁判に至る前に消費者団体が強い権限をもとに事業者と交渉することで、多くの被害者におカネが戻ってきた事例も出てきています。

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(地方行政)
そして、消費者に最も身近な地域の体制。
専門的な知識を備えた相談員がいる消費生活センターは、消費者庁が支援する形で、全国に855か所と、この10年で1.7倍に増え、相談する窓口が全くないという自治体はゼロになりました。全国共通で「188」に電話をすると身近な相談窓口に導いてくれる仕組みも整えられました。

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【評価】
このように、消費者を守るための制度や仕組みは、この10年で整えられてきてはいます。ですが、消費者被害・トラブルの額は、去年1年間に5兆4000憶円。この2年で6000億円増えたと、消費者庁自らが推計しています。制度や仕組みができても、中身がまだ伴っていない。特に、産業育成を担っている他の役所に難色を示されるとその壁を崩せないことも多く、消費者目線で行政全体を動かす司令塔としての役割を十分に果たせていない。消費者問題の専門家の間からは、厳しい意見もあがっています。課題は山積しています。

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【課題】
(届かないリコール情報)
まず。リコールは出されるようになりましたが、回収や修理されないまま、火事や重いケガ・死亡を伴う重大な事故を起こしたケースが、去年だけで77件ありました。重大な事故の10%近くに達しています。リコールの情報がきちんと伝わっていれば、防げたはずの事故です。今後、ITの活用、そして、事業者や地域との連携を進め、いかに必要なところに直接、情報を届ける仕組みをつくれるのかが課題です。

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(ボランティア頼みの被害回復制度)
また、消費者団体が消費者に代わって被害のおカネを裁判で取り戻す制度についても課題があります。これまでに3つの団体が認定を受けましたが、弁護士や大学の先生など制度を支える人たちは、ほとんどがボランティアです。裁判の費用は、自治体からの借金というところもあります。このままでは、いつまでも、続けることは難しいという懸念すら指摘されています。何らかの形で、消費者庁が財政的に支える仕組みを検討することが必要ではないでしょうか。

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(地域の取り組みに格差)
さらに、消費者に最も近い「地域」。その取り組み次第で、被害を防げるか。解決できるかが決まる面もあります。ところが、実際にはその取り組みに格差が広がっています。
例えば、お年寄りや障害がある人など悪質事業者のターゲットになりやすい人について、地域の消費生活センターや介護事業者、民生委員、宅配などの事業者がネットワークを組んで、架空請求や悪質な訪問販売などの被害にあっていないか目を光らせることができる、「見守りネットワーク」という制度を消費者庁がつくりました。ところが、実際に仕組みをつくった自治体は12%。ほとんどの自治体がつくっていません。
専門的な知識やノウハウをもった人材が足りない。余裕がない。こうした事情が背景にあると見られます。ただ、見守りネットワークをつくった自治体の中には、詐欺や訪問販売の被害が大幅に減ったというところもあります。地域によって、被害にあうか、あわないか。差が広がるようでは、納得できません。地域の取り組みは消費者行政の基盤です。自治体任せにするのではなく、消費者庁が人材づくりや成果をあげている自治体のノウハウを共有するなど、支援を強化して、頼れる地域の体制を全国に広げてほしいと思います。

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(司令塔の機能強化を!)
そして最後にもうひとつ。これまであげた課題を解決するためにも、欠かせないのが消費者庁じたいの機能の強化です。これが最大の課題と言ってもいいと思います。
10年前におよそ200人でスタートした消費者庁。今では360人あまりに増えました。しかし、消費者庁が新卒を採用した、いわゆるプロパー職員はまだおよそ70人。他の役所からの出向者が多いのが現状です。多様な経験を活かせる面はありますが、「出向元の役所の意向に正面から逆らうことはできない」「出向期間に成果がでる短期的な取り組みを重視せざるをえず、長期的な消費者政策の戦略を描けない」という声も実際、聞こえてきます。消費者行政の司令塔としての役割を果たしていくためにも、プロパー職員の採用・育成に力を入れ、消費者を守るための確固たる政策の企画立案・執行体制を強化していくこと。それが、時間がかかっても、一番大事ではないかと思います。

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AIやIoTなどの技術の進展、そして、グローバル化など、消費者を取り巻く環境が急激に変化している中、今後、新しい消費者被害がどんどん出てくるのではないか。一方、高齢化で、自分では身を守れない、被害にあったことにすら気づかない人も増えるのではないか、と懸念されています。消費者庁は、「行政全体を消費者目線に変える」その転換点にするという、強い熱意のもと、当時の官邸主導でつくられました。それだけに、その機能をどう強化していくのか。消費者庁10年をきっかけに、国全体として、改めて検討していくことも必要ではないでしょうか。 

(今井 純子 解説委員)

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