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「中国北戴河会議 香港デモ鎮静化を模索か」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

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中国共産党の最高指導部が、避暑地北戴河で長老幹部と意見交換をする秘密会議、いわゆる北戴河会議が今月上旬に開かれ、大規模デモなどで混乱が続く香港情勢をどう鎮静化すべきか、活発な意見が交わされた模様です。しかし、議論は紛糾し、最終的な結論は習近平指導部の判断にゆだねられたとの観測が強まっています。そこで今夜は、この夏開かれた北戴河会議を受けた、香港情勢の変化と今後の展望について考えてみたいと思います。

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北戴河会議は、北京から東へ280キロの渤海湾に面した避暑地・北戴河に、習近平国家主席を始めとする中国共産党の現役最高指導部と、すでに一線を退いた元の国家主席や首相ら長老幹部たちが集まり、秘密裏に意見交換をする場として、ほぼ毎年夏、開かれてきました。
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当初、主要なテーマになると見られたのは、▼経済・安全保障の両面で対立が深まる対アメリカ政策、▼成長にブレーキがかかった国内の経済対策、それに▼来年1月に総統選挙が行われる対台湾政策などでした。ところが、香港で2か月以上も大規模な抗議運動が続いていることから、喫緊の課題として香港問題が急浮上したと見られています。
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香港では、容疑者の身柄を中国本土に送ることを可能にする「逃亡犯条例」の改定問題を発端に、大規模デモや、空港ロビーでの座り込みなどの抗議活動が2か月あまり続き、18日も香港中心部で大規模なデモ行進が行われました。参加者の数は、主催者側の発表で170万人に上り、参加者たちは、▼条例改定案の完全撤回に加え、▼警察の暴力行為を調査する独立調査委員会の設置、▼行政トップや議員に対して香港の有権者が直接投票を行う普通選挙の実現など5項目の要求を掲げて気勢を上げました。香港当局はそうした要求はすべて退ける姿勢を貫いています。

18日夜のデモは、無許可で強行された形になりましたが、警官隊との大規模な衝突にはいたりませんでした。しかし、2か月以上続く抗議活動によって、観光や物流など香港経済にも深刻な打撃が出始めています。中国から伝わってきた情報を総合しますと、
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北戴河会議では、事態をこのまま放置すれば、国家の安定を守りきれなくなるとして、香港に駐在する軍の部隊を投入し武力で抑え込むべきだという強硬意見も出されたようです。
一方で、30年前、軍が民主化運動を鎮圧し大勢の犠牲者を出した天安門事件のような事態になれば、習近平指導部が悪役になってしまう。現在の指導部が悪役になり、退陣に追い込まれる事態は避けるべきだという慎重な意見も出されたということです。

結局、習近平政権は、香港に駐留する人民解放軍の部隊は出動させず、警察力だけで事態収束を目指す方針を固めたようです。ただ、香港の警察力だけで手に負えなくなった場合は、中国本土から武装警察の部隊を送り込み、力で抗議運動を抑え込もうとしているようです。武装警察は軍の指揮下にあり、見た目も軍隊のように見えますが、中国では一応、国内の警備や秩序維持を担当する警察の役割を果たすことになっています。デモ制圧に、軍隊は使わないという方針は、その後現れた、具体的な動きからも裏付けられました。
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ちょうど北戴河会議が開催されていた今月半ば、香港に隣接する広東省の深圳市に、大量の武装警察の車両が突如集結し、待機状態に入っていることが確認されたのです。これとあわせるように、当局が抗議デモを威嚇するかのように、インターネットにアップしてきた暴徒鎮圧訓練の動画も、それまでの香港に駐在する人民解放軍部隊によるものから、深圳で待機する武装警察部隊の訓練の様子へと、主役が交代した形となりました。

