NHK 解説委員室

これまでの解説記事

「記録的猛暑~確かになる温暖化の影響」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

8月に入って記録的な猛暑が続き、熱中症の被害も大きくなっています。毎年のように極端な猛暑や豪雨が続いて多くの人が「温暖化の影響ではないか」と考えていますが、それを科学的に証明することは難しいとされてきました。しかし最近の研究でその因果関係が裏付けられるようになり、温暖化による脅威がよりはっきりと見えてきました。猛暑と温暖化を考えます。

j190820_1.jpg

j190820_2_.jpg

解説のポイントは
▼8月の猛暑と原因
▼温暖化と異常気象の因果関係
▼猛暑日激増の見通し

【8月の猛暑と原因】
今年は梅雨明け以降、特に8月に入って記録的な猛暑が続いています。東京の都心では日中の最高気温が35度以上になる猛暑日がすでに10日と8月として過去最多に並びました。全国では猛暑日になった観測点が延べ2500カ所近くと過去最も多かった月に匹敵するペースで、熱中症で搬送された人は4月以降、5万6000人にのぼっています。

j190820_3-ok.jpg

なぜこのような暑さになっているのでしょうか。今月に入って日本付近は太平洋高気圧に覆われる日が多くなっています。加えて、さらに上空の高いところにもうひとつの高気圧があって大陸から広がって日本付近で重なり合っています。気象庁は雲ができにくく強い日光に照らされるうえ、強い下降気流で空気が圧縮されることでさらに高温になったと説明しています。

【温暖化との因果関係】
こうした猛暑や毎年のように発生する記録的豪雨が地球の温暖化の影響ではないかと多くの人が感じています。温暖化の異常気象への影響はどこまでわかってきたのでしょうか。今世紀後半など長期的な見通しについては多くの研究結果が報告されています。

j190820_4.jpg

IPCC=気候変動に関する政府間パネルの報告書は、温暖化が進むと将来、日本周辺で台風が発生する数はやや減少しますが強い台風が増え、風速や降水量も増える可能性が高いと予測しています。

j190820_001_.jpg

これは海洋研究開発機構の研究グループが台風の3次元の構造をシミュレーションで精密に再現したものです。スーパーコンピュータを使って今世紀末の台風を予測した結果、温暖化によって、中心の気圧が同じでも暴風・強風の範囲が今よりも広くなるという結果が得られました。

j190820_002_.jpg

また京都大学防災研究所のグループは集中豪雨の起こり方をシミュレーションで比較しました。左側の現在の起こり方に対して、右側は平均気温が工業化以降4度上昇した今世紀末の状況です。全国至るところで増加し、北海道や東北でもひんぱんに発生するようになると予測されています。

このように多くの研究によって温暖化によって今世紀後半など長期的には気象現象が激甚化することが確実と考えられています。しかし今、すでに起きている異常気象がたまたま発生したものなのか、温暖化によって起きたものなのかという疑問に答えるのは難しいと考えられてきました。

【注目される新たな技術】
こうした中で気象研究所の今田由紀子主任研究官と東京大学大気海洋研究所、国立環境研究所などの研究グループが現在の異常気象と温暖化の因果関係を裏付けたとする報告をまとめ注目されています。

j190820_5.jpg

研究グループが着目したのは去年7月の記録的猛暑です。最高気温が35度を超える猛暑日が延べ3100カ所以上で観測され、熱中症による死者が1000人を超えて過去最悪となった月です。

j190820_6.jpg

研究チームはスーパーコンピュータで大量の気候パターンを計算し、温暖化が起こった場合と、起こらなかった場合の気候状態を比較する「イベントアトリビューション」という最新の技術を使いました。

j190820_8.jpg

過去68年間の気候状況をコンピュータ上に2通り再現します。
ひとつは実際と同じように温暖化が進んだ場合。
もうひとつは温暖化が起こらなかった場合、具体的には海水温や温室効果ガスなどのデータを産業革命前に固定してその後の気候変動をシミュレーションした場合です。
気候のゆらぎを考慮して、それぞれ100パターンを作り出し、去年と同じような条件になったときに、去年7月以上の猛暑がどのくらいの割合で起こるかを計算しました。

その結果、温暖化が進んだ場合は20パーセントだったのに対して、温暖化がなかった場合はほぼ0パーセントでした。つまり温暖化がなければ去年7月のような猛暑は起こることはなかったと結論づけられたのです。

「イベントアトリビューション」は世界でここ数年急速に進歩している分野です。実際に起きた日本の異常気象について温暖化の影響がはっきり証明されたのは初めてと見られます。

一方、気象研究所の川瀬宏明主任研究官たちの研究グループは去年の西日本豪雨で温暖化の影響を検証しました。

j190820_9.jpg

スーパーコンピュータで解析し比較した結果、地図の青い部分は気温上昇がなかった場合に比べて雨量が増えたと推定されました。全体で総雨量はおよそ7パーセント増えた可能性があることがわかりました。
西日本豪雨では125カ所で48時間雨量が過去最大になりましたが、総雨量が7パーセント少なければ90カ所あまりだったと見られ、温暖化が被害を大きくしたことがうかがえます。

j190820_10.jpg

これらの研究成果について国の気候変動研究グループの代表で京都大学防災研究所の中北英一教授は「今起きている異常気象が温暖化の影響であることを初めて示した貴重な研究成果と言える。データが多い猛暑から裏付けられたが、影響の見えにくい豪雨についても温暖化のシグナルが得られ、事態は切迫し対策が待ったなしであることを示している」と話しています。

【猛暑日激増の見通し】
今田主任研究官たちの研究は、もうひとつ深刻な予測をまとめています。

j190820_11.jpg

世界の平均気温は産業革命以降、すでに1度上昇していて、これをなんとか1.5度に抑えることが国際的な努力目標になっています。しかし目標達成はきわめて難しいと見られていて、去年10月IPCC=気候変動に関する政府間パネルは「早ければ2030年に1.5度に達する」という報告を公表しました。
研究グループが今後の影響を検証した結果、1.5度上昇した場合、35度を超える猛暑日が現在の1.4倍に増えると推計されました。早ければ11年後、どのような事態が起こるのでしょうか。

j190820_.jpg

日中の最高気温と熱中症による死亡率の関係を示したグラフです。縦軸は死者の発生率、横軸は最高気温で、35度を超えると急激に高くなることがわかります。
国立環境研究所の小野雅司客員研究員は「35度を超える日が1.4倍になれば今まで経験したことのない高温も起こるようになると考えられる。熱中症による被害がこれまで比較的に少なかった北日本や若い世代にも広がり、深刻な影響が出る恐れが強い」と話しています。

温暖化による本当の脅威は「まだ先のこと」と考えていた人も多いかもしれません。しかし温暖化によってすでに猛暑や豪雨の被害は大きくなっていて、今後も拡大していくということが研究によって突きつけられました。実際、毎年、豪雨で大きな被害が出ているだけでなく熱中症による死者も毎年1000人前後にのぼっています。科学のメッセージを受け止め、温暖化を食い止める努力と熱中症などへの対策を急ぐことが求められています。

(松本 浩司 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

松本 浩司  解説委員

キーワード

こちらもオススメ!