ただ、高度な自治が保障されている香港に、中国本土の警察部隊を簡単に投入できるわけではありません。そこで中国政府が主張し始めたのが、香港の憲法ともいえる香港基本法に書かれた次のような規定です。
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香港基本法によりますと、中国の国会にあたる全人代、全国人民代表大会の常務委員会が、事態を「制御不能の動乱」と認定し、「緊急事態になった」と決定すれば、中央政府が全国の法律を香港にも適用できることになっています。この規定に基づけば、全人代の決定により、本土の警察部隊が香港に進駐し抗議活動を取り締まることができると解釈できます。

ただ、ひとたび中国本土の警察部隊を香港に送りこみ、中国本土の法律で香港の人たちを取り締まれば、「1国2制度」という香港統治の大前提を崩壊させることになるでしょう。
そうなれば、香港の人たちや、国際社会から猛反発を受けることは間違いなく、特に、アメリカとの対立はより激化する可能性が濃厚です。
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すでに米中両国は香港をめぐって十分険悪な関係です。中国政府の報道官は、「デモはアメリカの作品だ」と背後でアメリカが操っていると非難。これに対して、アメリカ政府の報道官は中国を「暴力的な政権」だと批判しました。すると今度は中国政府の報道官が、アメリカは「強盗のようだ」と猛反発するなど、ののしり合ってきたのです。

香港の18日の大規模デモに対して、本土の警察部隊は大きな動きを見せませんでした。それは、もしアメリカ側にさらなる対中圧力をかける口実を与えることなることを中国側が何より警戒したからではないかという見方もできます。
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米中の経済摩擦がエスカレートする中で、アメリカはこれまで中国からの輸入品、総額2500億ドルに対して関税を上乗せする制裁措置を取ってきました。9月からはさらに多くの商品に関税が上乗せされることになっています。しかし香港だけはそうした関税上乗せの対象外とされてきました。それは、香港を「1国2制度」による特別な場所だとするアメリカの「香港政策法」があるからでした。中国にとってはそれが対米貿易の抜け道にもなってきたのです。

もしアメリカが香港の自治は失われたと判断すれば、中国のほかの地域と同様、香港からの輸入品も関税上乗せの対象になり得るのです。そうなれば中国側にとって打撃になります。その意味で私が注目しているのは、北戴河会議の終了直前、外交担当の楊潔篪政治局員が、予告もなしに突然、アメリカを訪問したことです。

楊潔篪政治局員は、13日、ポンペイオ国務長官と会談しましたが、何を話したのか、米中両国政府ともほとんど明らかにしていません。私は、訪問のタイミングから見て、それは、北戴河会議で浮上した香港の事態収束案に対するアメリカの理解を求めたか、あるいはアメリカ側の出方をさぐるという意味があったのではないかと思います。
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中国側としては、香港に本土の部隊を投入するのは、香港が基本法で規定する「制御不能の緊急事態」になったときに限られること。混乱の激化で香港経済に深刻な悪影響が及び始めていること。さらに仮に本土の部隊を投入しても、それは一時的な措置となり、「1国2制度」の原則は維持することなどをあげて理解を求めたのではないかと思います。

しかし、トランプ大統領は18日、「中国が香港で何らかの暴力を行使すれば、中国との貿易交渉で合意することは非常に難しくなる」と述べ、人道的な話し合いでの解決をあくまで求める姿勢を示しました。
では、中国はこのまま香港のデモを静観することになるのでしょうか。実は習近平政権にとっては、そうもいかない別の事情があるようです。
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それは中国共産党が歴史的な行事として準備を進めている今年10月1日の建国70周年の祝賀式典です。大軍事パレードも計画され、習近平国家主席にとっては自らの権威を確実なものにするためにも、この祝賀式典を成功させることを最優先課題にしたいと考えているのではないでしょうか。

中国最高指導部の中に、国の威信をかけて行う祝賀行事に、水をさすような香港の混乱だけは、事前に収束さえて起きたいという気持ちが強まっても不思議ではありません。
一方香港では、昨日に続き、今月末に、再び大規模な抗議デモが呼びかけられています。果たして中国当局がいつまでそれを座視できるのか、事態はこれから秋に向けて、ますます不透明な状況になりつつあるといえます。

(加藤 青延 専門解説委員)


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